コケシの旅 02

禁転載

正直言うと、俺は掃除が好きではない。
別に散らかった部屋の方が過ごしやすいってわけじゃないんだが、単に掃除をするのが億劫でしかたない。
ならはじめから汚さなきゃいいとは思うが、気付くとなぜか散らかっている。
その九割方は俺が元の場所に戻さなかったもので……これは自業自得だな。
でも残る一割は俺が原因じゃない。武官の仲間なんかがふらっと部屋にやってきて忘れたり置いてったりした物のせいだ。
だからこんなものが俺の部屋にあっても俺の責任ではない。
―――― 何で女官見習いの子が着る服が置いてあるんだ? 本当、意味分からん!

今日は非番の日だが、城の廊下を行く以上私服ってわけにもいかない。
俺は武官の略装で小脇に布袋を抱え、目的の棟に向かっていた。
それにしても、たまに掃除をしたと思ったらおかしなものを発掘してしまったな……。
部屋にこんな服を着るような女の子を入れたことはないから、誰か男が持ち込んだんだろう。
……あー、それ、すっごく嫌だな。誰が何を思ってこんなものを持ち歩いてたのか想像したくない。どう贔屓目に見ても変態だと思う。
ともかく、いつから俺の部屋にあったのかは分からんが、さっさと片付けてしまおう!

「おーい、開けてくれー」
木の扉をどんどんと叩く。
城仕えの女たちが住むこの宿舎棟は、夕方以降は男の立ち入りが禁止されるけど昼はそうでもない。
だから俺が知人の部屋の戸を遠慮なく叩いても、別に咎められることはないんだな。大体こんな時間だと休みの人間以外は出払ってるし。
ただ勿論
「うるさい! 斬るわよ!」
……当の住人には怒られたりもするんだけど。まだ寝てたのか、ユーラ。

折角いい夢見てたのに騒音で起こした罰、として脛に強烈な蹴りを食らった俺は、だがそれが済むと話を聞いてもらえることになった。
でもこいつの「いい夢」ってまた刃物振り回してる夢とかじゃないか? むしろ止めてよかった気もするが。余計なお世話か。
ともかく俺は袋から問題の服を出して同僚に見せた。「これは何処へ返すものか」と。
ユーラは戸口で腕組みしたまま丈の短い服を一瞥すると俺を睨む。
「置いてった人間に返すべきじゃないの?」
「と言われても誰だか分からんし。ずっと俺の部屋に置きっぱだったからいらないんだろ」
「でもこれ、よく似てるけど女官見習いの服じゃないわ。丈が短いし襟が開いてる」
「えー……?」
何だそれ。一気に変態度が上がってないか?
つまりこれは、女官見習いの女の子の服に似せて誰かが独自に作ったってことで、しかも(多分)自分好みに改造してあるわけで……
「やる」
「いらない」
瞬・殺!



しかしこれ、元の持ち主には俄然返したくなくなってきたぞ。何か変質的な使用法をされそうだ。
勿論俺も俺の性癖を疑われそうなものは持っていたくないからな! 何とかして手放したい!
だからユーラに押し付けようとしたんだが、武官としてそれなりに鍛えられた体躯をしてるこいつは「私には小さいよ」と指摘してきた。
ううむ。もっともすぎる。確かにこれ、もっと小さい娘じゃないと着れないな。いっそ燃やすか?
そんな感じに悩んでいるとユーラは半眼で大きく欠伸をした。
「とりあえずまだ寝るから帰って」
「……」
うん。休みなのに起こして悪かったな。とりあえず刃物を振り回すのは夢の中だけにしとけよ。



再び俺は服を袋に詰めて元来た道を帰った。
うーむ。誰かに見つかる前に証拠隠滅的に処分したい。魔法士でも捕まえて燃やしてもらおうか。
でもそれには「まだ使えるものを捨てるのはよくない」っていう親の教えが染み付いててどうにも抵抗ある。だから俺の部屋は散らかるんだが。
―――― そんな時、廊下の向こうからあいつが歩いてくるのが見えた。
青い魔法着を着て本を何冊も抱えた男、俺の『友達』だ!(ここ重要)

