ニケ君を動かせ! 19

禁転載

ニケ君への助言は「お礼はもういい、と言って逃走!」で決定しました!
―――― それではニケ君最後のお話をお楽しみ下さい。



これ以上この二人に付き合っていてはきりがない。
ニケは差し出されたお茶を火傷しながら一息で飲み干すとカップをサイラにつき返した。「熱いのがお好きなんですか」と呟く彼女に釘をさす。
「いいか。礼は要らん。俺は帰る!」
「あ、待ってください」
踵を返してすぐ魔法着の襟を掴まれ、ニケは「ぐえっ」と奇声を上げた。
喉を押さえて立ち止まる男にサイラは小さな木の箱を差し出す。
「これを持って行って下さい。説明書は中に入ってますから」
「何だこれは」
「魔法具です」
礼は不要とは言ったが、ここで更に箱をつき返したりしては面倒が長引きそうである。ニケは掌に納まるほどの箱を「分かった」と返すと懐にしまった。クバロと目が合うと、老齢の魔法士は笑顔で頭を下げる。
「邪魔したな」
「ありがとうございました」
口の中で詠唱し転移門を開くと、ニケはその中に足を踏み入れた。最後の瞬間振り返り、微笑するサイラを視界に入れる。
相変わらず綺麗な顔立ち。青い瞳は底知れない思考を湛えて―――― その時ふと彼は「いつか何処かで見たことがある」と、不思議な既視感を覚えたのだった。



訪ねて来た男が転移で姿を消すと、クバロはにやりと笑った。ニケが立っていたところを指し愛弟子に問う。
「彼の所属は聞いたか?」
「いえ」
「おそらく宮廷魔法士だ。それもかなり特殊な地位にある人間」
「そうなんですか?」
たった一度男の組む転移構成を見ただけでそんなことまで分かるのだろうか。カップを片付けるサイラに彼は補足した。
「若い頃から才能を見出されたのだろう。構成の基礎から正式な教育を受けている。
 かと言って型通りの構成ではなく組む速度を短縮出来るよう改良していたからね。ある程度実戦に出る魔法士なんだろう。
 多分、諜報を行う魔法士じゃないかな。で、大国の人間だ」
「国まで分かるものですか」
「子供を城に入れて一から教育出来るような国は大国だけだよ。
 それもメディアルではそこまで魔法士教育が整っていないから、ファルサスかガンドナかキスクの人間だろう」
師の慧眼にサイラは目は丸くして頷く。祖国の城都で私塾を開いている彼がそれ以前はどのような経歴を持っていたのか彼女は知らない。
だがこうして彼の指摘することが間違っていたということは今まで一度もなかったのだ。
石魚の分身相手に嫌々戦っていたニケを思い出し、サイラは納得顔になった。
クバロは楽しそうに笑うとついでのように指を弾く。
「ああ、サイラ。もしああいう魔法士と戦う羽目になったら、接近戦で即、勝負を決めなさい。
 距離を取っては駄目だ。魔法では敵わないし逃げられてしまう。構成を組まれる前に仕留めなさい」
「分かりました」
素直に返事をする彼女は茶道具を片付けてしまうと師の隣に立った。クバロは穏やかな目で弟子を見上げる。
「さて、充分面白かったしそろそろ彼のところに行かないとね。彼に会うのは六年ぶりだ」
「私は十二年ぶりです」
「ふむ。……その後はサイラ次第だ。どこに仕官するか決めたかい? 君の能力ならどの国でも選べる」
最終的な行き先を問う師にサイラは小さく首を傾げる。
だが彼女は大した時間も迷わずに結論を出すと「ガンドナに」と答えたのだった。






荷造りを済ませたニケは、おかしな面倒ごとと出くわした町をその日のうちに出た。もっと大きな別の町に移動し、そこで残り四日の休暇をのんびりと過ごす。そうしていると温泉場での出来事が幻のようにさえ思えてしまうが、それが夢ではなかったことは彼の荷物に小さな箱が入っていることからして本当なのだろう。
サイラがくれた箱には銀の指輪と説明書が入っており、それを読むと小さな指輪はどうやら一種類だけ魔法詠唱を記憶させ、装備時の詠唱を省略出来る魔法具だということらしかった。初めて聞く強力な効果の魔法具に、ニケは彼女の連絡先を問わなかったことを少しだけ残念に思う。
「だがまぁ……面倒だな」
能力は高くても彼女と話をするのは非常に疲れるのだ。
ニケはどうしても既視感の正体が思い出せない女のことをそのまま忘れてしまうと、滅多にない長い休みを骨休めに費やしたのだった。






城に戻った彼は、自分の不在中女王が襲われたことを知って蒼ざめた。
彼女の側近である彼は、同時に女王の護衛をも兼ねているのだ。その実力は確かであり、なればこそ今回彼の不在が狙われたことは確かであろう。
だが、オルティアは帰って来た臣下の謝罪を一笑に付した。
「妾が休みをやると言ったのだ。その間に起きたことでお前を責める意味がない」
「……失礼致しました」
「それよりどうだ。少しは羽が伸ばせたか?」
美しい顔に僅かながらほろ苦い微笑を浮かべる女王は、自分が歪めた彼の過去を想起しているようにも見える。
だがニケはそれら全ての過去を記憶の底に押しやると、感情を出さぬ貌で恭しく頭を垂れた。
「充分すぎるほどの休息を頂きました。また本日からこれまで通りお仕えさせて頂きます」
「頼りにしている」
優しくはない女王の声は、けれど込められた信頼と共に彼の気を引き締め執務室内に響く。
そのことに少なくない満足を覚えてニケは顔を上げると、改めて自分の為すべき仕事の中へと戻っていったのだ。






ニケ君への長らくのお付き合い、ありがとうございました!
→ニケ君への一言伝言板