コケシの旅 05

禁転載

「そういう訳だ。よろしく頼むぞ」
「かしこまりました」
ニケは受け取ったものを手に恭しく頭を下げた。主君の部屋から隙のない所作で退出する。
かつてオルティアがまだ王妹であった頃、側近である彼はこうして彼女の私室に呼び出されることがほとんどであったが、オルティアの即位から数年、私室に足を踏み入れるなど久しぶりのことである。
それは勿論理由のあることなのだが、ニケは理由である手の中の「それ」をじっと見つめて眉を顰めた。誰もいない廊下を歩いているということもあり、つい本音が口をつく。
「しかしこれは、呪われているようにしか見えんな」
男の手の中では木彫りの細い人形が糸のような目で微笑みを浮かべていた。
つまり彼の仕事は今回、この人形に関することなのである。

キスク女王がファルサス王太子を産んでから四年、現在ではキスクの宮廷にも両親を同じくする王太子が存在している。
イルジェと名づけられた彼は二歳。悪戯に好奇心旺盛な年齢だ。
その好奇心を満たすべく、母親は自室からいくつか置物を玩具代わりに与えることを考えたのだが、彼女の趣味で集めたものを子供に与えていいものかどうか、悩む人間は多くても忠言出来る人間はほぼ存在しない。
結果ニケは怪しい人形を「玩具として複製する」為に預かったのである。
「しかしこれ、あいつの持ち物だったって本当か? 見るからに変なんだが」
雫由来の人形―――― であるからこそオルティアは、そのものを与えてしまうのではなく複製を命じたのだが、貴重というよりどう見ても不気味である。
ニケは文官見習いの少年を呼び、木彫りが出来る職人を探させながら手の中の人形をじっくり検分してみた。
つるっとした球状の頭部に、申し訳程度に前髪が描き込まれている。
目は左右とも横棒少し、のみ。このあたりからして異様だ。元の持ち主であるという女の大きな黒い瞳とまったく繋がらない。
胴体が赤い横縞になっているのは服を表しているのだろうか。ニケはついついそこに何か隠し紋様がないか目を凝らしてしまった。
だが結局―――― 怪しいところは何もない。台座が開くことも確認したが、中に入っていたのは白紙の便箋だけである。
「意味が分からん……」
キスク宮廷でも抜きん出て優秀な魔法士とされる男は、ここで思考を放棄した。
見本としてその人形を預けられた職人が、少しずつ大きさの違う複製を二十体提出してきたのはこの二週間後のことである。



合計二十一体の人形の大きさにばらつきがあるのは、王太子の手にどれが握りやすいか、実際に試してみる為のものである。
ちょうどその時、女王が忙しかったということもあり、ニケは人形の詰まった箱を文官に持たせ、共に王太子の部屋を訪れた。
広い部屋をばたばたと走り回っていたイルジェは二人の来訪者に興味津々の目を向ける。
「よし、じゃあ大きさ順に並べろ」
「はい」
まずは見向きもされないものと、そうでないものをある程度選り分けねばならない。
ニケは、一番大きく男の腕ほどもある人形が箱から取り出されるのを呆れた目で見やった。文官の男はなかなかの手際で人形を床に並べていく。
―――― しかし、これは失敗だった。
彼ら二人はまず人形が並べ終わるまで、イルジェからそれらを隠しておくべきだったのだ。
目新しいおもちゃに気付いた王太子は幼児とは思えぬ速度で一直線に走ってくると、女官が制止するまもなく人形の列に突っ込む。
そのまま小脇に一本を抱え、もう一本を手づかみすると、箱に残る人形をがしゃがしゃと漁り始めた。
あっという間に床に散乱してしまった人形を見下ろして……ニケはふと嫌な予感を覚える。
「そういえば、元の人形は何処だ?」
「……こ、この中に」
「…………」
混ざってしまったらしい。



大きさが違うのだからすぐに見つかる―――― そう思ったのは最初の数分だけだった。
実際ニケもちゃんとした大きさを覚えていたわけではない。それに加えて、職人の複製にかける慎重さは本物だった。
土台が開くところから中の便箋まで、どうやったんだというくらい忠実に再現してある。
それに気付いたニケは候補を五、六本に絞ったところで、絶望の呻きを上げた。
「あれは陛下の私物だぞ……」
なんて事をしてくれたのだ、と言いたいが、実際してくれたのは王太子である。
一番大きな人形を持って走り回っているイルジェにニケは何とも言えない視線を注いだ。隣で文官もまた頭を抱えている。
「これは、処罰でしょうか」
「まず間違いなく、な」
主君の大事にしている人形がどれだか分からなくなってしまったのだ。
まさか女王の前に王太子にするのと同じように並べて「どれがいいですか」などとは聞けない。
部屋には主君の子の他、目下の人間しかいないニケは、大きな溜息と共にその場にしゃがみこむ。
そうして虚ろな目を床に落としていると……いつの間にか、目の前にイルジェが戻ってきていた。
「ん」
と言いながら、王太子は何だかよく分からないものを差し出してくる。
そこに乗っているのは粘土をこねて作ったらしい謎の物体だ。
ニケが困惑しながらもそれを受け取ると、イルジェは「やる」とだけ言って別の人形を拾い上げまた走り去っていった。
沈黙する男に女官がやってきて補足する。
「それは殿下が先日兄君とお会いになった際にお作りになったものでして。殿下がお持ちの人形を模してあるようです」
「人形を?」
それはイルジェがよく持ち歩いている、何だか死に顔をした人形のことだろうか。
確かに手元にある小さな粘土人形も凄い形相をしているが、子供の手によるせいでこうなっているのか、狙ってこうなのかは分からない。
ニケは慰めに貰ったらしい人形をじっと見つめた。全部で五つあるそれは、不思議な既視感を彼にもたらしてくる。
何だか他人事ではない共感。
それをしみじみと味わっていたニケは、背後で扉が開く気配を感じ取ると、意識するより早く立ち上がった。
振り返るとそこには若き女王が立っている。彼女は姿勢を正したニケの前を通り過ぎると、人形の箱を見下ろした。
「何だ、出来ていたのか」
「はっ! し、しかし実は……」
「どうした?」
恐縮する文官はしどろもどろになりながらもオルティアに「元の人形が混ざって分からなくなってしまった」と説明した。
それを聞いた彼女は形のよい眉を顰める。琥珀色の目が不愉快そうに文官を射抜き、次いでニケの……手の上で止まった。女王の瞳から険が消える。
「それは何だ?」
「殿下より頂きまして……」
「ふむ? 見せてみろ」
オルティアの命令に、ニケは謎の人形が乗った手を恭しく差し出す。
彼女はそこから一つ摘んでまじまじとそれを見つめ―――― ぶっとふき出した。扇越しに喉を鳴らして笑い始める。
「なるほどな。あれを作ったのか。よく出来ている」
「…………」
―――― 何故、女王は自分の方を見て笑っているのだろう。
ニケは激しく気になったが聞けない。勿論聞けない。

結局、苦悶の表情を浮かべているようにしか見えない息子の制作物はいたくオルティアの気に入ったらしく、それと相殺で今回の件は許された。
後に本物の人形はまだ職人のところにあったことが判明したのだが、彼女はそれを「よい、お前にやる」と言ってニケに下賜したという。
「貰ってもどうしようもない」と彼が思ったか否かは定かではない。


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