もしもBabelが○○だったら その1

禁転載

ひょんなことから異世界に来てしまった大学生水瀬雫。
何だかよく分からないけれど結構頑丈な体を持っているらしい彼女は、元の世界に帰還する為、田舎町のパン屋でバイトをしながらその方法を模索していた。シセアという女の家に間借りをしながら、まずはこの世界の常識を把握しようとしている真っ最中である。
―――― そんなある日、彼女の前に一人の青年が現れた。

「元気そうだね」
店番をしていた彼女は、ぽんとかけられた言葉に目を丸くした。
見覚えのある男は、確か先日図書館で出会った魔法士だ。雫は礼儀として一礼した。
「その節はお世話になりました。いらっしゃいませ」
「うん。ところで君、異世界から来たって言ってたよね」
「……はぁ、まぁ」
何だか階段をスキップで飛ばしているような会話であるが、事実は事実だ。
雫は「馬鹿にされるのだろうか」と内心身構えながら、話の続きを待った。男は真顔で頷く。
「実はちょっと手がかりらしいものがある」
「本当ですか!?」
「ファルサスっていう国に行けば分かるかもしれない」
「え、その国って遠いんですか?」
「遠いけど連れて行ってあげるから大丈夫。旅に出る準備は出来る?」
会話のスキップは続いているが、雫は急に見えてきた手がかりに夢中で、そんなことはどうでもよかった。
「何とかします!」と返事をして―――― だがふと、我に返る。
彼女は改めて、目の前の男をまじまじと見上げた。
「あの……すごく嬉しいんですけど、どうしてそんなことしてくれるんですか?」
ひょっとして、騙されているのだろうか。一抹の杞憂を持って問う雫に、男は真顔で答えた。
「うん。君に性的な興味があるから」
「お断りします」
変態だった。



働いていて変態に出会ってしまった、という事態は異世界においてなかなかに恐怖を抱くものである。
この町には警察がいない。その為雫は、パン屋の主人に泣きついて、帰りは裏口から店を出た。
夕暮れ時の町、周囲に注意を払いながら彼女はシセアの家に帰りつく。今日のことを訴えようと厨房に飛び込んだ。
「シセア! 聞いて下さい!」
「おかえり。ああ、お客さんが来てるよ」
茶器を手に、シセアはテーブルを指し示した。そこには中性的な顔立ちの男がいて、平然とお茶を飲んでいる。
「お仕事お疲れ様」
「ストーカーがきてるううう!!」
「どうしたんだい。そんな大声上げて」
「照れ隠しでしょう」
「ちがっ、ちがっ、この変態!」
「そんな早急に判断を下さないでもう少し考えてみた方がいい」
「どう考えても変態だし!」
泣き叫ぶ雫と平然としているエリクのやり取りを聞いて、「何だかよく分からないけれど雫が嫌がっているらしい」と判断したシセアは男を追い出した。
その後も毎日のようにストーキングしてくる魔法士の魔手を逃れつつ、雫はなんとか旅の資金を貯めると―――― ある日シセアの見送りを受けてファルサスを目指し乗合馬車に乗り込んだのである。



「こ、これであの変態と離れられる……」
一人旅は不安だが、ストーカーと二人旅よりずっといい。
雫はワノープの町が見えなくなると、ほっと息をついた。一つだけの荷物を見下ろす。
「とりあえず転移陣の許可を申請して、っと」
「君一人だと申請通るか難しいんじゃないかな」
「え、本当ですか? ってなんでえええええええええええええええ!?」
「そうくると思って隣町から乗合馬車に乗り込んでいた」
荷馬車の隅に座っていた魔法士はおもむろにフードを取り去った。
雫は逃げられたと思っていた相手を至近に見出し、外に向かって絶叫する。
「ああああああ、おろしてええええええ!」
「取って食わないから安心して欲しい。結婚後のこともちゃんと考えているから」
「お姉ちゃん! 澪! たすけてえええええ!」
「何の騒ぎだよ、お嬢ちゃん」
「たすけて、見知らぬ人!」
「気にしないで下さい。彼女、こういう発作持ちなんだ」
「黙っててよ、変態!」
見るに見かねて割って入った傭兵の男を加えて、事態は更に混迷していく。
雫がこの後ストーカーから逃走しつつファルサスに行き着くまでは、まだまだまだまだかかるのだった。






おまけ

「姫、ファルサス軍がワイスズ砦を陥落させたそうです」
「そうか。ひとまず様子を見て―――― 」
「即攻撃しましょう。焼き尽くしましょう。特に変態魔法士とか!」
「…………」