アウラティカ 24

禁転載

ダセルカによる旧クルース侵攻はダセルカの完全なる勝利で終わった。
今まで魔法士が忌まれていた大陸東部において、積極的に魔法の火力を取り入れた戦争は、その情報が諸国に行き渡れば或いはこれからの戦いを一変させるものにな ったのかもしれない。
だがこの戦闘においてウォルザ、クルース両軍の生存者はごく僅かであり、ダセルカ側は魔法について完全に詳しい情報を隠蔽した。
旧クルース領は全域にわたってその支配をダセルカに譲り渡し、ウォルザは本来の領地に下がらざるを余儀なくされる。
蹂躙され、奪われつくしたクルースの土地は、その後二十年間荒廃の中を彷徨わざるを得なくなったのだ。

「まぁこんなものか。十全には程遠いが……悪くない」
ダセルカの宮廷内にて、二ヶ月後には王となる第一王子は、提出された報告書を前にもっともらしく頷いた。
頭を垂れる側近は口頭にて報告を補足する。
「アウラティカ姫の行方は今をもって知れませぬ。申し訳御座いませんが……」
「ああもうそれはいい。女などいくらでもいるからな。―――― ウォルザの王は国に戻ったのか」
「そのようです。密偵が全て殺されてしまったので詳しいことは分かりかねますが、事実ウォルザの国政は申し分なく動いております」
「申し分なく、ね。つまらんことだ」
男は皮肉げに笑う。出来ればウォルザにも致命的な一撃を与えたかったのだが、思ったより被害は少なかったようだ。
さて次はどのような手を打つべきか、彼は片目を閉じて黙考する。

突然の爆発音が響いたのは、その時だった。
どこか別の部屋、しかし宮廷内のどこかであろう轟音に、王子は思わず腰を浮かす。
「何だ!?」
厳しい声に答えたのは傍に控えていた側近の男だった。
男は右手を後ろに回しながら、王子を見て小さく笑う。
「ご心配なく。東の……オルージャの手の者です。我が国はダセルカとウォルザの漁夫の利を得てやろうと、ずっと宮廷内を窺っておりましたので」
「貴様、間諜か!」
王子は素早く剣を抜いた。
剣は刺客の短剣をすんでで受け止め、甲高い金属の音が鳴る。
舌打ちする刺客の足を狙って、彼は力いっぱい机を蹴りつけた。
体勢を崩した刺客に向って護身用の短剣を投じる。
短い叫び。
絶命した刺客を忌々しく見下ろして、王子は息を整えた。
「小癪な……。オルージャ風情が俺を殺せるとでも思ったか」
彼は死体に向って唾を吐くと、扉へと向う。
とりあえず信用できる者を集めて事態を把握せねばならない。
苛立ちと共に乱暴に扉を開けると―――― そこには一人の女が立っていた。
「お前…………」
薄汚れた、傷だらけの女。
その四肢を拘束し、力を制限していたはずの鎖が…………今は、断ち切られていた。
男の驚愕を感じ取って、彼女は嗤う。
痩せ細った右手が男に向って真っ直ぐに伸ばされた。
「貴方様は可哀想。魔を使いし者は魔に滅びる」
「貴様っ!」
男は剣を振り被る。迷いなく女の頚部に向って刃を振り下ろした。
しかしそれより一瞬早く、赤い閃光が彼の視界を焼く。
異能の力、恐るべき魔の煌き。
女の放った炎は、針よりも鋭く彼の胸を貫くと……残る体を隅々まで焼きつくしたのだった。



