俺とエリク その4

禁転載

人間っていつ死ぬか分からない。
俺も武官である以上それは覚悟の上だ。いつでも戦闘で命を落とす覚悟はある。
が、それにしても今回の任務は異例中の異例だろう。何たって相手が魔女だからな。
さすがに俺も要請書貰った時「これは死んだな」って思った。うん。受諾したが。



行かないって選択肢はないだろう。
今回要請を出されたのは、ある一定以上の腕を持つ独身者ばかり。自分の実力を認められたってのは正直嬉しい。
勿論怖いけどな。死にたくないけどな。
それでも陛下が行ってエリクが行くのに、俺が行かないって選択肢はないだろ。俺は武官であいつの友人だ。
自分の命だけを惜しんで城に居残るって―――― そんな腰抜けに成り下がるくらいなら魔女に特攻するよ? 俺は。

要請から出発までは二日。短い。短すぎる。
この異例さが切羽詰ってるってことの表れなんだろうな。実際魔女の被害はかなりのものらしいし。
俺は簡単に手紙を書いて、それを文官に預けておく。もし俺が死んだらこれを実家に届けてくれるようにって。
そして次にすべきは部屋の掃除! 
いくら死後のこととは言え、誰かに部屋を片付けられて見られたくないものが出てきたら目もあてられない。
というわけで二日間まるまる使って腐海のような自室を片付けました。
で、ごみ出しをしている時、ふと廊下のずっと向こうにエリクを見つけた。例の女の子と一緒にいるところ。

二人は俺には気づかず何か話をしながら角の向こうに消えていく。その後姿を見送って……うーん、何となく違和感がするんだよな。最近。
あの女の子がメディアルから帰ってきた後くらいか? 違和感を覚え始めたのって。
でも原因がよく分からない。分からないから誰にも言ったことがない。
だから俺は首を捻りながら部屋に戻って、つい窓磨きまでしてしまった。やる気すぎだろ。ぴかぴかになったぞ。






その違和感の正体が分かったのは、明日が出発って夜の遅くだ。
自分では緊張してないって思ってたけどやっぱしてるんだろうな。どうにも眠れなくて気分転換がてら城の廊下を一周してきた。
その帰りにエリクに会ったんだ。あいつは何か書類の束を抱えてて、俺を見つけると「やぁ」と声をかけてきた。
うん、まったくいつもと変わりない。さすがだ。
「随分夜更かしだな。明日起きられるのか?」
「戻ったら寝るよ。彼女が寝すぎて眠れないだろうから明日の為に魔法かけてきただけ」
「彼女ってあの子か?」
―――― あれ、何か引っかかるぞ。
明日の為にって何だ。見送りか? まさかあんな女の子が魔女の城に行くはずもないだろうに……って思った俺はエリクの目を見て唖然とする。
俺が問わないことを肯定する目。諦めているような、そうでないような――――
おいおい嘘だろ。本当にあの子も行くのか?
「……大丈夫なのか? あの子体弱いんじゃないか?」
「体が弱い? そんなことないけど。何で?」
「だってお前、最近あの子庇ってるだろ」
そう口にしてから、俺はようやく違和感の原因を悟った。
これだ。そうだよ。最近エリクはずっとあの子を気にして庇ってる。まるで病弱な子に対するみたいに。
でもあの子はまったく健康そうに見えて、だから変な感じがしたんだ。
これって一体何だ?



エリクは俺の指摘に一瞬目を瞠った。けどすぐにいつも通りの表情になって「そうかな? そんなつもりはなかったけど」と嘯く。
そしてそれだけで―――― 俺は何となく分かってしまった。この件については触れて欲しくないと、あいつが思ってることに。
何だろうな。別に秘密にされてることが嫌なわけじゃないけど、何となく悲しい。
お前それ、何だか分からんけど一人で溜め込んでないか? 大丈夫なのか?
だが触れて欲しくないって分かった以上、俺はそんなことも言えない。ただ溜息をついてエリクを見下ろしただけだ。
「お前さ……」
「何?」
「死ぬなよ」
「うん。努力する」
これ以上言えることはないから、俺たちはそこで別れた。
廊下のずっと先まで行って振り返ると、あいつが庭に出て何かを燃やしているのが窓越しに見える。
なんつーか、やりきれないぞ。あいつは本当に分かってるのか? 自分が死んだらあの子が一人になるってことに。
「まぁ……勝てばいいのか」
それしかないよな。俺も死にたくないし。
だから俺は真っ直ぐ部屋に帰るとそのまま寝た。ちょっと寝過ごしたのは内緒だ。間に合ったから大丈夫。