あ、今日出仕日か! 久しぶりだな……って、これは丁度いいかもしれん!
俺は手を上げてあいつの注意を引くと廊下を駆け出す。
「エ、エリク!」
「やあ。久しぶり」
「久しぶり! 服の土産いらないか?」
「何で?」
即座に聞き返された。あ、危ない。下手な答え方をしたらまた瞬殺されそうだな! ここは慎重に行こう。
「えーと。ここに女の子の服があるんだけど、多分お前の嫁さんなら着れる」
「なんでそんな服持ってるの?」
「!!」
あ、危ないぞ! もっと慎重になるんだ、俺! エリクに変態と思われるのは嫌だ!
俺は内心の汗を内心の手で拭って続ける。
「いや、誰かが作ったものらしいんだが持ち主が分からなくて」
「張り紙でもして探せばいいんじゃないかな」
「それ、絶対出てこないと思うぞ……」
城内中に恥が広まるぞ。俺も嫌だし落とし主も嫌だと思う。

これ以上エリクと問答してても進まないどころか暗礁に乗り上げてしまう! 俺の尊厳がかかっている以上何とか押し切りたい。
俺は研究室に行こうとするエリクの手に袋を押し付けた、片手を肩に置き力強く言い切る。
「ともかく、お前が持っていかないならこれは燃やさざるを得ない! でも勿体無いから嫁さんに土産として持って帰ってくれ」
「別にいいけど。お金は?」
「いらない」
むしろ払ってもいいから持って帰ってくれ。頼む。
お前ならあの子と夫婦だし、ちょっとアレな服でもあんまり問題にならないだろ?

エリクは一瞬怪訝そうな目を見せたが、すぐに頷くと袋を受け取ってくれた。あー、よかった。
そのかわり何かを思い出したのか「あ」というと懐から何かを取り出す。
「じゃあ、代金のかわりにこれ」
「何だこれ。魔法具か?」
「人形の一種だって。元は彼女のだからちょうどいい」
人形……の割には手足がないんだが。目が横棒みたいだぞ。
でもまぁ、よくよく見ると愛嬌があるようにも見えなくない。
俺は、妙に律儀な友人の嫁さんを思い出してそれを受け取った。
あの子、特に理由なくタダで物貰ったって聞いたら恐縮しそうだからな。ひとつ物々交換ってことで。

ともかくこれで肩の荷は下りた! すっきりした! いやー、持つべきものはちっちゃい奥さん持ってる友人だな!
というわけで俺は「じゃ、あの子によろしく!」と言ってその場を足早に立ち去ったのだった。
……逃げた訳じゃない。多分。






その日の夜・ワノープの町にて。

「はい、お土産」
帰宅した夫が渡してきた布袋。それを開けて中を覗き込んだ雫は首を傾げた。見覚えのある服を引き出して広げてみる。
「あれ、これってファルサス城の女官見習いの子が着る服ですよね」
「そうだっけ? 何か行き場がないっていうから引き取ってきたんだけど。あれと交換した。木の人形」
「ああ、コケシですか」
何だかよく分からないし、コケシもどうでもいいが、貰った服はかなり可愛い。
雫はこの世界の服にしては珍しく膝上のスカートを見やって笑顔になった。
「ありがとうございます! わー、これってメイド服の一種ですよね!」
「メイド服?」
『メイド』を知らない男が聞き返してくるのは当然だが、これを説明するのは難しい。
雫は適当にその場を流して部屋に帰ると、本来のものより大分可愛らしくなっている女官の制服に着替えてきたのだった。そして「下に何か履くこと」と怒られた。


コケシの行く末はいかに! 8/19までアンケート