俺とエリク その3

禁転載

他国との戦闘に俺が参加するのは二度目のことだ。
一度目は城に勤め始めてすぐ、西の隣国同士の仲裁で武力介入した時。
そして二度目が今、大国でもある隣国キスクへの侵攻だ。
最初は一兵士として戦い、今は武官としての参加だが、役職を得てもそれほど緊張していないのは王自身が指揮を執られているからかもしれない。
ファルサスは魔法の国と大陸には知られているが、実際には武力の国だ。
勿論陛下のなさる指揮は大陸でも屈指だろうし、相手が同じ大国であっても百年程しか歴史がないキスクに負けるはずがない。
だからこの戦闘は、少ない兵数でどれだけキスクに釘を刺せるかっていう、そういう戦闘なんだろう。
陛下の狙いが分かればいい腕試しの機会だし、名を上げる機会でもある。
―――― そんなことを考えながら野営中に大鍋でスープ作ってた俺は、見覚えのある後姿を見つけて思わず鍋の中に皿を落としてしまった。
当然ながら同僚に「何してんだ、お前」と怒られた。うるさい、隠し味だ。

「エリク!」
声をかけるとあいつは振り向く。あ、やっぱり見間違いじゃなかったのか。
それにしてもこんなところで何してるんだ。前に会った時はキスク城都に向かうって言ってたんだが。
「陛下に呼び出されて契約した。構成破りが必要だからって。僕も砦攻めに参加するよ」
「え。まじか」
驚く俺にあいつは頷く。耳につけている青い魔法具が揺れて自然と目を引いた。
あれがレウティシア様直結のものだと、今はもうほとんどの人間が知っている。
中には殿下が何故そこまでエリクに入れ込むのか、疑問という名のやっかみを振りまく人間もいるくらいだ。
俺からすると「そんなのレウティシア様に直接聞け」って感じだが、昔エリクがカティリアーナ様に仕えていた時から陰口叩くやつはいたんだから、目くじら立ててもきりがないだろう。第一あいつ本人がまったく気にしてないしな。
それにしても俺が知る限りエリクは魔力を借り出した後、諜報的な位置に回っていたはずだ。
城からいなくなった女の子―――― あいつが捜している子はどうやらキスクの城にいるらしくて。
城都に直接行って彼女を救出するって案も聞いたんだが……何故ここに。
疑問に思って聞いてみたら、エリクはあっさり教えてくれた。
「うん? 彼女は向こうで結構厄介な位置にいるみたいだから。
 こっそり連れ出すよりもキスク自体を叩く方が収まりがいい。白黒はっきりさせないと納得しない人間もいるだろうし」
「納得しない?」
それはどういうことなのかと思ったが、エリクは少し苦い顔をしだたけで教えてくれなかった。
うーん、機密事項なのかもな。レウティシア様も色々情報を持ってらっしゃるみたいだし。
でも俺は……打ち合わせに去っていくあいつを見て、ふと思う。
「白黒はっきりさせないと納得しない」のはひょっとして、あいつが取り戻したいと思っている女の子自身なんじゃないかと。






ワイスズ砦への攻撃は、砦内からキスク軍をおびき出すことと、おびき出したキスク軍を出来るだけ砦から遠ざけること、そして戦場となる部分の魔法禁止構成を無効化することの三段階で行われる。で、その三段階目の核となるのがエリク。
今のところワイスズ砦周辺に張られている魔法構成禁止の結界ってのは、防御結界の中では最上級に入るものらしい。
それはいわば普通の魔法士なら手も足も出ない城壁のようなもので、でもエリクはその結界を無効化出来るんだと。
信じられんって思わないでもないけどあいつが「出来る」って言うんだから俺は信じる。
むしろちょっと期待してるくらいだ。これであいつを悪く言うやつらを黙らせられるんじゃないかとな。
「大丈夫か?」
「うん。平気」
馬上のあいつを振り返ると、エリクは閉じていた目を薄く開いて俺を見た。
出陣までもうあと数分もない。軽い高揚感は既に慣れたものだった。俺は戦争用の斧槍を確認する。
今回俺が配されたのは本営の後背。指揮を執られる陛下の後ろにあたる魔法士たちの中核部だ。
いざ戦闘が始まれば本営とは離れ結界操作が主になるが、ここを攻撃されれば戦況がひっくり返る恐れがある。
結果、前線とは別の緊張感があるっちゃあるんだが……まぁ何とかなるだろ。
砦の方角を眺めていると、すぐ前にいた陛下が俺をご覧になった。うわ、吃驚。
レウティシア様もそうだけど、このお二方って何か怖いんだよな。勿論主君として尊敬はしてるが、怖い。何でだ。
反射的に萎縮してしまった俺に、陛下はしかし人の悪い笑いを浮かべて見せる。
「レティから聞いてるぞー。お前、面白いんだって?」
……怖えええええええええええええ!
レウティシア様、一体陛下に何仰ったんすか! よくないことしか想像出来ません! まぁ俺が悪いんだろうが!
何だかこれからの戦闘よりもよっぽど怖い! 
が、返事をしないわけにもいかん。俺は頭を下げて「恐縮です」と返した。陛下はまだ笑っておられる。
「友人だっていうならちゃんとそいつを守れよ。そいつが死んだら俺も困る」
「肝に銘じます」
言われなくともちゃんと守ります。それが俺の仕事だし、俺のやりたいことでもあるんですから。