魔女の城での戦闘は最悪だった。
入ってすぐバラバラに飛ばされちまうし、犠牲者もかなり出た。城に突入した人間の七割は死んだんだ。生き残った奴は幸運だよな。
そういう俺は幸運な部類の人間で、あの広間で魔女と戦った人間の中では数少ない生還者になった。
うん。正直死んだと思ったけどな。魔法陣を書き換えてるエリクとあの子を殺すぞって言われて斬りかかった―――― その後弾き飛ばされてから記憶がない。治療してくれた魔法士いわく、全身の骨が折れまくってたとか……いやいい。詳しいことは知りたくない。
とにかく俺は助かって、魔女は倒されて、大陸には平和が戻った。
結局それだけのことなんだよな。「日常」を取り戻すまでに凄い人数の人が死んだ。
すっきりはしないけど、それがこの大陸の歴史なんだろう。俺はファルサスの擁する剣の一振りでしかないから、それ以上は知るはずもない。



―――― ああそう言えば、もう一つ明らかに変わったものがあった。

俺がそんなことを思ったのは、城の中庭にあの子の姿を見つけたからだ。芝生の上に絵を広げて子供と遊んでいる彼女。
エリクが連れてきて守っていた彼女は、魔女との戦いのあと「言葉を失って」しまったらしい。
話すのも聞くのも駄目。簡単な筆談が出来るくらい。
何があったらそんなことになるんだって気もするけど、命があるだけ上等だろう。彼女は子供たちと絵を指して笑い転げてる。
それで、その彼女を見るあいつの目も今は落ち着いたんだよな。
言葉を教えるのは大変みたいだが、平和になったせいか楽になったんだろう。ほっとしているのが雰囲気で分かって俺も嬉しい。



あの子は笑顔のまま立ち上がって、拾い上げようとした絵が風に飛ばされると慌ててその後を追ってきた。
俺は空中で紙を掴むとあの子に向かって差し出す。俺の顔を知っている彼女は「ありがとう、ございます」と頭を下げた。
……たどたどしい言葉と童顔でますます年齢が分からんぞ。時々年相応に見えたりもするんだけどな。
それにしても、この子がまったく俺の名前に聞こえない発音で俺の名を呼ぶのを聞くと、今現在どれくらい聞き取りが出来てるのか気になる。気になっちゃうぞ。ちょっと遊んでみたくなる。
俺は何となく目の前の子の肩に手を置いて目を丸くする彼女にちくってみた。
「エリクは多分あんたのこと好きなんだと思うぞ?」
―――― あくまで俺の感想だけど。



そう難しい単語は使ってなかったつもりだが、あの子は言われた意味が分からなかったらしい。推定形にしたからか?
首を傾げて「エリク?」と言われた。うーん、言い直すか。
だがその時、背後から嫌な圧力がかかる。
「何教えてるの?」
うおおおお、エリク! いつの間に後ろに! 凄い冷気を感じるぞ、やめろお前! とりあえずごめんなさい!
硬直しているとあいつは俺の肩を叩いて通り過ぎていく。不思議そうなあの子の手を取って一緒に庭へ出て行った。
二人は穏やかに笑いあいながら晴れた日の中庭を散歩していく。あの子は風に舞い上がる髪を押さえながら空を見上げた。
雲一つない空。旅を終えた人間にはいい陽気だ。俺は苦笑すると踵を返す。
こうして平和に流れていく時間が出来るだけ長く続けばいい。そんなささやかでありきたりな祈りを抱きながら。