アウラティカ 12

禁転載

セデウスは先々王の長子ではあるのだが、側室の子である。
他にいた三人の王子は皆、正室の子であり、その中から一番上の弟が前の王を務めていた。
そして彼が病死したと前後してセデウスもまた、病に臥せっている。
真新しい剣傷とこの王位交代の裏には何があったのか。
アウラティカは弟王の死について、もっとよく知りたいと思い始めている。
それは決して、セデウスの傷と無関係ではないような気がしていたのだ。

マトラが持ってきてくれた情報を集めると、前の王の死はかなりの不審を孕んでいるものだということはすぐに分かった。
前々から宰相であるセデウスとの間に軋轢が出来ていた彼は、次第にセデウスと深刻な言い争いをすることが増え、重臣たちも何か致命的なことが起きてしまわない か危ぶんでいたという。
セデウスは再三「自分が邪魔なら任を解いてくれればこの国を出て行く」と公言していたそうなのだが、弟王はそれを許さず、 緊張が高まっていたある日、王は急に 病に倒れた。それを見舞いに行ったセデウスもまた翌日から臥せってしまい、 二日後の王の死とセデウスの一時的な不在は文官たちを奔走させたらしい。
「セデウス様を診られたお医者は誰だか分からなかったのですが、前王の方はご典医が診られたそうです。
 その時の診断では原因不明の病で、高熱を伴い体力が徐々に奪われるものであったとか」
「原因不明、ね」
アウラティカはいつものように露台でお茶を飲みながら頷く。
苦みのきついウォルザのものではない。 どこから手に入れたのかマトラはクルース産のお茶を淹れてくれたのだ。
現在の医療技術では、残念ながら病について「原因不明」と診断を下されることは少なくない。
城の典医でさえそうなのだ。 平民の間では効くかどうかも分からぬ怪しい民間治療が広まり、間違った薬草を煎じられてかえってそれで状態を悪化させる人間も後を絶たないのが現状だ。
だから、もし何らかの毒薬が使われていた場合、それを医者が見抜き、治療することは難しい。
結果、王の口にするものは厳重な毒見を経るのが通例となっているのだ。
「前の王の……毒見役は今、どうしているのかしら」
「セデウス様がご即位された折に皆、市井に下ったそうです。城都出身の人間たちばかりだそうで、まだこの都にいるかもしれませんが……」
もし毒が盛られていたのだとしたら、少量それを毒見していた人間にも何らかの影響が出ているであろう。
アウラティカは今、その人間たちがどうなっているのか知りたいと思った。
主人の表情から考えていることを読み取ったのか、マトラが軽く頭を下げる。
「よろしければ、わたくしが探して話を聞いて参りましょう」
「え? でもそれは……城の外に出られるの?」
「最近は信用されておりますれば。アウラティカ様の身の回りのものなどを買いに行きたいと申せば、外出が許可されているのです」
アウラティカは目を丸くしたが、自分が飲んでいるお茶に目を落とすとふっと苦笑した。
期せずしてこのお茶がどうやって手に入ったのかが明らかになったのだ。
彼女は昔からずっと自分についてきてくれる女官に、深い感謝を込めて眼差しを向ける。
「なら、頼んでもいいかしら。……でも危ないことはしないで。これは約束よ」
「かしこまりました。ご期待に添えるよう尽力いたします」
マトラが退出してしまうと、アウラティカは目を閉じて思考に耽った。
市井に下ったという毒見役。それら人物が城から去ったのは、城にいられては誰かにとって都合が悪いからだろうか。
だとしたら怪しいのは矢張りセデウスだ。件の人間たちは彼の即位と共に城を去っている。
アウラティカは幼馴染であり夫である男に消せない疑惑を持ちながら残ったお茶に口をつけた。

