おわりの言葉 181

禁転載

魔法構成のことなど雫にはよく分からない。
その為エリクやレウティシアが「穴」の研究に取り掛かる間、彼女は何もせず部屋で過ごすことになった。
やることもないのでとりあえず本を読んでみる。だがその内容がちっとも頭に入ってこないのは他に気がかりなことがあるせいだろう。
気分を切り替える為、散歩にでも出ようか迷いだした時、しかし小さなノックと共に逸脱者の少女がふらりと訪ねて来た。
リースヒェンという名らしい彼女は、抱え込んだカードの束とノートを見せるとそれらを一緒に机に広げる。
自分が作った教材のカードを久しぶりに見た雫は驚いてそれを手に取った。
「あれ、これ……」
目を丸くした彼女に、リースヒェンは子供が使うような書き取り用のノートを手にして何かを訴える。
筆談もうまく通じない少女と苦心してやり取りしたところ、要するに彼女は読み書きが苦手で、その為一緒に勉強したがっているのだと分かって雫はぽんと両手を叩いた。
「あ、そっか。なるほどなるほど!」
発音が分からない女と、作文が苦手な少女。
まるでちぐはぐな二人はしかし、カードや絵本を広げるとお互いの知っていることを照らし合わせ始めた。
少女は雫が絵を描くと食い入るようにそれを見つめ、名を呼ぶ。
雫が発音をメモしながら共通文字をも書き記すとリースヒェンはそれを書き取った。
遊び混じりながらも交互に知識を交換しあう勉強。
それは夕方になって男が少女を引き取りに来るまで続いた。
男は勉強の成果が残るノートを見せられると、笑ってその片隅に「また遊んでやって欲しい」と書いて雫に見せる。
エリクやレウティシアが未知の構成に関わっている間、それに携わる男もまたリースヒェンを見ていられないのだろう。
自分を帰す為の研究に時間を取ってもらっているということもあり、雫は即答で了承した。
そしてその翌日から彼女たちは、一日の約半分を一緒に過ごすようになる。






「手を抜けばいいのに」
呆れ混じりの王妹の声にエリクは眉を上げた。円卓の中央に嵌めこまれた水晶球を見やる。
あの時、魔力を借り出す為の魔法具を破壊された彼は、再び元の少ない魔力の体に戻ったのだ。
しかしそれでは構成を組んで示すことが出来ない上、彼が描く構成図は破滅的に意味が分からないということで、今は簡易的に魔力を貯めた水晶球を使って構成の試行をしている。
逸脱者の手記を元に組んでいた複雑な構成。それを崩すとエリクはお茶に口をつけた。彼にしては棘のある声がレウティシアに返される。
「何故手を抜くんです。意味が分からない」
「だって完成したらヴィヴィアは帰ってしまうのよ? それでいいの?」
「適当に作って世界の狭間にでも落ちたらどうするんですか」
「……そう言われればそうね」
「分かったなら手を抜かないでください」
魔法技術において大陸の頂点に立つファルサス。その中でも屈指の構成技術を持つ男女は再び構成の試行に没頭した。
だがそれが三十分も続くと、レウティシアは再び顔を上げる。
「引き止めないの?」
返事はすぐには返ってこなかった。
たっぷり数十秒の間。
まだ温かかったお茶から湯気が消える程の時間を置くと、エリクは平坦な声を紡ぐ。
「言葉も分からない世界にいることが幸福だとは思わない」
何処までが本心か分からない答。
だがそれは紛れもなく真実の一端をついた言葉だろう。
王妹は溜息をこぼすと、試作した構成を書き留める為ペンを手に取る。
何が幸福か、何を選ぶのか、それを決められるのは雫だけだ。
彼女は本来この世界に落ちるべきではなかった人間で、それを分かっているからこそ二人は何も言わない。
エリクは冷めてしまったお茶に口をつけると、乾いた息をつく。
窓から見える空には、青白い月が見え始めていた。






