コケシの旅 01

禁転載

掃除を終えた雫は僅かに出たゴミを袋に詰めると居間に戻った。そこでは彼女の夫がペンを手に書き付けを取っている。
書類の束と二冊の本を照らし合わせながら何やら調べ物をしているエリクは「お茶を淹れますね」という彼女の言葉に黙って頷いた。
厨房でゴミを捨て、代わりにお茶と茶菓子を盆に載せてきた雫は書類の山を覗き込む。
「また凄いですね。今は何をしてるんですか?」
「ちょっと前に家が断絶した貴族から魔法具が城に納められたんだけど、効果の分からない古い精霊魔法のものが混ざってた。
 で、それについて調べて説明書類をつけようとしているところ」
「へええ、何だかお宝っぽいですね」
「かもね。精霊魔法の魔法具は貴重だし」
彼は微笑すると手の中でペンを回す。それで休憩する気になったらしいエリクは、お茶のカップを手に取った。
向かいに座った雫は自分もお茶に手を伸ばすと、ふと思い出してポケットを探る。中から小さなコケシを取り出した。
「エリク、ほらほら」
「何それ。何かの道具?」
「道具……ではないと思います。飾り物」
「ふーん。目鼻がついてるね。下級魔族?」
「絶対違います」
半ば予想はしていたが、予想通りの噛みあわなさである。雫は端的に「実家にあった飾り物ですよ」と説明した。
それで興味を持ったのか「見せて」と言われると彼女はコケシを手渡す。
エリクは散々手の中でコケシをひっくり返すと、藍色の目を妻に戻した。
「面白いね。これ、何を模してあるの?」
「多分人間です」
「君の世界の人間はこういう感じなのか。凄いね」
「絶対違いますって」
いくらこちらの世界にはあまりデフォルメの文化が浸透していないとは言え、日本にこんな人間がいるはずもない。
雫は適当に「民芸品ですから」と説明すると、あることを思い出して指を弾いた。
「そうだ、エリク。そのコケシ持って行きませんか?」
「ん? 君の大事なものじゃないの?」
「いえ、それほどでは。それよりそれ、中にメモが入ってるんですよ。メモ帳がない時に便利ですよ」
つい先日彼女は夫と出かけた時、道中で彼が何かを思いついたのか「書くものがないな」と言っていたことを思い出したのだ。
その点コケシの中には隠し便箋が入っている。これを持ち歩いていればそういう時も安心だろう。
―――― しかし笑顔で提案した雫に、エリクは不思議そうな目を見せる。
「これを持ち歩くのと紙を持ち歩くのはそう変わらない気がするんだけど」
「うっ、そうですよね……」
日本でも日常的にコケシを持ち歩いている人間などまずいない。
ポケットからおもむろにコケシが出てくることがどれほどシュールか想像して雫は呻いた。
「ま、まぁ、邪魔なら捨てても構いませんし」と付け加えると彼は苦笑する。

「じゃあ代わりにこれを上げる」
コケシを懐にしまった男が雫に差し出したものは手のひらに乗る程の小箱だ。
まるでオルゴールのようなそれは変色した銀で作られており、凝った装飾が施されていた。
雫は目を丸くしてそれを受け取ると、夫を見上げる。
「何ですか、これ」
「一緒に納められた魔法具の一つ。大した効果じゃないから押し付けられたんだけど」
「へぇ、どんな効果なんですか?」
鍵のかかっていない小箱を彼女は何の気なしに開ける。その様をエリクは制止もせずお茶を飲みながら一瞥した。
箱の中には何も入っていない。ただ古びた赤い布が敷かれているだけだ。
小物入れになるだろうかと考えた雫に、けれどその時背後から硝子を引っかくような音が聞こえた。びくっとして振り返る妻にエリクは答を返す。
「それね、開けると猫が寄ってきちゃうんだ。餌あげるまで帰らないから気をつけて」
「…………何ですか、それ」
背後の窓には三匹の子猫が張り付いて、必死に窓を掻いていた。
一体何のために使うのか―――― 激しく悩んだ雫は、それでも来てしまった子猫たちに鶏肉を分け与えると、笑いながらその小箱を部屋へ持ち帰ったのである。



こうして小さなコケシはエリクのところへ移動した。
猫集めの小箱を貰った雫は、時々それを開けてはぐれ子猫を捕まえている、らしい。


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