魔女 010

禁転載

程々に大きなその街は街道沿いという立地もあって、行き交う旅人で賑わっている。
円形の中央広場には細かい砂利が敷き詰められ、その周囲に立ち並ぶ屋台は昼食時のよい香りを漂わせて客を誘っていた。
それら屋台のほとんどに車輪がついているのは、近くで争いが起こった時にいつでも逃げられるようにとのものだろう。
実際この街の建物は、灰色の石壁のあちこちに黒々とした焼け跡を残している。一国の滅亡にともなってここが大火に覆われたのは、僅か五年前の話だった。
そのような過去を経ながらも今を生きようとする街は、よく晴れた空の下、相応の活気を宿している。
オーティスはぐるりと広場の景色を眺め渡すと、改めて隣の少女を見下ろした。
小さなテーブルを砂利の上において、その後ろにちょこんと座っているヴェオフォルミネは、先ほどから五つの十二面体を手の中で転がしては遊んでいる。水晶で出来た女の爪程の大きさのそれらは、オーティスが占いの道具として少女に見繕ったものだった。
ヴェオフォルミネはテーブルの上に水晶の賽を積み始める。
「これでなにがわかるの?」
「何も分からない。けど何の道具も使ってないと異能だってばれるからな。
 それを使ってる振りするんだよ。客は当たっても外れても良いことを言われれば喜ぶ」
「そっか」
―――― もっとも、ヴェオフォルミネの占いはまず外れることはない。
オーティスは彼女と出会ってからの三ヶ月でそれを知った。
「お前のその異能は何なんだろうな……。魔法じゃないし、どっから来てるんだ?」
「わからない」
彼女自身にも出所の分からない力は、気がついた時には既に備わっていたものらしい。
むしろヴェオフォルミネは構成が全て不可視である為、惨禍の子としては「構成を組めない失敗作」とされていたそうなのだ。
代わりに彼女は予知の異能持ちとして、長く城の塔に幽閉されていた。
ヴェオフォルミネが外に出られたのは、他の十三人の惨禍の子らが国に叛旗を翻した時。
忌まわしき国ローステンは彼女が塔から出てまもなく、劫火の中に沈んで消えた。
若干十五歳の少女が負うには重い来歴を背負ったヴェオフォルミネは、しかしそのような過去などまったく匂わせない目で賽を転がしている。推測ではあるが、未来を予知するという異能も、人為的に魔法兵器として誕生させられた彼女の出自に由来するものなのだろう。
それは皮肉なことではあるが、まだまだ風当たりが強い魔法士と違い、ただの占い師であれば波風立てず生計を立てることも出来る。
オーティスは、彼女にその為の処世術を身につけさせていこうと考えていた。
「ヴェオフォルミネ、試しに俺占ってみろ」
「うん」
「あ、あんまり先のことだと分からないからな。出来るだけ近くを狙え、近くを」
「むずかしそう」
言いながらもヴェオフォルミネは、積んでいた賽を崩す。それらを手の中に固めて握り始める少女を、オーティスは無言で見守った。
やがて少女は両手の中に五つの賽を握ったまま頷く。
「わかった」
「うん。賽の使い方は後で教えるからな。……で、どうだった?」
「金の目」
「ん? 何だそれ」
「わからない」
首を傾げるヴェオフォルミネは、本当にそれ以上のことが分からないようだ。
これは商売の体裁を取れるようになるまでは時間がかかるかもしれない。
オーティスは少女の頭をぐりぐりと撫でながら、不思議な予知について反芻した。
「金の目なあ。金が手に入ったりしたら嬉しいんだけどな」
「お金が欲しいの?」
「そうでもない」
オーティスが即座に否定したのは、この少女が基本的に手段を選ばない性格の持ち主だからである。
国を作る為奔走していた頃の口癖で、つい彼が「金が欲しい」と口にしたところ、ヴェオフォルミネは近隣の城の宝物庫を破りにいってしまったことさえあるのだ。
子は己を映す鏡とはよく言われることだが、彼女の前では特に言動には注意せねばならないだろう。
そしてそれ以上に、彼女には常識を身につけさせなければならない。
「ずっと俺と一緒って訳でもないだろうからな」
「なに? オーティス」
「何でもない」
彼の一生は、誰かと最後までを共にするようなものではない。
彼女は彼女でいつか、己の伴侶を見つけ家族となるだろう。オーティスの役目はそこに至るまで彼女を守ることで、彼女をきちんとした大人にすることだ。少なくとも、一人で世を渡れるようになるに越したことはない。
けれどそれはまた、無理に急がせるようなものでもないのだ。
オーティスはその為に、エルシリアを探す旅の歩みを以前よりも遅らせていた。