オルティアが訪ねてきたのは雫が意識を取り戻してから四日目のことだ。
それまで一連の事件の残務処理に関わっていたらしい女王は、無言で雫の部屋に入ってくるなり、慌てて立ち上がった彼女を睨む。
そしてそのまま、何も言わず平手で雫の頬を打った。
鳴り響く小気味のいい音。
オルティアを案内して来たラルスが戸口でにやにやと笑う。
「ひ、姫……」
「この馬鹿者が! 己で言い出したことも守れぬのか! 帰ってくると言っておいて何をやっていた!」
開口一番の怒声は何を言っているか分からなかったが、怒られていることはさすがに分かる。
おまけにラルスが連れてきたということは一通りの話を聞きでもしたのだろう。
「馬鹿者」「馬鹿者」と連呼された雫は、おそらく「馬鹿」と言われているのだと察すると頭を下げた。
「すみません、姫……」
「謝って済むか、馬鹿者!」
たどたどしい共通語での謝罪にオルティアは美しい顔を歪める。
何度か見たことのある女王の表情。その目に雫はうろたえ困り果てた。
突然の出来事に目を丸くしているリースヒェンを王が「俺が遊んでやるから来い来い」と手招く。
扉の閉まる音。
そうして部屋に二人きりになると、しかしオルティアはそれまでの激情が嘘のように沈黙してしまった。
何処か頼りなげな双眸が雫を見つめる。
「……姫」
「帰るのか?」
疑問の言葉。
「帰る」という単語を聞き取れた雫は息を飲んだ。
もう、帰るのだ。元の世界に。そして二度と戻って来られない。
当然のことだ。今までずっとその為に旅をしてきたのだから。
家族に会いたい。友人と話をしたい。
それは今も消えない希望で―――― だが雫は今、頷くことが躊躇われて動けなかった。
黙り込んでしまった女を見つめると、オルティアは細い両腕を伸ばす。
「帰るのだな……」
抱き締める体が、温かければ温かい程泣きたくなるのは、きっと彼女を好きでいるからだろう。
雫はオルティアの肩に顔を埋めて目を閉じた。
たとえもう二度と彼女に会えなくなったとしても、彼女のことを忘れる日は決して来ない。
ずっと記憶の中に残り続けるだろう。それだけは自信を持って約束できる。
「大好きですよ……姫」
雫の言葉は通じない。
オルティアの言葉も分からない。
それでも伝わる何かがあると信じて、彼女は一粒だけ涙を零した。






逸脱者が持ち込んできた構成は、複雑という言葉だけでは足りない圧倒的なものだった。
世界を渡る為に試行されたのであろうそれらの手記を元に「穴」を開く為の構成を作り始めてから一週間。
一日のほとんどの時間を試行に費やしていたエリクはその晩、研究室からの帰り道、深夜の回廊に女の姿を見つけて足を止めた。
青い光と影だけに塗り分けられた世界。
その中にあって浮き立つ白い夜着を着た雫は、手すりに腰掛け夜空を見上げている。
こんな時間に部屋の外に出て何をしているのか。
それを問うより先に、しかし彼女が何を見ているのかエリクは気になった。黒い双眸の先を追って空を見上げる。
「月、きれい」
ぽつりと落とされた言葉。
突然の声に驚いたエリクが視線を戻すと、雫はいつの間にか彼を見ていた。翳のある貌が穏やかに微笑む。
「月を見てたの? 風邪引くよ」
「かぜひく?」
彼の言葉の後半が雫には理解できなかったらしい。
子供のように反芻する声にエリクは苦笑した。二階の回廊に座る彼女の隣に立つと、小さな体を抱き上げる。
「あと、こんなところに座らない。落ちたら危ない」
「すみません……」
今度は注意されたと分かったようだ。頭を下げて謝る彼女にエリクは笑い出しそうになった。
核を取り除かれ言葉が分からなくなった雫が真っ先に覚えた言葉は「ありがとう」と「すみません」だ。
そのこと自体が彼女の性格を表している気がして何だか可笑しい。思えば旅をしていた頃から彼女はよく謝っていた気がする。
「もう少しで帰れるのに風邪を引いたり怪我をしたら仕方ない。もっと注意して」
「かえれる?」
単語を拾い上げる囁きに、覚えた感情は何なのだろう。
エリクは表情を消すと彼女を抱き上げたまま回廊を歩き出した。黒い瞳が驚いたのか見開かれる。
「エリク、平気」
「君の平気は自称だ」
「じしょう」
その単語は難しかったらしい。眉を寄せる雫に「自分で言う、だけ」と彼は言い直した。途端彼女は困ったような顔になる。

