許されざる行為

mudan tensai genkin desu -yuki

共に大国とされるファルサスとキスク、国境を面したこの二国は、当の国境がしょっちゅう微動することでも知られている。
それは主に、関所が配された街道上でのことであったが、具体的には王同士の気分によって国境が移動するのだ。
ある日のこと、国境結界の張り直しで街道を視察に訪れたラルスは、数か月ぶりに見た景色に沈黙する。
彼が来るという報せを聞いて、やって来たキスク女王オルティアは、腕組みをして国境越しに長身の男を見上げた。
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「……なんだこれは」
「なんだと言われてもな。畑ではないか?」
街道の両脇に生えた鮮やかな緑の作物。キスク側に広がり、ファルサス側にもはみ出しているその作物は、彼ら二人のよく知るものだ。
普通の人間であれば見ただけで萎縮してしまいそうな男の険相に、オルティアは会心の笑みを向けた。
「妾が指示したわけではないのだがな。お前が投げ捨てたものが大方根をつけて広がったのであろう」
「そんな風に広がったものが、どうして整然と畝を作るのか言ってみろ」
「偶然ではないか?」
問題の作物はまだその主要な部分が地中に在るが、天敵を公言して憚らないラルスには既に匂いでさえ感じ取れているのかもしれない。
綺麗に並んだ人参畑の中の街道で、二人の王はどす黒い空気を放ちながら睨みあう。それぞれに付き従っている護衛たちが、人生をやり直したいような目を伏せた。
オルティアが手元の扇を開いて口元を隠す。
「気に入らないというのなら、その分キスクがもらってもいいぞ? 土地ごとだがな」
「は? 人参に汚染されたからといって領土を差し出せと? 冗談にも程があるな、オルティア。焼き払うに決まってるだろう」
「なるほど。それをしてこちらの畑にまで燃え移ったら、相応の対応をさせてもらうが」
「いいぞ。いつでもかかって来い。またぼっこぼこにしてやる」
「ほう。今度はあの時のように行くと思うなよ」
険悪な会話は、いつの間にか開戦寸前にまで盛り上がっている。
人参畑が原因で大国同士が衝突するとなれば、他の国にどう説明すればいいのか。「いつも通りです」と言うのが一番いいのかもしれない。
オルティアは優美に身を屈めると、街道の真ん中にはぐれて植わっていた人参を引き抜いた。それを、ラルスへと投げつける。
ファルサス国王は、近くにいた護衛兵の襟首を掴んで引き寄せると、人間をもって人参への盾とした。
兵士の胸にぶつかってぼたりと落ちる人参に、王二人を除いた全員の注目が集まる。
沈黙が広がると、ラルスは笑って口を開いた。
「よし、開戦だな。今ので開戦」
「へ、陛下、お待ちください……」
「受けて立ってやるわ、この変態が!」
「オルティア様、もう帰りましょう。もう十分ですから……」
両国の臣下たちが必死に引きはがそうとする中、二人の王たちはあわや掴みあいの喧嘩というところにまで空気を険悪化させていく。

結局、その時の国境は人参のぶつけあいによって決定され、キスク領土がほんの少しだけ拡張されたのだった。
子供もいる二人の大人気ない争いは、まだまだ続く。