広場にはそこそこに人がいる。
他に占い師の姿はないが、こういう場所ではちょっとした娯楽で占いを頼んでくる人間も少なくない。
オーティスは辺りを見回すと、少女の手から賽を受け取る。
「とりあえず試しに客待ってみるか? お代は取らない修行中ってことで」
「うん」
「何かあったら俺が引き取るから。まず自分でやってみろ」
オーティスはそう言うと、テーブルの後ろに置いてあった荷の中から薄い木の板を取り出した。
そこに客寄せの文言を貼り付けようとした時、背後から若い女の声がかかる。
「占い?」
「……ああ」
振り返ったオーティスは、声の主を見て少なからず驚く。
そこに立っていたのは、二十代半ばの美しい女だった。
癖のある明るい茶色の髪は腰の下まで垂らされている。深い紅色を基調とした服はこの辺りではあまり見ない意匠で、肉感的な肢体によく似合っていた。
ただ整った造作というわけではない、人の目を惹きつける力のある容姿。琥珀色の瞳が悪戯っぽくまたたく。
「何? 占いやってるんじゃないの?」
「いや、やってる。まだ練習中だからお代は要らない」
「ならいいじゃない。占ってよ」
女はテーブルの下にしまわれていた椅子を自分で引き出すと、優雅とも言える仕草でそれに腰掛けた。
同じ目線の高さになった女とヴェオフォルミネは、その時初めて視線をあわせる。
ヴェオフォルミネは何も言わない。感情の薄い少女の青い瞳に、女は嫣然と微笑して応えた。
「何を占える?」
「なんでも」
「なら、先のことを占って。私がどうなるのか。―――― どう終わるのか」
頬杖をつく女は挑発的な目を投げかけたが、ヴェオフォルミネにはまったく効果がないようだ。
むしろ軽い緊張を覚えたのは隣にいるオーティスの方で、彼はいつでも二人の間に割って入れるよう様子を窺う。
賽を男に預けたままのヴェオフォルミネは、その間じっと女の目を見返していた。
たっぷり数秒の後、少女はかぶりを振る。
「見える。けど、わからない」
「占えないってこと?」
「ちがう。あなたには、終わりがない」
―――― 終わりがない、と。
その言葉をヴェオフォルミネが口にした時、女の目が光ったように見えたのは気のせいではないだろう。
オーティスは無詠唱で素早く結界を組み上げる。
一秒もかからず完成したそれを少女の前に広げようとした時、だが立ち上がった女の手が彼の襟元を掴んだ。美しい顔が近づく。
「面白い。本物じゃないの」
そんな囁きを聞いた気がした。
押し付けられる柔らかな感触。思わず攻撃構成を組んだオーティスの眼前で、だが女の姿はふっと掻き消えた。
まるで全てが白昼夢であったかのように、後には何も残っていない。
構成を打ち消したオーティスは、引き出されたままの椅子を見下ろす。
「何なんだ……」
「オーティス」
立ち上がった少女の手が、彼の口元を拭う。
その指先に紅がついているのを見て、オーティスは激しい脱力感を覚えるとその場に座り込んだ。
最後に一瞬だけ見た女の眼は、鮮やかな金色だった。



「ありゃ魔物じゃない。魔法士だ。それも多分俺と同等以上だな……」
宿に戻ったオーティスは、先程の客についてヴェオフォルミネにそう説明した。
あの女が魔法士であることはすぐに分かった。隠していても、彼の目から完全に魔力を誤魔化せるような魔法士などまず存在しない。
だからこそいつでも割って入れるように用心したのだが、相手の女ときたらまったく何がしたかったのかよく分からないのだ。
人目の多い広場で転移を使われた時はどうしようかと思ったが、幸いそれを見咎めた者はいなかったようである。
或いはそこにも女の魔法が介入していたのかもしれない。寝台に座ったオーティスは頭を掻く。
「にしても、いくら乱世って言っても最近強い魔法士に会いすぎだ。俺どうなってんだ」
「他にも誰かに会ったの?」
「お前のことだよ」
彼の隣に座ってきたヴェオフォルミネは、額を小突かれてひっくり返った。
そんなに強く突いてはいないのだから、遊びのつもりなのだろう。いそいそと起き上がり「もう一回」とねだってくる。
しばらくそれに付き合ってやっていたオーティスは、女の目的について考えていたが、やはり分からないことが多すぎる。
「どっちかっつーと目的はヴェオフォルミネなんだろうしな」
本物だ、との感想。それは少女の予知へと向けられたものだ。
オーティスやヴェオフォルミネには予知の真偽は判断出来ない。だが彼女は自分に告げられたあれだけの言葉で、それが本当であると分かったのだろう。
寝台に胡坐をかくオーティスは、ヴェオフォルミネの予知を反芻する。
「終わりがない……? 俺と同種か?」
そのような人間が他にもいるとは信じがたいが、女の持っていた魔力量は普通ではあり得ない程大きなものだ。
まずまともな出自の魔法士ではないだろう。魔法士同士、何かの理由で協力を求められたのなら考えなくもないが、敵対する気があるなら厄介だ。もっとも女の表情からはたちの悪い稚気しか読み取れなかったのではあるが。
気を取り直してお茶でも飲もうかと腰を上げかける彼の膝に、ヴェオフォルミネが乗ってくる。
彼女は無表情のまま、まじまじとオーティスを見上げていたが、考え事をしている彼へ不意に顔を寄せた。得体の知れぬ女がそうしたように、男へと口付ける。
「ちょ……っ」
考え事をしていて彼女の動きに気づくのが遅れたオーティスは、軽くのけぞると苦い目で少女を見下ろした。
「何でも真似してみるなよ」
「おもしろいかなと思って」
「面白くないだろ」
「ふつう」
どうやらあの女は物知らずな少女にとって、あまりよろしくない見本であるらしい。
オーティスは膝の上からヴェオフォルミネを下ろすと、理解されない溜息を一つこぼした。