禁じられた夢想 041

禁転載

城に仕掛けられた陽動の内、もっとも戦力が割かれたのが裏門への攻撃である。
それは城の衛兵の主戦力を引きつけつつ、隙あらば城内に踏み込もうと門を境に熾烈な戦闘を展開させていた。
兵同士の戦いならば決して引けを取らなかったであろうカンデラ兵たちも、相手が「何でもあり」で数多の戦場を渡ってきた傭兵たちなれば、いまいち勝手が掴めないようである。 剣戟の隙間から巧みに射掛けられる近矢や、体の動きを重くさせる魔法などに翻弄され、苦戦を強いられていた。
「城門を閉めろ!」
「そ、それが駆動部を破壊され、門の開閉が出来ない状態に……」
「何だと!?」
門が閉められないのでは、後は魔法士の結界に頼るしかない。
城の外周結界の強化を指示しようとした魔法士はしかし、逆に「結界を解いて城内に敵を引き入れろ」との命令に、思わず激しく舌打ちした。
作戦としてその意図は分かる。すっかり明るくなりつつある今、城門付近で戦闘をしていては騒ぎが大きくなってしまうから、いっそ中に入れたほうがいいとのことなのだろう。 ただでさえ昨晩も深夜に爆発音などが響いた為、付近の住民は不安に思っているであろうことは確実なのだ。
この上朝から城で戦闘などが起こっていれば、その知らせは他国にまで届く可能性も高い。
だから上からの指示の理由はよく分かるのだが、それを実行するとなると細心の注意を払わねばならないことは明らかだった。
門という狭い場所に布陣して結界の助けを借りて戦っているからこそ両者は拮抗しているのであって、実際に中に入れたらそう広くはない裏庭で乱戦になってしまう。 こちらの方が地の利も数の利もあるのだから、いずれは鎮圧が可能だろうが、城内からの狙撃準備や連絡の徹底など相応の準備を以ってあたりたい変更には違いなかった。
だが――――
「……結界を解くぞ。一旦兵を下げるように伝達を」
上からの指示は絶対である。
指揮にあたっていた魔法士は、倒れている者を回収し前線を徐々に下げるよう将軍に連絡してしまうと、味方の周知を待って最外周の結界を解いた。
同時にそれまで結界によって遮られた魔法攻撃が、城の内部にまで降り注ぎ始める。
小さな火の玉や光球がいくつも飛び込んで来て、城の魔法士たちはその相殺に追われることになった。
じりじり内部へとその中心を移しつつある戦闘。
およそ五十人を越えるであろう襲撃者たちを全て城内に引き入れてしまえば、後はどうにでもなると、城の人間は皆思っていただろう。
しかし、事態はそれだけでは済まなかった。

「何の騒ぎだ?」
「城で何かが起きてるらしいぞ」
通りに出て顔を見合わせる人々。そんな光景がそこかしこで見られる早朝、しかし変化はゆっくりと訪れつつあった。
困惑を表情に乗せている男たちに向かって、現れた三人の目の男は声を潜めると囁く。
「それが……城で怪しい魔法の実験が行われているらしい。このままだと街にかなりの被害が出るって話だ」
「はぁ!? 何の冗談だそれは」
「冗談じゃないみたいだぞ。シューラ教の司祭がそう仰ってた。司祭はそれを食い止める為に、今あちこち走り回っているらしい」
真偽を確かめようとする視線が路上に何本も交差する。
それは街に散らばった扇動者たちの巧みな情報操作を受けてやがて大きな波となり、様子を見に城に詰め掛ける人間と街から避難しようとする人間が相次ぐ大きな騒ぎへと成長し出したのであった。

空気の隅々までざわめきに満ちている城都全体と違い、雫の行く廊下は静まり返っていた。
彼女は緊張にからからに乾いた口内を気持ち悪く感じながらも、慎重に廊下を進んでいく。
誰かと出会ったらどう言い訳しようか、そう考えながら階段を探して彼女はあちこちを覗き込んだ。
禁呪を構成しているのは地下の部屋らしいとは聞いている。だからそのどこかにエリクはいるはずだ。
だが、広い城の中あてどなく探していく行為に心細さがないとは言えなかった。雫は遠くから聞こえる喧騒に耳を澄ます。
今、城に攻撃を仕掛けている彼らが負けるということはこの国が危地に陥るということだ。
だが彼らが城に押し寄せて禁呪を構築している魔法士を殺し始めれば、今度はエリクに危険が及ぶ。
雫に出来ることは出来うる限り早く彼と合流すること、そして事情を話して判断を仰ぐことの二つだけだ。
「荷が重い……。緊張するよ」
小鳥しか聞く者のいない呟きを零して、雫は廊下の角を曲がった。直後、向こうからやってきた女性とぶつかりそうになって慌てて避ける。
女は三十代後半だろうか。雫と同じ服装をして険しい顔をした女官だった。体勢を崩した雫を物凄い目で睨みつけてくる。メアはその視線を避けて肩から雫の背中へと滑り落ちた。
「あなた! こんなところで何をしているの!」
「す、すみません」
「城に狼藉者が侵入してきているから女官は皆、魔法士たちと一緒にいるよう命じられたでしょう! 聞いていなかったの!」
「倉庫を整理していて……」
咄嗟に言い繕いながらも、雫は「これはチャンスかもしれない」と思い至った。女官でないとは疑われていないようなのだ。
女がちょうど雫のバッグに目を留めて口を開こうとしたところで、先手を打って手を上げる。
「あの! これ魔法士の人に荷物を持ってくるよう頼まれたんです!」
「魔法士に? おかしな荷物ね」
「それが、臨時で採用された魔法士の人のものでして。ですが、その人がどこに戻ったのか分からなくなってしまったんです……」
「まったく。愚図ね。臨時の魔法士は地下研究所の第一から第五を使っているらしいから、一つずつ行ってみなさい」
地下研究所、と雫は心の中で繰り返した。半歩前進した気もするが、五つもあるのでは先が思いやられる。
一番最初に行ける場所に彼がいればいいのだが。自分の籤運の強さを祈るしかなかった。
「ありがとうございます。ここからだとどこが一番近いでしょうか……。第三ですか?」
「あなた、方向音痴なの? 第二に決まっているでしょう。ここを真っ直ぐいって最初の角を右なんだから」
「あ、そ、そうですよね。すみません」
「手早くなさいよ」
苛立ちを隠しもしない女の視線を背中に受けながら、雫は言われた方向に向って歩き出した。
女が角の向こうに消えて見えなくなると、彼女は人目のない廊下を走り出す。
言われた通りの角を曲がってまもなく地下へと下りる階段を見つけた雫は、一瞬喜びに表情を変えるとだがすぐ気を引き締め直し、足音をさせないようその階段を下りていったのだった。