ウォルザの城内は先だっての損失を埋める為に、生き残った者たちが奔走する日々を送っていた。
戦死者の遺族への見舞金について、報告書に目を通した王は沈痛な表情で頷く。
彼は深い溜息を零すと、部屋の隅に控える文官に声をかけた。
「あまりにも失われたものが多すぎるな、ログス」
「左様で御座いますな。痛ましいことです」
「お前も右腕を失った。私の手配が遅れたせいだ。すまない」
「とんでもございません。命が助かっただけでもありがたきことです」
文官がかしこまって頭を下げると王は苦笑する。彼は立ち上がると後ろの窓によって外の庭園を眺めた。
「結局、義姉上も見つからずじまいか」
「セデウス様とお二人、どこかに逃れられていればよいのですが……」
臣下の重い声にリドゥリスはほろ苦い微笑を浮かべた。
若干十四歳、三代前の王の第四王子である彼は、混乱する宮廷内に出てすぐ兄サウマを処断し、また戦場でのセデウスの行方不明によって、つい先日即位を果たし たのだ。対外的には宮廷内の揉め事による突然の即位や年若い王であることに対し、他国からの余計な干渉を呼び起こさないよう、セデウスが王のままであるという ことになっている。けれど今実際にウォルザの玉座にあるのはこの少年だった。
リドゥリスは庭を見たまま、ややあって悔恨に重い口を開く。
「こうなってしまうのなら、もっと早く私が王位を継げばよかったのだろうな。
 兄上……セデウスは国を愛しながらも憎んでいた。宰相としては優秀な方だったが、王には向いていなかったのだろう」
「わたくしどもには、よき王でいらっしゃいました」
「だが、結果としては愚王になってしまった。歴史とは残酷なものだ。
 ―――― 私としては羨ましくもあるのだがな。あんな風に一人の人間を愛せるということは」
「まだまだ陛下にはいくらでも時間がおありでしょう」
臣下の真面目くさった相槌にリドゥリスは苦笑する。
確かに彼の言う通り、長い時が待っているのだ。王として歩んで行くべき道のりが。
若き王は窓辺から離れ書類を手に取ると、臣下と共に歩き出す。
戦乱と裏切りの時代をただひたすら前に、進み続ける為に。




「また戦争が起こるらしいぞ。飽きないことだ」
広い学園の図書室にて調べ物をしていた男は、やってきた友人のぼやきに顔を上げた。
今の時代、戦争についてなどさして珍しくもない情報である。
男は溜息と頬杖を同時について、腕組みをしたまま立っている白衣姿の学友を見上げた。
「まだまだ続くだろうさ。賢王が現れるか、強国が築かれるまではな」
「先の遠い話じゃないか。もっと手っ取り早い方法はないのか」
「王を廃して民によって政治を動かすようにすればいい」
「またそれか。お前は本当に王制が嫌いだな」
白衣の男は言いながら椅子を引くと向いに座った。
再び本を読み出した友人に向って軽く手を振ってみせる。
「それで本当に戦がなくなるのか? よりひどくなるんじゃないか?」
「さぁ? なくならないかもしれない。人は相争う気性を持っているからな。
 だが、一人の人間に国全てを動かす判断が委ねられているより余程ましさ」
「そうかもしれんけどね」
適当な相槌を打って、彼は友人の読んでいる本を覗き込んだ。
ここ数十年の周辺国の歴史が記された厚い一冊。そこに今はない国の名を見出して白衣の男は苦笑する。
「まぁ確かに、王制でなければこういう愚王は出なかっただろうな。
 隣国の女王が欲しくてその国を滅ぼしたって……そりゃないだろ。しかも終生、妃に恨まれていたっていうし」
「愛されていたさ」
さらりと返ってきた答に白衣の男は驚いて友人を見つめる。
本を開いたままの友人は、普段ほとんど見せぬ穏やかな笑顔を浮かべてその頁に視線を落としていた。その茶色の瞳が光を反射して金に見える。
「愛していたよ。妃は王を。皆がそれを知らないだけだ」
「何だそれ。何でそんなことが言えるんだ。その国が滅んだのがもう二十年も前の話だっていうのに」
「俺っていう証拠がいるからだ」
男は笑ってそう言うと本を閉じる。
彼は分厚い本を小脇に抱えて立ち上がると、怪訝そうな顔の友人を促した。
「ほら、もう次の講義だろ。行くぞ」
「へいへい」
そうして二人は、次の未来へと向う。
その身の中に過去からの思いと、将来への希望を抱え込んで。



それは、昔々のお語。
喜劇として語り継がれる物語。
愚かな王のお話で、哀れな女王の物語。
永く一対と語られる王たちの、歴史に埋もれる恋のお語。


【了】