禁じられた夢想 027

禁転載

「とにかく人手が足りぬ。優秀な魔法士が必要だ」
重々しい言葉はしかし、よく注意して聞けば焦りが混じっていることに気づく者もいただろう。
男の前に膝をついて頭を垂れている男は短く「は……」と答える。
「アンネリを攻め落としたロズサークが諸国に攻められるだけならば自業自得だが、あの国はこの辺りの武器の製造を一手に背負っておる。
 万が一キスクが介入して、ロズサークを支配下に入れでもしたら大国東部の勢力図は一変するであろう。
 その前に我が国も自衛の手段を手に入れればならぬ」
一つ一つ言い聞かせるような言はこの場にいる全ての人間たちに共通の認識を持たせる為のものである。
部屋には神妙な空気が漂い、何人かが頷く気配がした。
「ことは魔法士長イドスに一任してある。速やかに準備にあたれ。
 ……ないとは思うが、ファルサスには知られぬよう気をつけよ」
場を支配する男はおもむろに立ち上がると踵を返す。頭を垂れる部下たちを見回し部屋を出て行った。
残された人間たちは扉が閉まる音がしてもしばらくはそのままの姿勢で動かない。
そしてだからこそ彼らは、隣にいる人間がどんな表情をして主が立ち去るのを待っていたのか―――― そのことをずっと知らぬままでいたのだ。

カンデラの建国は二百二十年前、かつての大国メンサンの属国であったデラスを母体として為された。
当時デラスを治めていた王は過保護な母親の影響下から抜け出すことが出来ず、また母と大貴族たちとの板ばさみにあい次第に心を病んでいったとカンデラ史には記 録されている。その王の精神の傾斜が側近たちの度重なる処刑という形で現れ始めてからしばらく、ある時爵位を持たない下級貴族から一人の男が現れた。
 彼は先々代王の庶子の血を引いていると主張し、王に見切りをつけはじめていた貴族たちの支持を得て、また平民からも未来の改革を約束することによってまたたく まに人気を獲得した。人懐こい容姿と巧みな弁舌を持っていたとされる男はそれから三年を経て兵を挙げ―――― ついにデラスを落としカンデラを建国するに至ったのだ。
彼の血は現在まで脈々と受け継がれ、第七代カンデラ王オーラウもまたその一人である。
今年六十三歳を迎えたオーラウは、少々頑なで偏狭なところがあるものの、大きな事件もなく三十年間カンデラを治めてきた。
人々が平穏に慣れきった時代。
何ら問題もなく見えるこの国はしかし、二百二十年の時を経て、今ゆっくりと変化を迎えつつあった。

