ニケ君を動かせ! 14

禁転載

ニケ君への助言は「乗りかかった船だ。やってやる。」で決定しました!
―――― それではニケ君の傷心をまぎらわす騒動記をお楽しみ下さい。



非常に面倒くさい―――― それが話を聞いたニケの感想である。
だがこのまま無視して町を出て、喉に骨がつかえた気分のようになっても腹立たしい。
彼は苦い顔でお茶を飲み干すと「いいだろう。やってやる」と返答した。
サイラは少し驚いた目で彼を見返す。
「ありがとうございます」
「何だ、その表情は」
「いえ、断られるだろうと思っていましたので。失礼しました」
「断った方がいいのか?」
「とんでもない。無茶なお願いを聞いてくださって嬉しいです」
その綺麗な顔はちっとも嬉しそうには見えないのだが、これは嬉しくないというより表情に乏しい人間なのだろう。
深々と下げられた頭をニケは嫌そうな目で見やった。
「言っておくが、俺は無償では働かんからな」
「勿論です。先程私は魔法士と言いましたが、どちらかと言えば魔法具技師ですので。お礼を用意させて頂きます」
「ああ……」
ニケはこの時初めて女に興味を抱いた。
魔法具とは魔法を紋様化して道具に刻み込み、魔力のない人間でも使えるようにしたものだが、腕の立つ魔法士のみがそれらを作り得た時代から約三百年、現在では道具に紋様を刻む職人とそこに魔法を吹き込む魔法士の分担作業で、大分作成が容易になっているのだ。
そしてこのような体制の中で「魔法具技師」と言われる者たちは、刻まれた紋様に魔法を吹き込む魔法士のことを指すのではない。新たな魔法具を研究開発する人間を指してそう呼ぶ。
彼の知るような魔法具技師は、城の一室で黙々と既に作られた魔法具の改良に取り組んでいるような人間ばかりだが、野にいる魔法具技師ならば変わったものを作っている可能性も高いだろう。役に立たないものかもしれないが、ただの魔法士より余程面白い。
ニケは椅子から立ち上がると気だるげに自分の肩を叩いた。
「それで? どうするつもりだ。風呂で行方不明になるというならお前は俺と一緒に入るのか」
「あ、それでいいのですか。ではそれでお願いします」
「…………」
―――― 冗談が通じない。
何故自分と会話する女たちはこういう人間ばかりなのか。ニケは「ふざけるな」と相手の頭を殴ることもできず、皺のよった眉間を指で押さえたのだった。



失踪者たちが浸かっていた温泉は、多少の場所の違いこそあれみな赤い湯を源泉から引いているところらしい。
ニケはそれを聞いて入る温泉を念のため彼女の師匠が消えた別の宿のものに変えた。
彼が泊まっている宿のお湯は先程まで彼も入っていたのだ。その時何も起こらなかったということは怪異から除外された場所なのかもしれない。
「なのですが、頻度が問題かもしれません。私の師匠は日に七回温泉に入っていました」
「浸かりすぎだ! もう少し自重しろ!」
広い湯殿に怒鳴り声を響かせると、サイラは「あははは」と感情のない笑い声を返す。
まったく噛みあっている気のしない会話にニケは舌打ちした。
失踪の話が広まっているのか違うのか、赤いお湯に浸かっているのは今はニケ一人だ。
そして彼は女に渡された通信用の魔法具を傍において廊下にいるサイラと話をしている。
何の動物を模しているのか分からぬ四本足で剥げ頭の生物の彫像は、中に魔法紋様を封じ込めてあるらしい。
掌に乗るほどのそれに目を凝らして、ニケはかなり複雑な構成が内包されていることを見て取った。
「何だこれは。たかが通信にこんなに構成が要るのか?」
「それはまだ改良中なのですが、音声通信の他に別の機能がついています。その為の構成です」
「どんな機能だ」
「猫の像が見た映像がこちらに送られます」
「何を渡してるんだ、お前は!」
それは確かに従来見られない高機能で、使いようによってはかなりの効果をあげるだろう。だが、今置かれているのは風呂の中である。
単に覗きじゃないのか、とか猫の耳は何処に行った、とか色々言いたいことを抱え悶絶するニケに、サイラの声は冷静に告げた。
「今は切ってあります。ご安心を」
「普通の通信具はなかったのか」
「通信部分は作ろうと思えばすぐ作れるのですが、どうも私は像に時間がかかるので……」
「時間をかけてこれか! 猫に見えん!」
「よく言われます」
この造形ではどんなに優秀な魔法具技師でも王侯貴族に抱え上げられるのは無理かもしれない。
そんなことを考えながらニケはもう一度四足の剥げ頭に目をやって……自分の主君ならばこれをどう評価するのだろうかと、ちょっと考えたのだった。



「茹だったら終わりにする」と言っておいたニケであったが、変化は存外早く現れた。
広い湯船の真ん中、中が見えないほど濃い赤の湯にふつふつと泡が沸き始める。
微かに感じられる魔力の気配。ニケは溜息をついてそれに意識を集中させた。



―――― さて、ニケ君のコマンドをお選び下さい。