女は短い詠唱を終えると魔力を矢として成形し打ち出した。
矢は彼女に向かって来ようとした二人の兵士の胸と腹に当たり、火花の炸裂と共に男たちはその場に倒れる。
三人目の兵士はそれを見て怯んだが、その僅かな隙に女は建物の影に飛び込み見えなくなった。彼が剣を片手に慌てて覗き込むとそこには既に誰の姿もない。
きょろきょろと辺りを見回す兵士を、魔法で移動した二階の回廊の窓から見下ろしながらリディアは肩で息をついた。顔にかかる金髪を手で払いのける。
「面倒くさい」
「そうか? 面白いじゃん」
まったく気配を感じさせなかったにもかかわらず背後からかけられた声に、しかし彼女は軽く眉をしかめただけだった。馴染みの男を振り返ってねめつける。
「そりゃアンタは楽しいかもしれないけどね。私はこういうのかったるいだけ。ターキスがうるさく頼むんでなきゃ来なかった」
「存分に動いていい機会なんてほとんどないよ。特にこういう特殊な乱戦はね。楽しくて仕方ない」
「アンタが楽しいのは人殺すのがじゃないの、カイト」
十代後半の少年にしか見えない男は肩を竦めて笑った。その笑顔はリディアの指摘をむしろ喜んで肯定するものである。
まさに「人を殺すことが好き」過ぎて傭兵の中でも扱いづらいとされる彼は、既に血がべったりとこびり付いた黒い手袋を嵌めた手に短剣を抜くと、彼女と並んで窓の下を見下ろした 。まだいなくなった女を捜している兵士に向って、おもむろに短剣を投擲する。
ギャッという短い悲鳴を上げて倒れた男を嬉しそうに見つめるカイトに、リディアはあからさまに侮蔑の目を向けた。
「本当、アンタって性格最悪」
「見逃して後で襲われたら困んない?」
「そしたらその時何とかする。いいから仕事の方に集中しろって」
アンタといると気分悪くなってくる、と吐き捨てて転移の呪文を唱え始める女にカイトはひらひらと手を振った。
新しい短剣を抜くと廊下の遥か向こうから彼を見つけて走ってくる魔法士たちに焦点を合わせる。
詠唱を開始する三人の魔法士を確認して、彼は懐から防御用の魔法具を取り出した。大きな水晶をはめ込んだ腕輪はうっすらと青白い。
「仕事ね。魔法士を皆殺しにすればいいんでしょ? ちゃんと分かってるよ」
彼の通る場所には鮮血と悲鳴が量産されていく。
そしてそれは、城の内部を弧を描いて、第四地下研究室と呼ばれる場所に少しずつ近づいていったのである。

暗い階段をそっと駆け下りていく雫は、だがその先に灯る松明の下に兵士の姿を見出して飛び上がりそうになってしまった。
武装している男二人は狭い階段に立ち塞がるように向かい合っている。何事かを話しているようだが、彼女のところまでは聞こえなかった。
雫は一旦は動転してしまったものの、すぐに不審に思われないよう姿勢を正して階段を下り始める。
兵士たちも彼女に気づいたらしく話をやめ、じっと近づいてくる女官姿の少女を見上げた。彼女は心の中で「冷静に冷静に」と唱える。
「どうした? 何かあったか」
「狼藉者が侵入してきているので、魔法士の方々と一緒にいるように命じられまして……」
「それは聞いているが、ここにいる魔法士はほとんど外部の人間だ。あてにならぬぞ」
「城の魔法士の方々は、襲撃者への対応に追われて人手が足りないのだそうです」
二人の兵士は顔を見合わせて苦い表情になる。迎撃に城の人員のほとんどが割かれている情報は勿論彼らも知っているのだろう。雫は更に一押しした。
「本当は、後で城の魔法士の方のところに行くつもりなんです。けど、一人で仕事をしていたら怒られてしまって。
 とりあえずでいいのでいさせて頂けませんか? ちゃんと言いつけを聞いたんだってことで……ちょっとだけ」
顔の前で両手を合わせて頼む少女の姿は、男二人に「仕方ないな」と思わせるだけの愛嬌があったらしい。
「俺たちがいるからまぁいいだろう」と彼らは苦笑混じりに雫を通してくれた。礼を言って階段を下り始めるとすれ違いざまに「あんまり不注意をするなよ」と声を掛けられる。
そんなに自分は鈍く見えるのだろうか、と彼女は頭の上に漬物石を乗せられた気分になったが、それ以上に上手く行ったことに安心して階段を駆け下りた。
等間隔で灯る松明が暗い階段を照らし出す。
そして行き着いた木の扉を押し開けると、その先は異様な空気漂う石の広間になっていたのだった。