言葉が通じていた頃は、難解な単語を使って話をすることに慣れきっていたのだ。
溢れる程に在る言葉の好きな部分を積み上げ、彼女と向かい合っていた。
だがそれが失われた今、一つ一つがもどかしくて多くを語ることさえ躊躇われる。
平易な言葉に直してしまえば何かが曝け出されるようで、彼は自然と沈黙を選んだ。

廊下を二度曲がり、雫の部屋が見えてくる。
その前に立つと、彼女はポケットから鍵を取り出して扉を開けた。エリクは彼女の体を下ろす。
「ありがとう」
「うん」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
彼は彼女の額を叩くと踵を返した。数歩歩いた時、背に彼女の声がかかる。
この世界の言葉ではない、小さな呼びかけ。
それにエリクが振り返ると、彼女は何か言いたげな目で彼を見ていた。
他に動くものはなく、死に似た眠りだけが立ち込めるひととき。
今だけしか許されない時間に、けれど雫はそれ以上何も言わなかった。
エリクはほろ苦く微笑すると再び歩き出す。

そしてこの三日後、構成は完成した。






「荷物少なっ!」
久しぶりの荷造り。
自分のバッグに全てを詰め込んだ時、雫は思わずそう叫んでしまった。隣でメアが首を傾げる。
とは言っても実際この世界から元の世界へ持って帰るものなどないのだし、整理してみれば大学からの帰り道に持っていたものと同じである。となれば少ないのは当たり前のことだろう。雫はバッグを肩に負うと部屋を出る。小鳥に戻ったメアがその肩に止まった。
雫は最初、メアを一緒に連れ帰るつもりだったが、それはエリクとレウティシア両方から止められた。
世界構造が違う以上、魔族を連れて行って変化がないか分からぬことだし、魔法がない上言葉が通じない世界では使い魔を使うことは困難だと注意されたのだ。メアとも別れなければならないということは迷う雫の心に重く圧し掛かったが、彼らの言うことはもっともだと理解すると、それを了承した。主人である彼女がいなくなれば契約上エリクの使い魔になるという小鳥の背を何度も指で撫でる。
待ち合わせの場所である執務室に向かって歩いていると、向こうからエリクがやって来た。
「迎えに行くつもりだったのに」というようなことを口にしているらしい彼と並んで、雫は廊下を歩き出す。
外は天気がいい。穏やかというには少し熱のある光が降り注ぎ、緩やかな風が吹いていた。
彼女は窓の外の緑を眺めて、ふとそのまま立ち止まる。
「あ! そうだ!」
「どうしたの?」
「写真撮りましょう! 写真!」
「シャシン」
記憶力のいい彼はその単語が何を示すのか覚えていたらしい。雫が携帯電話を取り出すと苦笑した。
彼女は通りがかった女官を捕まえてその操作を頼む。
城に仕える優秀な女官であるらしい年配の女性は、突然見たこともない機械を手渡され、聞いたこともない言語で頼みごとをされると目を丸くした。だがエリクが大体を察して補足すると、頷いて小さな画面を構える。
「うわー、最後だからって無茶苦茶してる感じがしますが、すみません」
目の前の景色が写り込む機械に絶対困惑しているのだろうが、表情にそれを出さない女官の精神力に感嘆すると、雫はエリクと並んで窓際に立った。
少し照れくさそうに笑ってシャッターの音を待つ。
小さな画面に残るであろう一枚。
だが、それがなくとも遠い世界のことを、人々のことを忘れるはずがない。
風化させたくないという思いが記憶を残す。ずっとずっと、彼女が死ぬまで。
雫は受け取った画面の中の自分たちを見ると笑った。それをエリクに見せて素直な感想を洩らす。
「何か写真が残るってすっごい違和感!」
「どういう仕組みなんだろう。魔法じゃないことの方が不思議」
それぞれの言語でいまいち噛み合わない会話を交わしながら歩く二人は、そうしてまもなく執務室に到着した。
既に中には、今回の帰還に立ち会う四人が待っている。
王族の兄妹と逸脱者の二人。
雫が異世界から来たことを知っているのはたったそれだけだ。
オルティアは居合わせたら怒り出しそうだという理由で来なかった。ラルスに言わせれば「泣くからだろ」ということらしいのだが、どちらでも彼女らしいと雫は思う。レウティシアが支度を確認すると、その場に転移門を開いた。



