鳥籠の女 04 - 歌わぬ鳥

mudan tensai genkin desu -yuki

宮廷からアルファスが辞して四日後、彼はティナーシャの言うとおり東部戦線に呼び戻された。
報告によるとつい一月前までは小寧を保っていた前線が、隣国からの圧力で急にたわみ始めたらしい。
再び指揮官の一人として東部に戻ったアルファスは、数日間の激変を記録で追い顔を顰める。
「猛攻、と言えば聞こえがいいが、やけになっているようにしか見えないな」
「短期間で戦果を上げる必要が出来たのかもなあ」
暢気な声で相槌を打ったのは、友人のカーティスである。
一月前、アルファスが宮廷に呼び出されたのと入れ違いで東部に配されていた男は、戦況を纏めたディスクを抜き取ると、それを机の上へ放り出した。今は二人しかいない小会議室には、寒々とした空気が漂っている。
アルファスは持ち込んだポットからお茶を注ぎつつ、現状を示す様々な数値を机上に映し出した。
「無人戦闘車の数が足りていないな」
「一昨日の戦闘で大分やられた。二週間あれば補填されるらしい」
「間に合わんだろう。操手の被害も多いな。こんなところまで攻め込まれたのか?」
「有人部隊に突入されたんだ。人間相手に慣れてない奴がたまたま指揮官で被害が大きくなった」
もっともそいつはもう死んだけどな、とカーティスは締めくくる。

帝都で先日ケストナーと話をした際、彼は「民衆は戦争に無関心だ」とぼやいていたが、その原因の一つには無人戦闘が挙げられるだろう。
基地から「操手」たちによって遠隔で行われる戦闘。
それには戦闘車をはじめとして、多くの技術を詰め込んだ兵器が用いられているが、前線で無人兵器がどれほど破壊されようとも人的被害は出ない。ただ物資が消耗され、それによって戦況が変化していくだけだ。
人々はその為、喧伝される「人の死なない戦争」という印象を強く抱いているのだろうが、実際のところやはり人は死ぬのだ。
そのことを骨身に染みて知っている二人は、現状数値を消すと代わりに一帯の地図を空中に映し出す。
アルファスは点在する白い光点を眺め、基地からの位置関係を確認した。
「それで? こちらには有人部隊の出兵許可は出ているのか?」
「今日出た。だからお前が呼ばれたんだろうな」
無人兵器ではなく、人間の部隊を戦場で直接指揮しての戦闘。
その分野では一流の指揮官と周知されているアルファスは、無言でカップの中のお茶を飲み干す。

有人戦闘は戦争において戦況を変える切り札の一つだ。
国が多額の費用を費やし育てた人材自体を消耗して行われる戦闘。
失敗した時の被害の大きさのせいか、上層部はなかなかそれに許可を出したがらないが、その手段を選ばなければならない時というものも必ずやって来る。
集中的に狙われる操手部隊とは別に、戦場でもっとも危険な任務を担う彼らは、だが一般からはほとんどその存在を認知されていなかった。
アルファスは映し出した地図とは別に、ここ数日の士官戦死者のリストを手繰る。
その中に、剛健な戦士としても知られていた僚友の名を見出し、彼は目を瞠った。
「グラスが死んだのか」
「ああ。運が悪かったんだろうなあ。壁が爆破された時、破片が《鍵》に刺さったんだ」
「《鍵》が壊れたのか」
「この辺は国境が近いだろ? 空気中のイドの濃度が強すぎてほとんど即死だった」
《鍵》の破損による死という戦場以外でも稀に起こる事故に、二人の士官はそれぞれの感慨を抱く。
アルファスはつい数日前、自分の《鍵》に触れた白い指を思い出して眉を顰めた。
―――― 《鍵》によって管理されていることを、どうして疑問に思わないのか。
そんなことは疑問に思うまでもない。これがなければ、人は空気中に含まれる毒素「イド」に耐えられないのだ。
常に空気中に漂うイドは、場所によっては非常に濃い濃度を示しており、そのような場所は人の住めない禁域指定がされている。国境などは特に周囲一帯が禁域指定されており、軍事施設をはじめとして公的な建物以外は建てられていないという状況だ。
《鍵》が絶えず人体内部に抗体生成信号を発信し続けていることにより、人間はようやく「生きる」という状態に立てる。
そのことをまさか彼女は知らないのか―――― アルファスは何処にも《鍵》の見えなかった彼女の映像を思い出した。
「カーティス」
「ん? 何だ?」
「お前、『鳥籠』に送られたそうだな」
ケストナーに聞いた話を口にすると、カーティスは快活に笑った。
「ああ、会ったぞ。いかにも血統証つきの猫って感じのお嬢ちゃんだろ?」
「そんな可愛いものか? あれが」
彼女のことを端的に表すなら、「猫」よりも「毒」であろう。そうアルファスは反論したくなったが、カーティスはからからと笑うだけである。
「いるんだよなあ。ああいう猫って。気位が高くて触らせてもくれないし振り向いてもくれない」
「無視されたと聞いたぞ」
「そう。無視。折角ゲームも幾つか持ってったのに」
「……それは他の女でもやらないだろう」
カーティスが持っていったというくらいだ。どうせ子供が夢中になるようなゲームなのであろうが、ティナーシャがそれを喜ぶところなどまったく想像出来ない。
アルファスは友人が空回りするところを想像して自分がいたたまれなくなった。
カーティスはお茶のポットを手に取ると、もう残り僅かな中身を全部カップに出してしまう。冷めかけたお茶を飲みながら天井を見上げた。
「で? それがどうしたんだ?」
「何でもない」
「なんだなんだ、気になるぞ」
軽い好奇心で尋ねてこようとする友人にアルファスは苦笑すると「この戦闘が一段落したら話すさ」と話題を打ち切ったのだった。






