ニケ君を動かせ! 05

禁転載

ニケ君への助言は「プライドはさておき、ウィレットに協力を頼んでみる。」に決定いたしました。
―――― では、ニケ君がプライドをさて置くまで二十分くらいお待ち下さい。



目の前の少女はおそらく雫と親しい。
それはつまり、彼には知りえないことも知っている可能性があり、出来ぬことも出来るということであろう。
ニケはまじまじとウィレットを見つめる。少女は何度もまばたきして彼の視線に応えたが、それがあまりにも続くとさすがに後ずさり始めた。
充分な距離を取ったところで「失礼しましたっ」と踵を返す。ニケはその襟首をひょいと掴んだ。
「待て」
「ななな、なんでしょう!」
「いくつか質問がある。簡潔に答えろ」
「は、はいっ!」
行儀見習いとして女官をしている少女と女王の側近では、城に仕える者たちの中でも激しく上下に隔たりがある。
その為直立不動になって固まるウィレットに、ニケは内心の苦々しさを隠すと婉曲な問いを口にした。
「現在、城に出入りする者について少し素行調査を行っている。―――― お前から見てあいつの素行はどうだ?」
自分でも駄目っぽいと思う建前だったが、幸いウィレットは不審な顔をしなかった。固まったまま答える。
「あいつってヴィヴィアさんですか? いつも通りですよう」
「何か気になる発言はなかったか? 交友関係などで」
「まったく。花雨の日も忘れてらしたみたいですし」
「…………」
そうではないかと思ったが、先日の贈り物の意味は微塵も伝わっていなかったらしい。
思わず額を押さえ深い溜息をついたニケに少女は目を丸くした。邪気のない視線が目の前の男を注視する。
「あの、要するにヴィヴィアさんのことを知りたいんですよね?」
「そうは言っていない」
「す、すみませんでした……失礼しますっ!」
「待てと言ってるだろうが」
もう一度襟首を掴むとウィレットはじたばたともがいた。それに構わずニケは少女をくるりと振り向かせると、真面目くさった目で彼女を見下ろす。「何か言いたいことがあるなら言ってみろ」と付け足した。



まったく不条理な状況だが、ウィレットは存外気の利く少女であった。
短い間に彼女は大体を察すると、伸びかけた襟首を押さえながらニケに向き直る。
「ヴィヴィアさんは今、ワノープの町でお勉強とお仕事でお忙しいです。
 恋人はいらっしゃらないみたいですよう。教師の方とは仲がよいようですが」
「…………」
雫の教師を誰が務めているのか勿論ニケは知っている。
色々と癪に障って仕方が無い相手だが、学問にしか興味ないらしい男が彼女の傍にいるということは面倒がなくていいだろう。
返事をしないニケにウィレットは続けた。
「ヴィヴィアさんの好みの男性は、えーと、確か頭がよくて尊敬できる人、だったと思います!
 あんまりはっきりした好みではないらしいんですが……」



―――― 無理かもしれない。
とニケが一瞬思ってしまったのは、自分が雫から尊敬を得ているとはまったく思えないからだ。
「すごいね」と言われることはあるが、多分もっと軽い意味である。突き詰めて考えると憂鬱になってきて、ニケは壁に体を寄りかからせた。



「手紙を書かれたらどうでしょう!」
そんな言葉が耳に飛び込んできたのは、ニケがずんずんと凹み始めていた時のことであった。
律儀にもその場に残っていた少女はよく分からない大げさな身振りで両手を振る。
「ヴィヴィアさんは、聞き取りより読み取りの方が出来ますよう! 口で言うより書いた方が伝わりやすいはずです!」
「『耳付き』と『脳天』を間違えるような奴がか?」
「……でも似てますよね?」
「確かにな」
これは一理ある提案かもしれない。何しろ雫と会話しようと思うと、必ずと言っていいほど話題が訳の分からぬ方向へ転がるのだ。
その点文章ならばもう少しましな意志の疎通が可能だろう。ニケは納得すると少女の肩を叩いた。
「分かった。悪かったな」
「いえいえー。がんばってください! わたしも応援しますっ!」
「…………」
ここで是と答えたら何かに負ける気がする。
ニケは黙ってその場を立ち去ると、一週間後の為に文面を考え始めたのだった。



―――― さて、皆様。ニケ君はどういう内容の手紙を書いたらいいでしょうか。