一年ぶりの砂漠はやはり暑い。
熱風が乾いた砂を巻き上げ、白い大地に優美な曲線を描く。
そこにいるだけでじりじりと焼けだしそうな空の下、一行は大きくなったドラゴンに乗ると位置を微調整した。
砂の上に落ちる大きな影を見下ろしながら最初の場所を確認しようとする雫は、あの時自分が見上げていた生き物に今乗っていることを不思議に思う。
ここに現れた時から全ては始まったのだ。
再びここに戻ってくるまでの道のりが長かったのか短かったのか、それは容易に判断できない。
「あ、多分この辺です」
遠くに見える低木の影から見て、雫は眼下を指し示す。
この世界の何処から「穴」を開くかで元の世界の何処に出るかが決まってしまうというのだから、どうしても慎重にならざるを得ない。
車道の真ん中に出たらどうしようと、いささか現実味のある不安を抱きながら、彼女は砂の上に降り立った。
辺りを見回して景色を確認する。
「うん。あってると思います……きっと」
「多少は調整が効くから。開いてから確認すればいい」
エリクの言葉は分からなかったが、「心配するな」というようなことを言っているのだろう。
もっとも彼は無責任な言葉はかけないからもっと実務的なことを言っているのかもしれない。
雫は苦笑すると頷いた。彼女がその場を下がると何もない空間を中心に四人の詠唱が始まる。
まるで不可思議なその光景。
そう言えば詠唱の言葉だけは最初から意味が分からなかった、と雫は風に乱れる髪を押さえながらぼんやり思った。
その横に立つ王がぽつりと呟く。
「残ってもいいんだぞ?」
「王様?」
人参を撲滅して来いとでも言っているのだろうか。彼女はとりあえず「無茶言わないでください」と返しておいた。
二人は口に砂が入るのを避けて沈黙すると、続いていく詠唱を見つめる。



熱砂は刻一刻と風によって舞い上がり、砂漠は少しずつその姿を変えていく。
そして同様に、この大陸の言葉もこれから徐々に移り変わっていくのだろう。
雫が塗り替えた変化が目に見えるようになるのはいつのことか。十年後か百年後か。それとももっと先か。
彼女は言葉が乱された大陸の未来にしばし思いを馳せた。
これでよかったのだろうか、と不安が残らないわけではない。
ただ言葉の自由を本当に知っているのは自分だけであるからこそ、彼女は「これでいい」と思うことにしていた。
思いは言葉に。言葉は思いに。
絡みあって広がりながらも移り変わっていく。伝えたいと思う、その感情と共に。



詠唱が終わる。
瞬間、気圧が変わるような違和感が耳の奥をくすぐった。
固唾を飲んで見守るその先で、何もない空間に「穴」が現れる。
彼女がこの世界に来た時とは違う、転移門に似た澄んだ穴。
そこに見覚えのある風景を見出して雫は息を止めた。
水のヴェールがかかったような表面。
薄い皮膜の向こうに、あの日彼女が姿を消した道路が映っている。
大学に通う為、数ヶ月間毎日歩いた道。懐かしい日本の街並みに、雫は胸が熱くなった。
引き寄せられるように一歩一歩砂の上を進み、穴の前に立つ。