「帝国」ディノケディルム・ラサヌム・カドエデラの東において国境を面している国は、ダルベルドという。
五つの都市と一つの議会から成るこの国は、遥か昔、帝国より放逐された人々が荒野に住む現地民に迎え入れられ出来上がったというが、それも帝国側が主張する成り立ちである。実際はどうであるのか、帝国内に知る人間はほとんどいなかった。
防護服を着込んだアルファスは、戦場として選ばれた荒野を見やる。
イドの影響か緑のない大地は、岩と石ばかりが転がっていた。彼は断崖絶壁になっているすぐ東の方角に視線を移す。
橋のかかっていない崖の下は、流れの早い川になっていた。
大体の地形を確認すると、彼は通信兵に状況の変化はないか確認する。
「本隊の進軍に問題はないようです。南では既に無人戦闘車の衝突が始まっているとのことでして」
「予定通りか」
川を上流へ遡っていった先に、今回の攻撃目標であるダルベルドの操手基地は存在している。
アルファスの指揮する部隊は他の部隊に先行して北上し、操手部隊の退路を断ちつつ基地を襲撃することになっていた。
偵察の無人機から川岸に異常がない旨情報が届くと、アルファスは部隊を動かし始める。
移動中の駆動車の中、付き合いの長い中尉が彼に話しかけてきた。
「少佐がお戻りになられてほっといたしました」
「離れていた間に色々あったみたいだな」
「敵の有人部隊が奥まで入り込んできましたから。ほとんど捨て身での攻撃にはこちらも参ります」
無人での戦闘が常となっている現状、有人部隊はその動きが比較的読みにくく、敵の装備や進軍行路によっては哨戒もすり抜けてしまうのだ。ましてや人間が高コストであることは、帝国では既に常識と考えられている。そのような人間を捨石のように敵地の奥深くに送り込んでくるとは思ってもみなかったのだろう。アルファスは迎撃にあたった指揮官の混乱を想像しかけて、首を左右に振った。
「ダルベルドがこちらと同じとは限らない。
 有人で奇襲をかけることだけを教え込むなら人材の教育にそう費用もかからないだろう」
「……まさか、そのような攻撃がこれからは増えると?」
「どうだろう。ただ先日突入してきた有人部隊は、ほとんどが十代半ばの子供だったそうだ」
忌まわしい可能性を指摘する言葉に、中尉は嫌そうな顔になった。
ガタガタと揺れる駆動車からアルファスは灰色の景色を眺める。
既に見飽きた荒涼は、しかし帝都の虚飾よりもずっと彼にとって気安い風景だった。
物心ついた頃から向けられてきた嘲りの視線。そして士官学校に入ってからはそれに嫉妬と侮蔑が混ざり出したことを、彼は冷えた心で思い出す。
それらの大半は、帝国人口の約一割を占める貴族たちが向けてきたものだった。
世襲地位によって膨れ上がった特権意識。彼からすると失笑ものでしかない張りぼてを、彼らは堅牢な城砦か何かだと思っているらしい。
もし異端児であるカーティスに出会わなければ、アルファスは貴族全てを嫌悪したまま大人になっていただろう。
彼は我知らず微笑しかけ―――― しかしそこでふと友人の忠告を思い出す。
『ウーゴに気をつけた方がいいぞ』
それは彼らと同階級にいる下級貴族の男の名だ。
士官学校では彼らの一学年上で、しかしあまり成績がよい生徒ではなかったとアルファスは記憶している。
本来ならば記憶さえしていないはずの相手を彼が覚えているのは、一度戦闘実技でウーゴとあたり、完全に叩きのめしてしまったことがあるからだ。
その時以来、やたらとアルファスを敵視するようになったウーゴであるが、アルファスが帝都に呼び出されていた間に東部基地に配属されたらしい。普段は人の悪口を言うことがほとんどないカーティスが警戒を呼びかけたとあって、アルファスはいささか意外に思いつつもその忠告を受け取っていた。
「少佐、もうすぐポイントにつきます」
「ああ」
速度を緩めた車の向かう先には、切り出された巨石がいくつか積み重なっている。
そこで戦闘準備を整えてから、敵基地までは徒歩で一時間。彼は背もたれに預けていた体を起こした。






精神の先端を延ばし、深部へと潜っていく侵食。
その只中に在った魔女は、自身の力を伝わってもたらされた情報を認識すると、動きを止めた。
一瞬の後、組んでいた構成を放棄する。
意識が肉体へと戻る際に生じる眩暈。
彼女は息を止めそれをやり過ごすと、目を開けて硝子の天井を見上げた。
「アルファス……?」
迷う時間はない。
ティナーシャは瞬時に複雑な構成をその場に広げる。
そうしてそれが部屋の半ばを覆った時、鳥籠の女は籠の中から忽然と消え失せていたのである。