mudan tensai genkin desu -yuki
新年を直前に控えた夜、ファルサスは不思議なざわめきに満ちていた。
城の中は儀式の為の準備で騒がしい。
ティナーシャなどは、儀式は年が明けた朝か昼に行われると思い込んでいたのだが、実際は真夜中に行われ、年を神殿で越す形になる。
将軍の正装をし、城門の内側で警備の最終確認にあたっているアルスは祝いの空気に混じって街で漂ってくる振舞い酒の香りに目を細めた。
「飲みたいなぁ……」
「仕事中」
後ろから背中を殴られる。
幼馴染がそこに立っていた。彼女は伸び始めた髪を軽くまとめている。
大陸では女性は髪を伸ばすことが一般的とされているが、メレディナは仕事上肩につかないほどに揃えていたのだ。
だが今はその髪も肩より少し下まで伸びていた。
彼女は濃い紅色を基調とした武官の正装をしている。
「天気が崩れそうね」
「城に戻るまで持てばいいけどな」
二人は空を見上げた。
夜空はどんよりと暗い。
時折雲の切れ間から月光が差し込むくらいだ。
雨になれば祝いの空気にも水が差されるし、警備も大変になる。
出来ればぎりぎり降らぬまま終わってほしいものだ、とアルスは零した。
出発まであと半時余り。準備は万端である。
一方魔法士たちは、あらかじめ神殿に詰めている者と城から出発する者に分かれていた。
道中にも兵士と魔法士が配置され、それらの者は既に城を出ている。
クムとドアンは正装に身を包み、出立する一行が控える広間で魔女が張った構成に接触し道中の様子を探っていた。
ティナーシャが構成に干渉できる許可を与えているのは彼らを始め信用できる10人足らずの魔法士のみである。
それでも術者本人であるティナーシャとは大分知覚の精度が変わってくる。
「今のところ不穏なものはないようだな」
「神殿にも変わりはないようです」
二人はほっと息をついた。
先月城を襲撃した魔物の召喚主も捕まっていないのだ。用心をしすぎるということはなかった。
その時奥の扉が開いて国王が入ってくる。
彼は自分の装備を確認するとクムに目を留めた。
「どうだ?」
「問題ございません」
「そうか」
ファルサス王の正装は、昔から戦うことを意識した格好である。
鎧と沈んだ赤色の外衣を纏い、アカーシアを佩いた王の姿は勇壮と威厳に溢れ、端正な容姿と相まって実に絵になった。
肩の上でドラゴンが置物のように鎮座している。
オスカーは部屋の中を見回すと首を捻った。
「ティナーシャは?」
「ご一緒かと思っておりましたが」
「いや、会ってないぞ」
誰かに呼びに行かせようかと思った時、ちょうど魔女が入ってきた。
その気配を感じて振り返った3人は唖然とする。
彼女は魔法士の正装を着ていた。
が、それはファルサスのものではなくトゥルダールの儀礼用の正装である。
トゥルダールの王族が纏う色である深い青と白を基調とした長衣には複雑な紋様が刺繍されており、
彼女の体に添って緩やかに曲線を描き足元で広がっていた。
長い黒髪は一部を残して結い上げられ、水晶を列ねた額飾りと耳飾をしている。
「どうしたんだそれは」
「シルヴィアとパミラに捕まりました」
化粧もされているところをみると、かなり徹底的にやられたらしい。
トゥルダールの宝物庫に沢山保管されていた魔法着や正装を二人の女性は嬉々としてティナーシャの為に持ち帰っていたのだ。
最近では魔女も、着せ替えされることに慣れてきたのか、多少の渋面で受け流している。
トゥルダールの服のためか、手甲に嵌められた水晶をはじめ、ほとんどが魔法具で出来ているようだ。
ティナーシャは顔を上げてオスカーの全身を一瞥すると
「元が綺麗だからそういう格好も似合いますね」
とさらりと言った。
「お前に綺麗と言われると変な感じだ。というか男への誉め言葉じゃないぞ」
「そうですか? 率直に誉めてるつもりですが」
ティナーシャは首を傾げながらクムの隣に立つ。
オスカーは彼らを見回して一息つくと、
「行くか」
と声を掛けた。王の言葉に全員が礼をする。
広間の扉を開くと、彼らは城門に向かって歩き出した。
兵士たちが先導し、街の東へと伸びる大通りへの道を開ける。
民衆は道の脇に避けながら、王が通るのを一目見ようと集まっていた。
アルスが率いる武官たちに続き、魔法士たちと王の一行が姿を現す。
激しい熱狂に真夜中の街が湧いた。
大人たちの隙間からその行列を覗いていたサイエは王のすぐ後ろで馬に横座りになっている女に気づいて息を呑んだ。
手綱を取っていないにも拘らず、きちんと進んでいく馬の上で彼女は目を閉じている。
服装が異なる為、不思議な迫力と畏れ多さを感じさせる美貌の主はしかし、確かに塔で会った女だった。
サイエはてっきり彼女が魔女だと思い込んでいたので仰天してしまう。
だがそういえば、彼女は王のことを知っているような口ぶりであったし、魔女ではなく、城の魔法士だったのかもしれない。
一行が通り過ぎてしまうと、道はふたたび群集で埋まっていく。
王が次に戻ってくるのは年が変わる一時間後のことだ。
サイエは今見た女のことを友達に話そうと、その場を離れ駆け出した。
神殿へは何事もなく到着した。
一同は少しだけ胸を撫で下ろす。
広い神殿内には7つの石柱が立っていた。白い表面に文字がぎっしりと刻まれている。
この石柱がファルサスの信仰する7神にそれぞれ対応しているのだ。
神官たちが祝福と祈りの言葉を捧げる中、オスカーはその中心にアカーシアを抜いて立ち、他の者は後ろに控えていた。
最後尾ではティナーシャが目を閉じたまま構成に意識を繋げている。
神官の祝詞が終わると、オスカーが神に捧げる祈りの口上を述べ始めた。
アルスが時間を確認する。
予定通り、もう年が明けるところだ。
赤い葡萄酒の入った杯が、控えていた者たちに配られ始める。
王は口上を終えると、用意されていた酒瓶を手に取った。
それを彼は祭壇上で3つの杯に分ける。
瓶を置くと、王は最初の杯を手にとってその中身を地に、
2杯目を空に振りまいた。
最後の杯を手に取ると、それを飲み干す。
臣下たちがそれに続いた。
新年を祝う声がわっと上がる。
ティナーシャは目を僅かに開くとその光景を眺めた。
彼女はファルサスの人間ではないので葡萄酒に口はつけない。
元々酒に強い方ではないのだ。構成に繋がっている最中に口にしたくなかった。
だが本当はそんな理由は建前のことだ。
彼女は、この輪の中に入ることにやはりまだ抵抗があった。
馴染んでしまっていいのかという不安と恐れが彼女を捕らえて離さない。
こんな不安を、彼の母親も感じていたのだろうか、ふとそんな疑問が浮かぶ。
詮無い想像だ。魔女は苦笑した。
様々な人間の運命を乗せて、時は進んでいく。
第21代国王の下、ファルサス暦527年が始まろうとしていた。
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