禁じられた夢想 035

禁転載

「あの構成が何なのか、あなたはご存知ですか」
エリクが正面からそう尋ねたのは、若い魔法士の性格が休憩に付き添われた短時間でも明らかな程に「人のよい」ものだと判断したからだ。
案の定男は少し困ったような顔になって彼に答える。
「一応魔法士長から聞いてはいるが。機密だから教えられない。結構昔から城に伝わっていたものらしいよ」
「宗教がらみでですか」
「いや? 違うと思う。我が国は特定の宗教には肩入れしないし」
その表情は嘘を言っているようには思えない。つまり、この男はあの構成が何であるかを知らないのだろう。
流れの魔法士を偏見の目で見ることもない男の素直さに彼は安堵する。こういった人間には本当のことを言うのが一番効果的なのだ。
エリクは周囲に人がいないことを確認すると深刻な表情を作って若干声を潜めた。
「私は同じ構成を見た事があります。七年前にファルサスの記録庫で……。
 数百年前に狂信者数人がファルサスの城都を壊滅させる為に街で展開した禁呪です。その時は未然に防がれましたが五十七人が死亡しています」
「…………は?」
現状を変えようとする一滴。それは彼の望み通り目に見えて分かる効果を相手に齎した。
唖然とした表情が続いた後に、疑いと恐れ、何とか笑い飛ばそうとしてしきれない困惑が男の両眼に揺れる。
「そんな馬鹿な。あれは……」
「いいえ。すぐには信じてくださらないでしょうが本当のことです。
 私の勝手な推察ですが、あの構成は間違った効果と共に城に伝わっていたのではないでしょうか。
 実際は第十九系列までは基礎を築きつつ周辺から魔力を集めるようになっていますが、
 第二十七と第四十二で構成に直接触れたものの血肉と魂を吸い取ります。
 そして発動後は第二十から第三十、そして第五十代の系列が交差して円を描き、その場に概念的に穴をあけるという代物です」
「概念的に、穴?」
「世界の外……底に沈殿しているという負の海に向けて穴が開かれます。
 それが実在しているものなのかどうかは証明されていませんが、ファルサス以外の類似した事件では、
 濃い瘴気がその場に生み出され、多くの死者行方不明者、また精神に異常をきたしてしまった人間がいたと記録されています。
 調べればおおまかにですが、魔法歴史年鑑に記述が残っているはずです。勿論ファルサスに問い合わせればもっと詳しいことも分かります」
「…………それは……いや……」
はったりは必要だ。まず大事なのは「今」を乗り切ること。
その為には多少の誇張を混ぜることも仕方ない。エリクはあの構成の正体が自分の想像通りであるという自信があった。
根本となるものが事実であるならば、その他の証明は自然と後からついてくる。
仮にそれが為されないとしても、あの構成が歴史に何度か現れかけた禁呪であるという疑いを持って接すれば、真実を読み解ける人間はいずれ出てくるであろう。
現に目の前の男は揺らぎつつある。知っている構成を思い出し、言われたことを元に判別しようとしていることは表情から明らかだった。
エリクはたっぷりと間を取ると、もう一押しする。
「あの構成は完成させてはならないものだと私は思いますが、王の望みは城都の壊滅でしょうか」
「そんなはずはない! 陛下はこの国を守られる為に……」
「ならばなおさら構成を中断させるべきです。完成しては取り返しのつかないことになります」
もし完成してしまったら、まず間違いなく歴史に残る惨事となるだろう。
多くの死者が生み出され城都が滅ぶ上、その後開いてしまった穴を塞げるかどうかも定かではない。
城に所属する魔法士はすっかり蒼ざめてしまった顔で考え込むと、やがて躊躇を漂わせながらも呟く。
「…………だとしても、すぐには止められるか保証できない。ただ相談の上、お前の言う事が正しいと分かれば構成は中断されるだろう」
