コケシの旅 08

禁転載

森の中にある家は、何百年経っても変わらないように思える。
或いはそれは少しずつ手を入れられているのかもしれないが、ティナーシャの目にはいつも同じだけ朽ちて、同じだけ清新に見えていた。
慣れ親しんだ家の扉を無言で押し開けた彼女は、中に入るなりぶっきらぼうな声を上げる。
「ルクレツィア! いるんでしょう!」
「なによ、騒がしいわね」
奥の厨房から顔を覗かせた女は、にやにやと人の悪い笑顔を見せた。
来訪者が何故怒っているのか、明らかに分かっている顔に、ティナーシャは憮然とする。
「もう、菓子をくれるなら普通のを下さいよ!」
「普通のも混ぜておいたじゃない」
「三分の一くらいでしたけどね!」
その三分の一をようやく取り分けたと思ったら、残りを夫に食べられてしまったのだから仕方ない。
ティナーシャは怒った勢いのまま、しかし身に染み付いた習慣でお茶を淹れ始めた。
お湯を沸かす彼女の背に、柔らかい女の手が伸びてきて後ろ襟を引っ張る。
「あら。食べたの? 珍しいわね」
「ちょっ……何処見てるんですか!」
ティナーシャの魔法着の襟を引っ張って、うなじから背中を覗き込んだ魔女は、当人の抗議にけらけらと笑った。
慌てて振り払うとルクレツィアはすっと手を引いて余裕たっぷりの笑みを見せる。
「たまには変化がないと面白くないでしょ。ずっと同じ男と何百年も連れ添うなんて」
「余計なお世話ですよ。引っ掻き回さないで下さい」
ティナーシャがお茶を淹れてしまうと二人はテーブルに向かい合って座った。
昨日上手く纏まらなかった魔法薬の構成を彼女が話題にすると、ルクレツィアはその修正点をぽんぽんと挙げていく。
「大体あんたは重い構成載せすぎなのよ。触媒にだって受け止められる限度があるんだから。
 そんなの作りたいなら触媒から自分で育てなさい」
「うわっ、大変そう」
「そうでもないわよ」
家の周囲で長年薬草を育てている魔女は平然と嘯く。
普段欠かさず手を入れているそれらも、しかしここ二年ほど触れられなかったことをティナーシャは知っているが、家の主人が不在であった間も使い魔か何かが世話をしていたらしい。
あいかわらず窓を覆わんばかりに蔓草が伸びているのを見やって、ティナーシャは肩を竦めた。

「そう言えば、こんなもの貰いました」
ティナーシャがテーブルの上に置いたのは小さな木の人形である。
珍しい形と顔の作りに、ルクレツィアは目を丸くした。手を伸ばしてそれを取り上げる。
「何これ。面白い」
「何でしょう……。あれに似てる気もするんですよ。異世界の土産物」
「異世界から来たって訳? 確かに東の大陸でも見ない系統のものだけど」
ルクレツィアは手の中で人形を弄っていたが、その台座が開くことに気付くと瞠目した。
悪戯を考えている時の顔で、中の空洞を覗き込む。
「ねえ、これ貰っていい?」
「別に構いませんけど。何するんですか?」
「魔法具に改造しようかと思って。中に何か入るじゃない?」
「えぇ……?」
何だか面倒なことになりそうな予感にティナーシャは難色を示した。
人形ということは魔法生物にでも改造してしまう気なのかもしれない。
魔法生物の研究が盛んだった暗黒時代とは違い、この時代においてそんなものを作れるのは最早魔女の自分たちだけだが、ルクレツィアはただでさえ悪戯心がありすぎるのだ。
断ろうかとティナーシャが考えた時、だがテーブルの上には一振りの短剣が差し出された。
ルクレツィアは鞘ごとそれを押しやると、片目を瞑る。
「代わりにこれあげるわ。もう要らないから」
「え。何ですかこれ」
「私が作ったのよ」
「魔法具じゃないですよね。呪具……?」
「何だと思う?」
嫣然と微笑む女に緊張を覚えながら、ティナーシャは短剣を鞘から抜く。
黒曜石のように輝く刃を見て、彼女はその上に指を滑らせた。魔力を注ぎ構成を読み取ろうとする。
だがそこに、構成はなかった。
あったものはもっと――――

「どうしたの?」
絶句してしまった友人をけらけらと笑うと、ルクレツィアは「これ、貰うわね」と木の人形を懐に入れた。
遅れてティナーシャの深い溜息が聞こえる。
「……これ、いつ作ったんですか? 自分で使う為?」
「いつだったかしらね。付き合ってた男にやったの。また戻ってきたんだけど」
「誰、なんて聞いても仕方ないですよね」
「仕方ないわね」
人形を渡すことを渋ったティナーシャもこの交換には文句がないらしい。短剣を鞘に戻すとそれを腰帯に佩いた。
呆れているとも疲れているとも判断しづらい表情でかぶりを振る。
「世の中、まだまだ未知のことってあるものなんですね」
「当たり前でしょ。何言ってんの」
「その外見、いつ戻るんですか?」
問われてルクレツィアは金色の目を瞠った。十代半ば、少女の姿をした魔女は細い己の体を見下ろす。
「さぁ? そのうち戻るんじゃないの。また記憶が薄れる頃には」
「途方もないですね。そうしてまた貴女は貴女に戻る訳ですか」
人外からの指摘。
その意味を知る最古の魔女は笑みを絶やすことがない。薄紅に塗られた爪がテーブルを叩いた。
「あんたたちと違ってね、ずっと沢山を覚えているなんてこと出来ないの。疲れるじゃない」
「私たちは覚えてるんじゃなくて思い出せるんですよ」
「同じよ」
たった一言の中には計り知れない年月が込められている。
だがそれは二人が相手を思う気持ちを損なうものではないだろう。
出会ってから七百年。変わらぬ付き合いを続けてきた女たちは束の間のお茶の時間に平穏を見出す。
そうしてまたそれぞれの位置へと帰っていく―――― その知られざる幕の上に、世界の歴史は流れていくのだ。


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