ニケ君を動かせ! 17

禁転載

ニケ君への助言は「もう仕方ないからこのまま追いかけて転移するよ!」で決定しました!
―――― それではニケ君の裸冒険をお楽しみ下さい。



浴槽内に展開した転移構成は、赤い魔物たちを徐々に吸い込み、そのまま消えかけようとしていた。
もうほとんど時間がない。それを感じ取ったニケは自分も浴槽の縁を蹴り、転移門の中へと飛び込む。
魔法位階を通る刹那、人はそこに時間を感じることが出来ない。
だから連続した意識において彼が次に立ったのは、何処かの洞窟の内部だった。
ニケは素足の下に感じるぬるっとした感触に気付くと、舌打して魔物の残滓を振り払う。
「あれ、あなたどうしたんですか?」
いささか間の抜けた問いは誰のものであるか確認するまでもない。ニケは洞窟の奥、自身の前方に立つ女を睨んだ。
「魔法もろくに使えない人間がほいほい進むな! あの状況でお前が行方不明になったら俺が疑われる!」
「ああ、なるほど。それはすみません。でもあなたはいい加減湯冷めしそうですね」
先程から裸の彼を見ていても、野良着の時と同じく微塵も反応が変わらないサイラは「あ、そういえば」と声を上げると、腰に下げていた袋を探った。中から徹底的に小さく畳まれた服を取り出す。
「これ、師匠の服を私が繕っていたものですが、よろしかったらどうぞ」
「魔法着か」
人の服を着ることは好きではないが、今はさすがに好き嫌いを言ってはいられない。
ニケは渡された服に頭を通し―――― 着てみてから沈黙した。服の前面に刺繍された禿げ頭の四本足を見下ろす。
「……お前、実は周到な準備の下、俺に嫌がらせをしようとしていないか?」
「何故ですか。丈はちょうどいいと思うのですが」
「これは何だ! この刺繍は!」
「繕いついでに。自称猫です」
「お前と話していると疲労する!」
何故自分はこの手の女と縁があるのか。
ニケは着ている服を目に入れないよう洞窟の奥を見やった。
少し開けたそこは本来温泉の源泉か支流が溜まる場所であるらしく、独特の匂いと湯気がたちこめている。
下には蜂の巣のように大きな窪みがあちこちに出来ており、その境界となる岩の道は細く枝分かれしてあちこちに広がっていた。
だが本来お湯が満たされているのであろう岩の窪みには、今は半透明の赤い魔物がびっしりと詰まっている。
嫌な顔をする男に、サイラは更に奥を示した。
「どうやら温泉を吸い取ってそこに溜まりこんでいるようです。
 で、攫ってきた人間を仮死状態で取り込んで魔力を吸収し続けている。いわばここは魔物の栽培場かと」
「これが町の温泉に皆繋がっているのか? 気色悪いどころの話ではないな。全部焼き払うか」
「寝てる人が死にます」
サイラに言われてよくよく目を凝らすと、確かに広がる空間にあいている窪みのいくつかには、人間らしき影が見られる。
全身をすっぽりと魔物に覆われている彼らは、それらを増やす為に生かされているのだろう。注意すると微弱な魔力の流れを感じ取ることが出来た。

だが、これだけの量の魔物を焼き払い、人間だけを救出することは至難の業である。
この場所の座標を取るだけとって、一度本格的な戦闘準備を整えてこようかと考えかけたニケは、サイラに袖を引かれて「何だ」と声を上げた。
斧を持った彼女は洞窟のはるか奥をその切っ先で指す。
「見えますか? ―――― 多分あれが本体です」
奥の石壁に半ば張り付くようにして出来上がっている赤い粘液質の繭。
その中に魚に似た影を見て取ったニケは、かつて魔法書で読んだことのある「石魚」という魔物のことを思い出したのだった。