「はい。よろしくご判断お願いします」
ひとまずはこれでいい。
構成の完成にはもともとあと二日はかかるのだ。それまでには真偽は明らかになるはずだ。―――― 誰の横槍も入らなければ。
エリクは話す相手は慎重に選ぶよう念を押して、ひとまず他の人間からの目も考え地下へと戻る。
既に地下の広間いっぱいに張り巡らされつつある構成は、まるで人の無知を嘲笑うかのように圧倒的な様相を呈し始めていた。

カンデラの副魔法士長ベントはその報告を受けた時、舌打ちを禁じえなかった。
満を持して構成を始めた「禁呪」は王直々の命によってのものなのだ。
百年ほど前に城に持ち込まれたというあの構成は、街一つ軽く焼ける程の「魔法弾」を作り上げる為のものと聞いている。
特に触媒などを必要とするわけではないが、大規模破壊魔法である為「禁呪」とされた魔法だ。
あれさえ完成すれば守るにせよ攻めるにせよカンデラは強大な力を持てることになる。近隣国家の興亡に押されて慌しく手をつけることにはなったが、あの禁呪はもともとカ ンデラの切り札と言っていいものなのだ。だがその構成が、実際はまったく別の効果を持つものではないかという報告が入ってきた。
まさに水を差されたとしか言いようのない事態にベントは渋面を禁じえない。
同様の思いを感じているのか目の前に立つ二人の魔法士は戸惑いの表情を浮かべてはいたが、そのまま報告を続けていく。
「確かに調べたところ魔法歴史年鑑には、百二十年前と四百十年前に、狂信者の禁呪により瘴気が染み出すという事件が起こっています。
 四百十年前は術が不完全だった為に、百二十年前はファルサスの介入により途中で構成は破綻しておりますが、死者の数はかなりのものです。
 三百年前のファルサス城都での事件についても瘴気の発生についての簡単な記述ならば残っておりました。
 構成はおそらくファルサスに問い合わせれば記録が残っているかと……」
「問い合わせられるか! 禁呪なのだぞ!」
そんなことをすれば間違いなく魔法大国の介入を呼び込む。魔法の管理者よろしく大陸に威を打ち立てているファルサスは、カンデラが禁呪に手をつけたと知れば何 らかの制裁を加えてくるだろう。それだけは避けなければいけない事態だ。ベントは忌々しさに目の前の机を何度も指で叩いた。
「ですが、あの構成は複雑すぎて、解析には時間がかかります。極秘裏に調査するとしても三日ではとても足りないかと……」
「今まで厳重にしまいこまれていたからな……仕方ない」
百年間、あの構成図を見ることが許されるのは王と魔法士長のみに限られていたのだ。ベントも今回初めて構成図を見てその複雑さに驚嘆した。
禁呪とはかくあるものかと思ったくらいなのだ。とてもではないが、短時間でその真の効果を判断することなどできそうにない。
だが放置して万が一があってはことだ。彼はこれ以上ないくらい顔をしかめた。
「陛下にご注進に及ぶか……?」
「何をだ、ベント」
一瞬で場を凍りつかせる声は、部屋の戸口からもたらされた。
室内で相談をしていた三人は驚愕に体を硬直させる。
そこには、いつから部屋の前にいたのか魔法士長のイドスが冷え切った視線を部下たちに向けて立っていた。
イドスの背後にはしかめつらの魔法士が一人、控えている。おそらくはこの男が彼らの相談を漏れ聞いて密告でもしたのであろう。
肌に突き刺さるような緊迫感に内心怯みながらもベントは立ち上がった。
「れ、例の構成は別の効果を持つ禁呪の可能性があると……」
「誰が言った?」
この時、後から考えるならベントは正直に答えるべきではなかった。むしろ適当なことを言って時間を稼ぎつつ、イドスを出し抜く手段を考えるべきだったのだ。
構成を見る事が許されていた魔法士長にもかかわらず、イドスは長年の間その効果について何も言ってこなかった。