結論から言ってしまうと、キスク戦はまったく危なげなく勝利を収めることが出来た。
そりゃそうだよな。魔法が使えないと思ってた相手が突然魔法使ってきたんだから。しかも俺たち魔法大国。
その上砦内にも直接攻撃されちゃどうにも出来ないだろ。むしろ勝てないと分かった瞬間被害を最小限に抑えて退こうとした敵の指揮が上手い。
でも俺はそれら快勝より何よりも―――― エリクが構成を無効化し始めた時、あいつを侮ってた魔法士たち何人かの顔色が変わったことの方がよっぽど小気味がよかった。溜飲が下りるってああいう気分を言うんだろうな。今まで陰口叩いてたやつらも一転して大人しくなっちまったし。
戦闘後、武官の方に戻った俺は人伝に聞くしかなかったが、どうやら魔法士たちはその後の結界指揮にエリクが任命された時もそれを当然と受け入れたらしい。ようやくあいつの実力を目の当たりにして黙ったんだろうな。そういうところ分かりやすくて俺はこの国が好きだ。
キスク軍はあれからもう一度砦を取り戻そうとしたけど失敗して……もうこれはほぼ勝敗決定だろうな。
そろそろ停戦になるかもしれないと俺でも思いかけた時、本当に停戦要請が来た。この砦で王同士の交渉を行うんだと。
「よかったな」
と言うとあいつは何も言わず笑った。その表情が珍しく嬉しそうに見えて俺もほっとする。
にしても、これであの子が戻ってきたらエリクはまたどっか行くんだろうか。それはちょっと淋しいぞ。折角友人度を上げつつあるのに。
レウティシア様じゃないが「残ってくれないかなー」という思いだ。まぁまずは交渉が上手くいくことを祈ろうか。
―――― うん、何故か戦闘になった。



破裂型の魔法陣を使っての陛下の暗殺は、陛下本人があっさり避けたことで失敗した。っていうか俺も見てたけどすげえ反射神経! 凄いけど怖い!
そのままキスク陣を捕縛しろとの命令が下って、砦内は一瞬で戦場になる。
敵の人数は少ないが、狭い場所での戦闘のせいかそれなりに手こずってるらしい。エリクは向こうの魔法士が暴れてるって連絡を受けて出て行った。
俺も敵兵を探して走りながら……走る方角間違えてたみたいだ。誰にも会わないまま鎮圧完了。はい。とっても役立たずです。
でもって若干しょんぼりしながら砦内を歩いていたら、向こうからやって来たエリクに出くわした。お、無事で何より。でも何か……
「怪我でもしたのか?」
「え? してないけど」
そうだよな。してたら治してるよな。にしても何か見たことない顔してるんだが。疲れてるのか?
「――― ああ、そう言えばあの子はどうなったんだ」
確かあの子もこの砦内に来てるって話だったんだが。ちゃんと会えたんだろうか。
だが素朴なつもりの疑問に、エリクはますますおかしな顔になった。お前、そんな顔してると人間味があるな……。
これはもしかしてあの子に何かあったんじゃないだろうかと思ったんだが――――
「見つけたよ。魔法も解呪してきた」
「何だ。ならよかったじゃないか。何で変な顔してるんだ」
「変な顔してる?」
「してる」
どう言えばいいんだ? 気まずそうというか逃げ出したそうというか……そういう表情してるぞ。もしかして喧嘩でもしたのか?
けどしばらくして返ってきた答は、まったく予想外のものだった。エリクは壁によりかかって溜息をつく。
「ちょっと……初めて性別を意識した」
「性別って。あの子の?」
「僕のも。両方」
「何だそりゃ」
意味分からんぞ。お前、あの子と二人でずっと旅して来たんじゃないか。何を今更。
あんまりにも意味分からんので反射的に呆れた声を出しちゃったぞ。
だが、俺の相槌にあいつはますます顔を顰めた。
おーい、しっかりしろー。まだ仕事たっぷり残ってるぞ。仕方ないな。
「何だか分からんが、女の子は急に大人になったりするからな。そういうこともあるだろ」
「まぁね」
「久しぶりに会ったからってのもあるだろうし、あんまり落ち着かないならちょっとそれについては忘れたらどうだ?」
「なるほど」
あ、何か妙に素直だぞ! 嬉しいな! 最近友達っぽくて俺は嬉しい!
ともかくこの話はそれでおしまいになって―――― 仕事に戻った俺は、まもなく「あの子」を久しぶりに見た。
凄い勢いで走りこんできてエリクに土下座したあの子。
…………どう見ても「女性」っていうよりは「変わった子」だ。相変わらずめちゃくちゃ童顔だし。あいつ少女趣味なんじゃないだろうか。
でもまぁ、仲よさそうだしあれでいいのか。俺も何だか肩の荷が下りた気分だよ。