「王妃よ」
唐突な呼びかけは聞き覚えのない男のものだった。
アウラティカは驚いて腰を浮かす。周りには誰もいない。そのはずだ。けれど声はもう一度、彼女を「王妃よ」と呼んだ。
「誰? どこにいるの?」
「下だよ」
言われて彼女は顔をしかめた。慎重に歩いて行き、露台の縁から下を覗き込む。
三階分は下の石畳。通常は出入りを許されない庭園の入り口に、確かに男は立っていた。
豪奢な服に高貴さの窺える顔立ち。長い髪を後ろで一つに束ねた男は、どこかで見た事があるような気がする。
男は無遠慮な視線でじろじろとアウラティカを眺めた。
「これ程近くで見るのは初めてだが、確かに美人だな。傾国というほどではないが……実際滅んだのだからこれ以上のことはないか」
「何ですって?」
彼女の傷を抉るような物言いにアウラティカの声は自然と険を帯びる。
けれど男は馬鹿にしたように鼻を鳴らしただけで、謝ろうとはしなかった。
「図星を指されて怒ったか? だが、敗戦の責もとらずかねてからの恋人の妃となって安穏と暮らしているんだ。
 これくらいは言われた方がいい薬になるだろう?」
痛い指摘に彼女は怒るというよりも衝撃を受けて沈黙した。
彼女の内心がどうであるかは関係ない。はたからみたらつまり、アウラティカの変遷はそうにしか見えないのだ。
そしてそれが事実の一つであるのだろう。
戦で死んだ者たちも多数いるというのに、彼女は何の不自由もない生活を保障されている。王妃として形式的には敬われ、尊重されている。
この生活が彼女自身望んだものでないとしても、戦争で被害を負った人間たちにそんなことは関係ないのだ。
押し黙ってしまった彼女の表情に怒りよりも苦渋を見て取ったのか男は笑いを収める。
そうして今度は真剣な顔になると、ますます既視感を覚える顔立ちになった。
「ふん。思っていたよりまともな人間みたいだな。のうのうと今の立場を楽しんでるかと思った」
「…………そんなことはないわ」
「ならいいが。兄上は貴女を人形のようにしまっているからな。どんな厚顔な女なのかと思ってたんだ」
男の言葉にアウラティカはようやく、彼が誰に似ているのか理解する。
つまりこの男は―――― セデウスの腹違いの弟なのだ。

「それは長らくご挨拶が遅れまして失礼致しました。わたくしがアウラティカ・セレ・ナイティス・クルースでございます。
 王弟殿下に対し、このように上からの挨拶で申し訳御座いませんが、下り方が分かりませんのでご容赦下さい」
男は、アウラティカの改めての挨拶を目を丸くして聞いていたが、不意にぷっと吹き出した。
今までの馬鹿にしていたような居住まいを正し、洗練された仕草で礼をする。
「失礼した。俺はサウマ・ロス・ガイダス・ゼツ・ウォルザという。現王陛下のすぐ下の弟だ。
 王妃に少し興味があって参った。予想を裏切られて重畳だ」
「よい方に裏切りましたか?」
「そうかもしれない。簒奪者たるあの兄上の奥方にしては比較的ましだ。……おっと、誰かに聞かれたら不敬罪で処刑かな」
「簒奪者?」
不穏な単語にアウラティカは眉をしかめる。それは一般的に玉座を他者から奪う行為を意味するものだ。
前の王が病死し、セデウスが即位したことを簒奪というのなら、本来は正室の第二子―――― サウマが即位する予定だったのだろうか。
アウラティカはセデウスよりも柔らかい、癖のある男の顔をまじましと見つめる。
何を考えているのか分からない男はその視線から思考を読み取ったようだった。肩を竦め、皮肉な笑いを浮かべる。
「違う。俺が即位しなかったことを言っているんじゃない。つまりは、前の王は何故死んだかと、そういうことだな」
「……それは、つまり」
「おっと。俺はそろそろ行かないといけない。色々うるさく言われていてね。
 貴女もせいぜい気をつけることだ。隣に眠る男にいつか寝首をかかれるかも分からないぞ」
思い切り火種を投げ込むと、男は後ろ手に手を振って彼女の視界から消え去る。
あっという間の退場。残されたアウラティカは分かりきった意味を反芻して―――― 手が震えた。
これ程までにはっきりと「その疑惑」を口にしたことはない。当然ながら聞いたことも。
それでも疑惑は言葉をとって提示されてしまったのだ。
すなわち、セデウスは弟を弑して、即位したのではないかという……忌まわしい疑いが。