「石魚」とはその名の通り石で出来た魚状の魔物で、魔力を食らってその身に蓄えていく。
それを捕らえることが出来れば、僅かな破片で強力な魔法具が作れるという伝承もあるが、何しろ石魚自体非常に珍しい魔物である為、その真偽は今のところ不明だ。形は魚であっても水の中を泳ぐことが出来ないこの魔物は、遠隔で魔力を食らうと言われていたが、何しろ具体的なその方法が分からない。―――― 今回期せずして石魚の能力を知ってしまったニケは、一瞬不快を忘れ感心の表情になった。
「水を元に分身を作ってそれに魔力を吸い取らせているのか。これなら自分は水の流れの何処かにいれば動く必要がない」
「論文を書きたくなりますね。非常に幸運です」
「全裸で捕まっている人間たちも同じことを考えているか聞いてみろ」
「全裸で捕まっていないので幸運です」
馬鹿馬鹿しいやり取りをしながらも、ニケは事態の面倒さを悟って眉を寄せる。
石魚が本体であるならば、おそらくあれを殺せば全ての魔物がただの温泉に戻るだろう。
だが、もっとも奥にいる石魚の繭にたどり着くまでは、どうしても他の魔物溜まりをいくつか突っ切らねばならない。
それはきりのないことであるし、何とか繭まで辿りつけても石魚本体は厚い粘液の中で守られているのだ。生半可な魔法攻撃では石魚に到達するまでに魔力を減衰され、本体を破壊することは出来ないだろう。

やはり面倒でも少しずつ被害者を救出するしかないだろうか。
そう考えたニケは、けれどサイラが彼を振り返ったことにより思考を止めた。
まじまじと男を見上げてくる彼女は、何かを探るような目で彼の全身を見回す。
「……何だ」
「あなた、飛べますか?」
「飛べる」
「凄い。では、抱っこをしてください」
「…………」
意味が分からない、と言いたいところだが、ニケは彼女が何をやりたいか即座に理解出来てしまった。
つまりは彼女を連れて空中を移動し、直接石魚のところにまで行って欲しいということなのだろう。
ニケが一人で行っても攻撃は自然、魔法に限られてしまうが、彼女を連れて行けば武器での攻撃が可能になる。
だからこそこの提案はもっともだと言えばもっともなのだが、色々な面倒くささにニケはすぐに返事が出来なかった。

苦い顔で黙り込んでしまった男に、子供のように両手を差し伸べていたサイラは首を傾げてみせる。
「参考までに。私の体重は筋肉量も加味しますと、あなたと大体同じか若干軽いくらいです」
「勝手に人の体重を計算するな! 大体お前はどれだけ筋肉をつけてるんだ!」
「私の師匠はよく言っていました。『魔力を増やしたいと思うなら、不可能だから筋力をつけなさい』と」
「お前の師匠見捨てていいか?」
「見捨てないでください。お願いします」
今現在非常に疲れているというのに、これ以上おかしな人材を解き放っていいものだろうか。
激しく疑問を感じたが、ここまで来て協力しないのもおかしい。
ニケは「抱き上げなくても飛ばせる」と言い捨てると詠唱を始めた。自分とサイラを対象にして浮遊の構成を組み上げる。
そのまま構成を発動させ、地面から幼児の背丈ほどにまで体を浮き上がらせると、サイラは無表情ながらも目を輝かせた。
「他人を浮遊させられる魔法士に出会ったのは初めてです。あなたは何処かに仕えているのですか?」
「誰が教えるか。それより行くぞ」
「はい」
サイラは切断くんを手に徐々に近づく石魚を見据える。
空中を移動する二人に感づいたのか下の泉から何匹かの魔物が飛び上がったが、それらは皆ニケの結界に阻まれ落ちていった。
口を開かず洞窟の奥へと空中を滑る彼らは、巨大な内臓をそのまま取り出したかのような石魚の繭に意識を集中させる。
やがてサイラは「ここで止めてください」と言うと、右手の斧を振りかぶった。石魚めがけてそれを投擲しようとする女に、ニケは声をかける。
「外すなよ」
「おまかせを」
サイラは肘から先を真っ直ぐ振り下ろした。
彼女の手を離れた斧は激しく回転しながら空中を進み、繭の表皮を食い破る。
そしてそれは勢いのまま赤い粘液を突き進み、動かぬ石魚を一撃で割り砕いた。
―――― こうして小さな田舎町を襲った謎の失踪事件は幕を下ろすことになったのである。



被害者も無事救出され、戻ってきた彼らの介抱と真実を知りたがる人々で、町は一気に騒然となった。
その騒ぎを避けて自分の宿に戻ったニケは、骨休めの為あらためて普通に戻った温泉に浸かると、本来の魔法着に着替える。
何だか予定とは大分違ったが、珍しい魔物を見られたことは少し面白かった。
そんなことを考えながら荷物を纏めていた彼は、ふとサイラから借りていた魔法着を見つけ嫌な顔になる。


―――― さて事件も無事解決、ニケ君はどうすればいいでしょうか。