コケシの旅 09

禁転載

古い友人の一人である水の魔女―――― カサンドラがルクレツィアの家にやって来るのは、三年に一度あるかないか、というくらいの出来事である。
常にあちこちを放浪し、たまに契約者を取ってはその望みを叶えている彼女は、時間の感覚があまりないらしい。三年ぶりに会ったとしても、まるでつい昨日顔をあわせたかのように話しかけてくる。
「なに、作ってるの、ルクレツィア」
「んー、薬草を勝手にすりつぶしてくれる人形?」
その日もふらっとやって来た友人に、謎の棒状人形の中を開けて水晶を詰め込んでいたルクレツィアは、顔を上げるとにやりと笑った。台座を元通り取り付けて人形をテーブルに置くと、奥の部屋からすり鉢を持ってくる。
「ティナーシャから巻き上げたんだけど。上手くいくかしら」
言いながらルクレツィアが人形を逆さにしてすり鉢の中に突っ込むと、木の人形は独りでに丸い頭部を使ってゴリゴリと中の薬草をすりつぶし始めた。
石鉢から大きく回転する人形の台座が突き出している―――― という非常に奇妙な光景を二人の魔女は無言で見つめる。
「もうちょっと出力上げた方がいいかしらね……」
「気持ちわるい」
「そう? 可愛くない?」
「かわいい」
「どっちよ」
一応突っ込んではみたものの、カサンドラにあまり整合性のある発言を求めても仕方ない。彼女と他の人間は「整合性」の基準が少し違うのだ。
だから単に、彼女はこのすりこぎ人形を「気持ち悪くて可愛い」と思っているのだろう。
ルクレツィアが人形を取り出して薬草を拭うと、彼女は「みせて」と手を伸ばしてきた。渡されたそれを、ひとしきり手の中でひっくり返して見やると、無表情ながらも満足そうに頷く。
「結構、ティナーシャと、好みがあうかも」
「多分あの子が作った人形じゃないと思うけど……」
本人がこの場にいたなら「作りませんよ」と呆れた声を上げただろう。
その彼女がいない為お茶の出ないテーブルは、ついには酒盃が置かれた。ルクレツィアは酒瓶を傾けながら友人に問う。
「今度は何処行ってきたの?」
「その辺。あちこち」
「よくやるわね。旅なんてかったるくて仕方ないじゃない。私なんてあと百年はいいって感じ」
「体、若くなったのに」
外見年齢差が逆転してしまった二人は、黙々と酒盃を開けていった。
ルクレツィアが旅してきた東の大陸の話や、そこでの騒動を聞くとカサンドラは「面倒そう」と相槌を打つ。
一方カサンドラ自身の話はいまいち要領がつかめないので全貌が分からない。
けれどそれに慣れきっているルクレツィアは「どっちが面倒よ」と軽く返した。

「ルクレツィア、これ、もらっていい?」
「言うと思ったわよ!」
さっきから人形を握って放さないカサンドラは、何だかんだでそれが面白くて仕方ないらしい。
ルクレツィアは調整中の魔法具とあって少し渋ったが、「代わりに珍しい薬草あげる」と言われ研究心が勝った。
「仕方ないわね……どんな薬草なのよ」
「表に、おいてある」
「表?」
中に持ってこなかったというのは大きな鉢植えか何かなのだろうか。
ルクレツィアは訝しみながらも席を立った。玄関の扉を開け外を見やる。
「…………」
今日の朝まで鉢植えが並び、雑然としていながらもある程度の秩序があった庭先。
そこはいまや、謎の蔓がはびこる草の海と化していた。
緑の中に埋没している鉢植えの薬草は、養分を吸い取られたのか揃って枯れ果てており、媚薬用の花は全て茶色に変色している。
それでも足りないのか、家の壁を伝って上を伸びようとしている蔓を見て、ルクレツィアは黙って扉を閉めた。酒を飲んでいる友人を振り返る。
「何よあれ!」
「珍しい薬草。ちゃんとかわいく見えるように、束ねて、赤いリボンつけといた」
「見る影もなかったわよ!」
育てていた薬草があれでは、大損害という言葉で収まるはずもない。
ルクレツィアは青筋を立てながら外の薬草を駆除してしまうと―――― 後日やって来たティナーシャに「家の前が随分さっぱりしましたね」と言われて閉口したのだった。


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