あの日、書簡を渡した文官は二週間後再び、アウラティカに面会を求めてきた。
話を聞くと東部領主エトルスとの交渉は彼女のからの書簡で無事、話し合いの場を持つ事が出き、結論も出たのだという。
クルース側の諸侯は会議の場において
「背後にはダセルカもおり、状況は芳しくない。女王陛下が争いを避けよというのなら、玉命を承ろう。
 ただしすぐにウォルザの軍門に下るというのは難しい。まずは話し合いを重ね軍備の削減と領地内の調整をしながら、一年をかけて解決をみたい」
と申し出てきた。そしてセデウスは彼らの要求を飲み、東部領地はひとまずウォルザ付属の独立領となったのである。
細かいすり合わせはまだまだ無数に控えている。それでもとりあえずの決着にアウラティカは安堵の溜息をもらした。
安心したせいか気が緩んで、ふと別のことを尋ねる。
「ね、セデウスは何か言っていた?」
「何かとは……何でございましょう」
「だから、わたしが手紙を書いたことについて。不愉快そうにしていたかしら」
仮にそうだとしても怒られる筋合いはない。むしろ怒りたいくらいだと思いながら彼女は問うた。
文官は驚いたような顔をして、次に何故か笑いを堪え始める。
「い、いえ別段。わたくしがお渡ししたのではないのですが、王妃様からの書簡と申し上げると中も確かめずクルースへの使者にお渡しになったそうです」
「確かめなかったの!?」
「それはさすがに失礼な行いでしょうから。何もお怒りではいらっしゃいませんでした。ご安心下さい」
肩を震わせてそれだけ言うと、文官は部屋を出て行った。あの様子では外で笑い出しているのかもしれない。
何故笑われるのか分からなくてアウラティカは憮然とする。
戦後の平定を終えて、セデウスが城に戻ってきたのは、その五日後のことだった。

戻ってきた彼に会ったら何と言おうと、ずっと考えていた。
宮廷の女官たちが兵士たちに対して思うような甘く転がる感情からではない。
それとは正反対の感情で、何と言ってやろうかとアウラティカはずっと考えていたのだ。
けれどその答が出ぬまま彼は帰ってきた。
王妃として城門のすぐ中まで王を迎えに来た彼女は、騎乗したまま門をくぐる彼の姿を見つけて身を固くする。
人目も多数ある。まさかこんなところで悪言雑言を投げつけることはできない。
決まり文句でいいから無事を喜ぶ挨拶をするのだと、彼女は自分に言い聞かせた。
だが、馬を下りて目の前に来たセデウスは、緊張と険しさが滲み出る彼女を見て―――― 挨拶より先に、紙袋に包まれた何かを差し出してくる。
「何?」
「土産だ」
アウラティカは恐る恐る紙包みに向って両手を伸ばした。大きさは赤子くらいだろうか。彼女の手が包みに添えられると、セデウスは手を離す。
思ったよりずっしりした手ごたえだ。アウラティカは吃驚し、そっと中を覗き込んだ。
―――― 包まれていたのは、小さな白い花が植えられた鉢植えだった。
「この花」
「私は育て方を知らない。貴女も知らないなら庭師に聞くとよい」
少し頼りなげな、だが可憐な花びら。繊細な形に彼女はよく見覚えがある。
この季節、彼女は毎年この白を目にしていたのだから。
「あの庭から……持って来てくれたの?」
震える問いにセデウスは答えなかった。ただ彼女の頬に口づけて、重臣たちと共に城の中へと入っていく。
アウラティカは細い腕でもらった鉢植えを抱きしめて―――― 視界から消えるまで男の広い背中を呆然と見送っていた。