禁断

mudan tensai genkin desu -yuki

小さな田舎町に住むその少女は、物語に出てくるような異様な美貌の持ち主だった。

「彼女の母親のことを、聞いてもいいかしら」
出来上がった原稿を渡した際、取りに来た女にそんなことを聞かれて、オスカーは首を捻った。
疑問をそのまま口にする。
「そんなことを聞いてどうするんだ?」
「単に興味があるから。あなたも綺麗な顔だけどあの子はあなたとは似てないし。どれだけ美人だったのかしらって」
原稿を抱えてそんなことを問う女の目には、質の悪い好奇心がちらついている。
適当にはぐらかすかどうか迷って、オスカーは結局本当のことを口にした。
「母親にはあまり似てない。あれは元からああいう顔立ちなんだ」
「そうらしいわね。町の人もそう言ってたわ」
「…………」
―――― 中々に面倒だ。
町の人間から聞いたうえで、なおかつ父親である彼にそんなことを聞いてくるのはどういう意図があるのか。
オスカーは警戒した方がいいか、表情には出さず悩んだ。
もうしばらくすれば娘が帰ってくる。その前に女を帰した方がいいかもしれない。
「親に似ないなんて、よくあることだ」
「それにも程度はあると思うけど。あなた、本当にあの子の実の父親なのかしら?」
それに対する答えは否だ、オスカーとミミは、血が繋がった親子ではない。
オスカーは鋭い問いに、だが穏やかに苦笑した。
「面白いことを言う。何故そんなことが気になるんだ?」
「あなたが、年を取らない人間に見えるから」
「そんなことはないさ」
さらりとオスカーはかわす。
確かに町の人間は、十年以上もの間容姿の変わらない彼を見ているはずだが、人の印象は着るものや身に着けるもので左右される。
だから、今まで彼にそのような疑念を抱いてくる人間はいなかったのだ。
勿論、ミミがもう少し大きくなったら、別の街に引っ越そうとは思っていた。
そういうことを何度も繰り返すうちに、やがて彼らは親子に見えなくなるのかもしれない。
オスカーが頭の片隅でそんなことを考えていると、女はうっすらと微笑んだ。
「どうかしら。人間に肩入れして人と暮らした魔族は、昔から稀に存在したわ。ずっと昔には少女を育てて女王にしたなんて御伽噺もあるくらい」
「その御伽噺の出どころが気になるな……」
知人の話と混同されているのかどうか、オスカーは苦笑を崩さないままだ。
どのみち、この話に行きつくところはない。度が過ぎるなら記憶操作をしなければならないが、そこまでではないだろう。
オスカーは立ち上がると、女の脇を抜けて一人部屋を出た。女が後から追いかけてくる。
「このままいけば、あの子が大人になる頃にもあなたはそのままだわ。つまりあなたは、彼女を自分の花嫁にするために育てているんじゃないかしら?」
「残念ながら、俺はあれの父親だ」
「あれ、なんて言葉は、自分の妻に言うものよ」
「それは盲点だったな」
オスカーはそこで玄関を開けると、場所を開け外を指し示した。
帰るように示す無言の返答に、女は苛立ちを見せる。
「今ごまかせても、いずれそうはいかなくなるわよ」
「俺は、出来れば仕事相手にはまともな判断力が欲しいな」
まともに答えないオスカーを女はしばらく睨みつけていたが、やがて溜息をついて家を出て行った。
その姿が坂道の向こうに消えてしばらく、別の通りから彼の娘が現れる。
長い闇色の髪を高い位置で二つにしばったミミは、父親に出迎えに飛び跳ねて手を振った。
「お父さん! どうしたの?」
「そろそろ帰ってくる頃だと思ったからな。見に来たんだ」
「そんな子供じゃないのに。お仕事は終わったの?」
「さっき原稿を渡した」
辞書の編纂を仕事とする彼の一段落を聞いて、ミミは「ふぅん」と気のない相槌を打った。
どことなく冷ややかなその様子は彼女にしては珍しい。オスカーは娘を招き入れながら、理由を問うた。
「どうした。俺が仕事してると退屈するだろうに」
「たまに原稿取りに来るあの女の人、お父さんに興味あるみたいだから」
「ああ」
この年頃の少女のせいか、ミミは父親に再婚の話が出るのを嫌がる。
件の女が持っている興味は、また別のものなのだが、ミミにその違いは分からないのだろう。
オスカーは思わず噴き出しそうになるのを堪えた。その反応に、ミミはむっとする。
「お父さんが分からないだけなんだからね! もう!」
「いや、悪い悪い。大丈夫だ」
艶やかな黒髪を撫でると、少女は目を細める。
美しいその瞳の色は、最強の魔女と同じものだ。オスカーは、懐かしい記憶を思い出す。

いつか彼女が大人になる頃、その頃にも自分は変わらぬままだろう。
その時彼女はどんな感情を以て、父親だと思っていた男を見つめるのか。
想像も出来ない未来に、オスカーは笑った。
「大丈夫だ。ずっとお前の傍にいるから」
―――― 自らの選んだ道筋が、何処に繋がるものであろうとも。

多くを語らない父親に、ミミは不審げな目を向ける。
だがすぐに眉根を緩めると言った。
「お仕事終わったなら、今日はケーキ焼いてあげる」
「ん。それは楽しみだ」
稀有な美貌を平凡な幸福に隠して、少女はゆっくりと成長していく。
その道筋を守るオスカーは穏やかな日々に感謝して、娘の小さな頭を撫でた。