向こうではどれだけの時間が過ぎているのだろうか。
みな心配しているに違いない。姉は泣いているだろう。妹は弱音を飲み込んでいるかもしれない。
―――― 帰ったらまず家に戻って、みんなに謝って、友達にも、大学にも、本も返さなければ……

あっという間に溢れ出す思考。
望郷に焼かれる胸に、雫は鈍痛を堪えると深呼吸して振り返った。
この場を作ってくれた一人一人に頭を下げる。
「本当に、ありがとう、ございます。うれしいです」
たどたどしくも律儀な挨拶を述べる雫に、逸脱者の二人は笑って手を振った。
レウティシアは残念そうな目で「気をつけて」と返す。その兄は「ほどほどにな」と言っただけだった。
雫は最後にエリクを見上げる。
「頑張って」
額を叩いていく指。
その優しさが好きだった。いつもいつも救われた。
本当に多くを貰って……その半分を返せたかも分からない。
雫はもう一度彼に向かって頭を下げる。メアがエリクの肩に飛び移った。
小さな緑の鳥に彼女は「ありがとう」と囁く。



運命など所詮人が左右するものだ。
だから彼女は自分で選び、この終りに辿りついた。



雫はバッグを手に、穴に向き直った。
乾いた空気、魔法のある世界の風を深く吸い込む。
この世界が、この地に生きる人々が好きだ。出会った一人一人の手を取って礼を言いたい程に。
そしてこの自分も―――― 雫は目を閉じる。
迷いはない。
それはあるけれど、ないものなのだ。ないと思って前を向く。
いつだってこうして踏み出してきた。旅が終わる今に至るまで。彼女は全ての息を吐き出す。
「シズク」
よく響く声。
雫は振り返った。
多くを語らない男を見つめる。
エリクはきっともう言わない。あの時凍える城で言ってくれたのと同じ言葉は。
言えば何かが変わってしまうから、彼は最後まで言葉にしないだろう。雫は微笑んで頭を下げた。
そして、穴に向い一歩を踏み出す。バッグを持った手をその先へ伸ばした。






彼女がずっと持ち歩いていたバッグ。
あちこちを旅して傷だらけになった鞄が穴を通り抜けていくのを、エリクは無言で見ていた。
音の聞こえぬ向こう側で、それがアスファルトの上に着地すると口を開く。
「……シズク」
四人で作った構成。それは役目を果たしたかのようにぼやけて掻き消えた。
後には何も残らない。
強烈な熱気を注ぐ陽光に彼女は目を細めながら振り返る。
「親不孝とは思うんです……でも今の私は、やっぱりこの世界の中で作られた私ですから」
全部を詰め込んだ鞄だけを元の世界に投げ渡した女。
困ったように、けれど迷いない目ではにかむ雫は、言葉を失った男に向けてその手を伸ばした。
「だから、わたしに、言葉をおしえて」

こうして二人の旅は終わる。



水瀬雫の名は、大陸の歴史の何処にも残ってはいない。
ただ生得言語が失われた変革期の初めに、一人の学者の名が残っているだけだ。
ヴィヴィア・バベルという名で記される彼女は、幼児期における言語習得の方法確立に携わった一人として、また数十冊もの絵本の作者としてささやかに歴史の中にその名を列ねている。



伸ばされた手を取る。
ひたむきで温かな情熱の目。
いつでも諦めなかった彼女の手を握って、エリクは微笑した。
「喜んで。―――― でも厳しくするよ」
「きびしく?」
「頑張ろうってこと」



彼女と魔法士の旅はどのようなものであったのか。
その最後に何があったのか。
歴史は語らない。人々も何も知らない。
ただ大陸を覆す変革と闘争の果て、二人は並んで平穏の中に帰っていく。
言葉を交わし、思いを重ねる。
その生涯は幸福なものであったと、彼女が描いた最後の一冊は長く子供たちに伝えていくのだ。



End