コケシの旅 04

禁転載

暗い部屋の中は、彼女が灯したランプの光で薄明るく照らされていた。
残る仕事を自室に持ち帰っているのだろう。寝台に伏している女は書類を広げそれに目を通している。
薄布で覆われたか細い体は広い寝台の上、いささか頼りなげにも見えたが、それは彼女の冷徹さを知らない者が抱く感想だろう。
ラルスは足音を忍ばせて傍らに歩み寄ると、おもむろに薄い栗色の髪を引いた。彼女は微動だにしないまま呆れた声を返す。
「放せ、馬鹿者」
「何だ。気付いていたのか」
「気付いていようといまいと、このようなことをするのはお前だけだ」
「なるほど」
確かに女王の寝室に侵入しようと思えば、見張りの兵をそれなりの手段で無力化せねばならない。
そんな侵入者がいるという可能性よりは転移陣を使って彼が来る可能性の方が遥かに高いだろう。
ラルスはオルティアの髪を引いたまま寝台に座った。懐から小さな木の人形を取り出す。
「オルティア、ちょっとこっち向け」
「断る」
「お前の好きそうなものだぞー、ほらほら」
書類と女の間に人形を割り込ませ振ってやると、オルティアはようやく顔をあげた。寄ってしまった琥珀色の目で珍しいそれを見つめる。
「何だこれは」
「人形らしい。人参娘が持ってきたとか」
「ヴィヴィアが?」
女の目に宿る好奇心が大きくなった。寝台に座りなおした彼女はきょろきょろと―――― 見回したいのだけれど男の手前出来ないのだろう。落ち着かなく人形を見やる。
ラルスはその様子に笑いを堪えると、さりげなさを装って伸ばされた彼女の手を避け、ひょいと人形を上にあげた。憎憎しげな視線が男の厚い顔の皮に突き刺さる。
「欲しいか?」
「要らぬわ」
即答はしかし、彼女の本意でないことは明らかである。ラルスは横を向いたオルティアを見て笑い出した。
彼女が変わった人形を好んで集めていることはよく知っている。ましてや元の持ち主が友人であるのなら気になって仕方がないはずだ。
背の低い彼女の手が届かぬ位置で人形を振りながら、彼は性格の悪い笑顔で女を見下ろした。
「欲しいならやるぞ」
「……本当か?」
琥珀色の目が期待に輝く。ラルスは真面目くさって頷いた。
「ああ。欲しいなら相応の頼み方をしてみろ」
「寄越せ」
「…………」

ものの頼み方を知らない―――― それは生まれた時より王族として育てられた彼らには当然のことかもしれない。
当然のことかもしれないが、それにしても度が過ぎている。
ラルスは自分相手であるから、というより本気でそれが「頼んでいる」と疑っていないらしいオルティアにしばし沈黙した。言い方を変えてみる。
「お前な、もっと欲しいという気持ちを込めてみろ?」
「欲しいから渡せ」
「…………」
―――― 想像していたより困難そうだ。
素直にお願いされるとは思っていなかったが、本気で頼み方が分からないらしい。
ラルスは未だかつて誰にもされたことのない物のねだり方に、妥協すべきかと一瞬迷った。だが当然ながら面白くなさそうなのでその選択は却下する。
「ちょっと下手に出てみろ、オルティア」
「貰ってやらなくもないぞ」
「それは下手なのか?」
「くれたらお前の馬鹿さ加減を少しは我慢してやる」
そわそわと落ち着かなく人形を見上げるオルティアは、一向に貰えないそれをラルスの意地悪のせいだと思っているらしい。美しい眉を不快げに寄せて男を睨んだ。
「妾に渡すつもりがないなら帰れ。目障りだ」
「いや、渡すつもりはある。こんなの俺は要らん」
「なら寄越せ」
「振り出しに戻ったな……」
どう言えば伝わるのか分からないが、とりあえず面白いから続行することに男は決めた。
少し考えて、また別の言い方を選んでみる。
「少し可愛らしく言ってみろ」
「可愛らしく……?」
美しい容姿と妖艶な圧力で知られる女王はその要求に激しく困惑顔になった。首を左右に捻ると、ややあって右手を差し出しぶっきらぼうに
「ん」
と言う。
まるで赤子の仕草。それを見た瞬間、ラルスはたまらず腹を抱えて笑い出した。
「お、お前それ、セファスと同じだろ」
「可愛らしくとお前が言ったではないか!」
さすがにまだろくに言葉も話せない我が子と同じことをしたのはオルティアも恥ずかしかったらしい。
真っ赤になった頬を手で押さえて反駁してくる。
「可愛らしくってそういう意味じゃないんだが……いやー面白かったぞー」
「煩い! 黙れ! 忘れろ!」

じたばたと暴れる女王をからかいつつ宥めつつ、ラルスの遊びは続く。
そうして最後ようやく「人参娘を真似てみろ」と助言した彼は、オルティアの口から「ください」と言わせることに成功し、人形を渡して満足したのだった。
ちなみに三日後、ファルサス城にはオルティアから大量の人参が送りつけられた。


オルティアからコケシを取り上げるのは大変そうです……。 8/25までアンケート