失われた財宝

mudan tensai genkin desu -yuki

何十年もの間、薬士として生きてきたヘルジェールの家には、大きな木の宝箱が一つ置かれている。
それは彼女が報酬としてもらったものを、整理せず無造作に入れてあるというだけの箱だ。
ある日、薬の材料を取りに家に帰ったヘルジェールは、何とはなしにその箱を開けて、中を覗きこんだ。
「……これがいいかな」
取り出したのは、古い装飾の短剣だ。
彼女はそれを磨いて確認し直すと、今の住居である城に持ち帰る。
そして、賭けの相手である男に差し出した。

「これ、どうぞ」
「何だこれ?」
ヘルジェールが鞘ごと短剣を差し出すと、オスカーはそれを受け取る。
彼はまじまじと凝った装飾が施されている年代物の鞘を眺めた。
魔法の品であることは気配で分かったのだろう。彼は鞘から抜かずに聞き返してくる。
「どんな効果のものだ? 抜くと爆散するとかか」
「それだったら一人になってから抜いてください、と言います」
「なるほど抜こう」
言うなり即座に短剣を抜いたオスカーを、ヘルジェールは内心呆れて冷やかな目で眺める。
引き抜かれた短剣は、鞘にびっしりと文字が刻まれていた。
もっとも彼は魔法士であるはずなのだが、不思議なことに魔法にさほど詳しくないようだ。刃の紋様を見て効果を見抜くことはできないらしく、「ふむ」と首を傾げる。
ヘルジェールは渋い顔で付け足した。
「差し上げます。私は使いませんから。それなりに力のあるものです」

―――― 苦手な相手だ。
賭けに勝ったなら彼女を欲しいと言う。
何を考えているのか知らないが、とんでもない男だ。
だが、その分世話にもなっている。
だからこの短剣を贈ろうと思ったのだ。持つ者を守護する魔法のかかった剣を。

ヘルジェールは逃げ出したい気分を堪えて、じっと男を見上げる。
オスカーからすれば、自分を毛嫌いしている女からの突然の贈り物など怪しいことこの上ないだろう。
効果が呪いでないか疑い、そうでなければ「魔法具をもらっても賭けはやめないぞ」とでも言ってくるに違いない。きっとそうだ。

彼女は、猫であったなら毛を逆立てる準備をしながら男の様子を窺う。
オスカーは一通り眺めた短剣を鞘に戻すと、微笑してぽんと彼女の頭に触れた。
「ありがとう。助かる」
「っ……怪しまないんですか?」
「何故だ? お前がくれたものだろう」
「…………」
これは完敗だ。
勝ち負けをしていたわけではないが、敗北感にヘルジェールは項垂れる。
自然と顔が熱くなるのも、ただ悔しいせいだろう。
真っ赤になった頬を押さえて、顔を上げないまま彼女は言った。
「守護の短剣ですから。軽い物理攻撃であれば弾き返します」
「何だか懐かしいな」
「では私はこれで」
そそくさと踵を返そうとする彼女を、オスカーは片手を回して抱き寄せた。
半ば持ち上げられる形になったヘルジェールは足をばたつかせて抗議する。
「ちょ……っ、離してください!」
「折角だから食事でも一緒にしよう。礼をしたいからな」
「御礼とかいりませんから! 私が御礼であげたんですから!」
「ヘルジェール、何が食べたい?」
まったく話を聞かない男に持ち運ばれ、ヘルジェールは昼食を男と共にする。
そうして食べた食事は十分過ぎるほどに美味しいもので、結局彼女はひとしきり敗北感と幸福感を味わったのだった。