「本当にお城なんですね。感動感動」
「君の世界にはなかったの? ってことはないか。城って単語があるんだから」
「あるんですけどね。私の国はもっとこう日本ーって感じの城で。屋根に金色の魚乗ってたりしたんですよ」
「何で魚」
「さぁ? 可愛いからじゃないですか」
適当なことを言って雫はもう一度城を見上げた。
カンデラに着いて二日目の昼、二人は雫の「お城を近くで見てみたい」という要望のもと、城門付近まで散歩に来ていたのだ。
さすがに城門には見張りの兵士が常時立っているし、門は閉じられていて中には入れない。
それでも間近で見る城は、雫の感嘆を引き出すに充分なものだった。
この大陸の文化はみな中世西洋に似ているのかと思っていたが、あながちそうとも言えないらしい。
カンデラの城の屋根は一つを除いていずれも尖っているのではなく半球状で、そのほとんどがガラス張りになっているようだった。
その為遠くから見ると「お城」のシルエットに見えるのだが、近くで見るとむしろ現代建築を思わせる。
ただ雫の知るビル群と違うのは、この建物は主に石を使って作られているらしいというところであろう。
時代の蓄積を感じさせる壁と現代的な形に、おそらくこの大陸でただ一人ちぐはぐさを感じるのであろう雫は、 ここのところ存在さえ忘れかけていた自分の携帯電話のこ とを思い出す。そして―――― 写真を撮りたいと、また少しだけ思った。
実際に撮ろうと思ったわけではない。それには宿までバッグを取りに戻らねばならないし、何よりこんなところで携帯をかざしていては不審人物扱いされるに違いな いのだ。現に今でも先ほどから城門の兵士がちらちらと二人の方を窺っている。
ぼうっと城を見上げていた雫はふと思いついて腰につけた皮のポーチからメモ帳を取り出した。
数歩下がって城門から距離を取ると、彼女はシャープペンでざっと城の外観をスケッチし始める。
エリクが後から無言で近寄ってきてそれを覗き込んだ。
「君って実は結構、絵が得意?」
「得意って程でもないですが。簡単な模写とか、こういう実物を写すだけなら比較的さっと出来ますね」
「凄いな。よく形を捉えてる」
「旅の記念になるかと思って。裸の大将ですね」
「裸?」
そこは詳しく説明するのが面倒なところだったので、雫はスケッチに集中した。
やがて十分後、ちょっとした城のラフスケッチが出来上がる。
雫はそれを興味津々といったエリクに手渡した。自分は両腕を上げて伸びをする。
絵をまじまじと見つめた彼は感心したように口を開いた。
「面白い。構成図を描いてもらいたいくらいだな」
「構成図? 魔法のですか」
「うん。魔法士じゃない学者とかに、どういう魔法なのか仕組みを見せて説明したりするのに描き出すんだよ。僕は凄く苦手だけど。
 描いてもまったく意味が分からないってよく言われてたよ」
「そ、それは……」
何と言ったらいいのだろう。雫は曖昧な苦笑を浮かべて固まる。
人間どこに得手不得手があるか分からない。
彼女自身胸を張って特技と言えるのは方向感覚のよさくらいで、絵についてなどは他にいくらでも上手い人間がいることを知っていた。
その辺りは姉妹の影に隠れがちな彼女の性格ゆえか違うのか、どれくらいのレベルから特技と言っていいのかどうか分からないのだ。
たまに「上手いね」と言われることがあっても、つい煮え切らない愛想の言葉を述べてしまう。
逆に不得意なことは割合はっきりしていて、まず思い浮かぶのは長距離走と球技が苦手ということだろうか。
これのおかげで雫の小中高時代の体育の時間は散々な思い出ばかりが残っている。
大学に入って体育がなくなるのではないかと期待していたところ、ちゃんとテニスとバレーをやらされ恥を晒したことは言うまでも無い。
他にも蜘蛛や爬虫類が苦手など色々あるのだが、細かいことを上げていったらきりがない状態だ。
雫は整った顔立ちのエリクを見上げる。
苦手なことなどあまりなさそうに見えるのだが、それは彼の飄々とした性格から彼女が抱いた勝手なイメージに過ぎないのだろう。
何だかいつになく彼が身近に感じられて雫は自然と微笑を浮かべる。
その時鉄の軋む音がして、二人は振り返った。
見ると城門がゆっくりと中から開かれつつある。
そこから数人の兵士と役人らしき人間が出てきて頷きあうと、彼らは思い思いの方角へと散っていった。
その内の一人が二人を見つけて近づいてくる。
雫は真っ直ぐ向ってくる兵士が自分たちを見ていると気づき、蒼ざめた。
「に、逃げますか」
「何で。何もしてないよ」
「だってこっち来ますよ! 生皮剥がれて……」
「それはもういいから」
ちっともよくない、と心の中で反論している内に、既に兵士は逃げても間に合わなそうな距離にまで近づいてきていた。
眉を顰めたいかにも怖そうな顔立ちの男は、緊張している雫には目もくれずエリクの前で足を止める。
「お前、魔法士だな?」
「一応は」
「ならこれを持て。城からの知らせがある」
男は尊大にそう言って手に持っていた数十枚の紙のうち、一枚をエリクに押し付けるとさっさと立ち去っていく。
あっさりとしたその態度に雫は拍子抜けして、小さくなる兵士の姿をただ呆然と見送った。けれど隣から連れの男の声が聞こえてハッと我に返る。
「何だ。変わった知らせだな」
「何て書いてあるんですか?」
「城での短期の仕事に携わる魔法士を募集しているらしい。構成力が必要だからそれで審査をして……数日間の仕事の後に褒美をくれるらしいよ」
「へー。バイト募集ですか。お城もそういうことするんですね」
事の次第が分かった彼女は緊張を解いて感想を述べた。
どうも彼女にはよく分からないのだが、エリクの格好は誰から見ても「魔法士」と分かるものらしい。
別にずるずるのローブを着ているわけでもマントを羽織っているわけでもないのだが、どうしてなのだろう。
ちょっと聞いてみようかとも思ったのだが、この時は彼が「これ、使えるかもな」と言い出したので結局雫は自分の疑問を脇に置くことになった。
彼女は首を左右に傾けて男の言葉を繰り返す。
「使えるって何にですか?」
「褒美は金品に限らないらしい。カンデラ国内での優遇も含まれるみたいだ。
 だから上手くすれば―――― 転移陣の使用許可が取れるかもしれない」
そう言うとエリクは、目を丸くした彼女に向かって悪戯っぽく肩を竦めて見せた。

「え、それはチャンスかもしれませんけど……だ、大丈夫なんですか?」
言葉に迷いながら雫が聞いたのは、エリク本人が常々自分は魔法士としては力が足りないと口にしていた為である。
そんな彼が、城で募集するような魔法士の審査に受かることができるのかどうか、彼女は当然の疑問を抱いたのだ。
相手によっては失礼とも取られかねないその不安にエリクは苦笑して返す。彼は紙の一点を彼女に向けて指し示した。
「ここ……ああ、君はまだ読めないか。ここに書いてあることを読むとね、どうやら今回重視されているのは構成力らしい。
 それなら僕にも何とかなるんじゃないかな。魔族と戦えって言われたら諦めるけど」
「なるほど!」
構成というものが魔法においてどういう役割を果たしているのか、雫は直接説明されたことはなかったが、どうやら魔力をどう組み立てて魔法を実行させるかを決める 、仕組み部分に当たるらしい。雰囲気から言ってコンピュータのプログラムのようなものではないかと感じていたが、それなら学者肌であるエリクも決して不得意で はないということなのだろう。現にこの間も難しい魔法具の修理などをこなしていたところを見ると、それなりに出来る方なのかもしれない。
納得した雫にエリクは腕組みをして空を見上げる。
「本当はこういうの苦手で今まで敬遠してたんだけど」
「駄目じゃないですか!」
「いや、構成は苦手じゃなくて。構成図を描くのが苦手なんだ。でも今は……」
彼は視線を空から戻すと雫を見て微苦笑する。その意図するところを悟って彼女はぽかんと口を開けてしまった。
「あ、ひょっとして……私?」
「そう。君が描いてくれればいい」
思わぬ役目を振られた雫は黒く大きな目を猫のように瞠る。
驚きがもたらす空白。
けれどそれは、自分でも不思議なほどに期待に似た何かが湧き出してくる、心地よい瞬間だった。