勿体無いの気持ち

禁転載

雫の主君であり友人でもあるオルティアは、万人が認める美女である。
勿論女性の容姿にはタイプというものがあり、雫は他にも絶世の美女と言える女性を二人ほど知っているが、やはりオルティアは彼女にとって、一際美しく思える存在なのだ。
自分と同い年とは思えぬほど、彼女は纏う空気に色気があって、だが芯は強く鋭い。
堂々たる女王姿は人々の敬服を誘うに充分なもので、彼女を即位前から知っている雫からすると、我がことのように誇らしかった。

にもかかわらず。
これだけ美人であるのに、オルティアには夫や恋人がいない。
確かに性格は少々どころではなくきっついが、優しいところもあるし、頭もよくて地位もある。
ここまで揃っていて何が不満だ! と雫などは思うのだが、ニケなどに言わせると「揃いすぎてても引かれる」ということなのだろう。
実際オルティア自身が「無能な男は要らぬ」と公言していたこともあって、彼女にははっきりとした夫候補でさえ上がってくることはなかった。
そしてその結果――――
「よりによってドサド王なんかに……」
「何か言ったか? 雫」
「いえ、何でも」
まだ首も据わっていないオルティアの次男と自分の娘を、並んで広い寝台に寝かし終えた雫は、白々とした表情でかぶりを振る。あらためて美しい女王をじっと見つめた。
キスク女王オルティアは既に二児の母親ではあるが、この時まだ二十四歳、十代の頃よりますます美貌に磨きがかかっている。
雫は内心(姫はこんなに美人なのに、何でドサド王と……)とまだ呟いていた。
一方そのドサド王と別に恋仲でも何でもないオルティアは、訝しげな目で友人を見やる。
「何だ。はっきり申せ」
「いえ……姫、ご結婚される気はもうないんですか?」
「王太子がいるから不要だ。なまじそのような者を迎えて妙な野心を抱かれても困る」
「なるほど」
夫を迎えたことが元で、王太子が狙われるようなことになれば詮無い。
雫は納得して何度も頷いた。オルティアが整った眉を上げる。
「何ゆえ急にそのようなことを聞くのだ。何か問題か?」
「問題じゃないんですけど、姫、若くて美人なのに勿体無いな、と思いまして」
「そのようなことか」
オルティアは呆れ顔になったが、すぐに相好を崩した。口元を隠していた扇を畳む。
そのような仕草一つまでもが優美な女王に、雫はただただ見惚れた。
「私が男だったら絶対姫に求婚してましたよ」
「面白いことを言うな」
休憩時間の終わりが近いのか、オルティアは寝台脇の飾り時計を一瞥すると踵を返した。だがふと何かを思いついたのか、その爪先を雫の方に向ける。
一瞬漂ったのは、甘く重い香木の香りだ。
雫がその匂いに気を取られていた隙に、女王はすっと友人の頬に唇を寄せた。目を丸くする雫に笑ってみせる。
「口煩い夫など妾は御免だ」
堂々と艶やかに、だが一滴の翳りを持って咲く花のような女。業を背負って立つ女王は、そうして執務室に戻っていく。
残された雫は扉が閉まると
「やっぱ勿体無い」
としみじみ呟いたのだった。