そのことを僅かながら危ぶんだからこそ、若い魔法士たちはイドスではなく副魔法士長のベントに相談してきたのだから。
しかし、ベントは魔法士長の圧力に耐えられなかった。責任転嫁をするように「今回採用された魔法士の一人が言い出した」と言い訳し、エリクの名を教えてしまう 。イドスはエリクの審査書類を持ってこさせると一通り目を通して頷いた。
「流れの魔法士がくだらぬ戯言を……。お前たちはさっさと持ち場に戻れ」
反論を許さぬ静かな声にベントたちが慌てて退出すると、魔法士長は兵士を数人呼ぶ。手に持った書類を彼らの前に投げた。
「この男を隔離しろ。抵抗するなら殺してもよい。どうせ旅の人間だ。知人もおらぬだろうし消息を断っても問題あるまい」
「いえ、確か連れの娘がいたはずです。御触れを出した時、一緒にいたところを見ております」
「ならばその娘も確保せよ」
問題の男はファルサスの一般に公表されていない記録についても言及したという。それが本当なら少なからずファルサスに関係した魔法士なのだろう。嘘だとしても 、連れを放置しておいてその娘にファルサスにでもたれこまれては全てが水の泡になりかねない。イドスは書類に記されている宿に娘を捕らえに行くよう手配すると 、兵士たちを全て自分の前から下がらせた。深く息を吐いて椅子に座る。
「主教様、今しばらくお待ちくださいませ。まもなくこの国に住む者の精神は我らが神の支配下におかれますれば……」
百年以上前から城に絶えず送り込まれてきた狂信者の一人である男は、愉悦の笑みを浮かべる。
だが、彼もまた知らない。禁呪について主教から聞かされていたことよりも、旅の魔法士が看破した効果の方がより真であるということに。
そして、同じくその真に気づいた同志が構成を止めるべく、城に向って実働部隊を突入させようとしていることについても。
後に「無言の三日間」と呼ばれ、口に出すことさえ禁じられる混沌が、今ゆっくりと幕を開けつつあった。

動物じみた方向感覚のよさ。自分のこの特技に今夜程感謝したことは今までなかったかもしれない。
雫はカンデラの広い城都を細い路地を縫って走りながら、時折見 える城を窺った。少しずつ、その壮麗な建物は視界の中大きくなってきている。あまり大通りに出すぎると兵士たちに見つかってしまうのではないかと思い、真っ直 ぐ城にむかうのではなく円を描くように慎重に距離を詰めているのだ。
「塀が高いからね……」
間近で見た塀は確か三メートルはゆうにあった。勿論ただの人間である彼女にはそれを乗り越えることなど出来ない。裏口か何かを探して忍び込めれば重畳だと思っ ている。もし、城に何かしらの混乱が起こっているのならそれに乗じることも出来るだろうが、この距離からではまだよく分からない。雫は角を左に曲がった。
兵士たちは彼女を「黒い瞳の娘」として探していた。ならばサングラスでもかけてしまえば誤魔化せるだろうか、と少し思案する。だが問題なのはこの世界でサングラスをしている人間など見たこ とがないということだろう。たまに眼鏡らしきものをかけている人間を見るくらいだ。
「大体夜かけたら、何も見えないじゃん! 馬鹿か私は!」
突然の主人の独り言にメアは何も言わなかった。もっとも忠言するにあたってわざわざ人の姿に戻るくらいであるから、鳥の姿だと言葉が話せないのかもしれない。
雫は自分の思いつきを五秒で却下すると、次の角を右へと曲がる。また城が近づいた。
「こんなことならあらかじめもっと探検しとけばよかったかも」
彼女は城には間近で見学に行って以来近づいていない。その為どこに裏門があるのかも分からないのだ。
ただ何となく正門の真裏にあるのではないかと見当をつけて走っている。
消して長くはない走るだけの時間。近づきつつある城から鈍い爆発音が響いたのは、雫が行き止まりを避けて夜空を仰いだその時のことだった。