鳥籠の女 05 - 歌わぬ鳥

mudan tensai genkin desu -yuki

狭い廊下。基地の外周にあたる場所を、武装した兵士が走っていく。
彼らはある一点で止まると、辺りを警戒したまま壁に破砕用の指向性爆弾を取り付けた。素早く兵士たちがその場を離れた数秒後、激しい振動と共に人がくぐれる程の穴が壁にあく。
基地への突入は、認証コードの問題から本来の通路を通れることはまずない。
その為建物を局所的に破壊する兵器が必須となるのだが、相手型もそれを見越して複雑な内部構造をとっていることがままあった。
アルファスは連絡をもとに内部地図を描き出しながら、いくつか細かい指示を出す。
「十七ブロックで待機しろ。迎撃機が来たらそれを破壊して来たルートを辿れ。
 その間に第二部隊は東側のルートで迂回させる」
あらかじめ決めておいたいくつかの手順から現状に即したものを指示すると、部下たちはそれぞれの役目に散っていった。
アルファスに同行する大尉が、遠くから轟く爆発音に耳をそばだてる。
「操手は退却を始めるでしょうか」
「おそらくはな。だがもうすぐ別働隊が到着する。俺たちはそこへ追い込んで行けばいい」
先行するアルファスの部隊とは別に、二つの有人小隊もこの基地へと進軍してきているはずである。
彼はそのうちの一つの指揮官がウーゴであることを思い出し片目を細めた。

指揮をしつつ彼は細い通路を右に曲がる。
だが次の瞬間、アルファスは隣の大尉を左手で押しのけた。空間を光条が貫く。
第二射までの僅かな間。彼は既に銃を抜いていた。
正確な狙いで発射された弾は、天井に張り付いていた迎撃虫を打ち抜く。
すんでのところで死を免れた大尉は、僅かに蒼ざめて床に落ちた赤子ほどの迎撃虫を見やった。
「気味が悪いですね」
「足が多いからか?」
今は動かない十本の足は、壁も天井も同様に移動することが出来る。記録されていない認証コードを持つ者を自動で攻撃するようになっているのだろう。アルファスは虫の目にあたる小さな受光窓を踏み砕いて進んだ。
この基地に有人戦闘部隊が配属されているという情報は入ってきていない。敵は全てが無人の迎撃機になる。
普段は基地に配備されている多くの無人機も、今は大半が帝国の本体に引き寄せられているはずだ。
操手たちも一応一通りの戦闘訓練は受けているだろうが、それはあくまでカリキュラムの一環でしかない。彼らは不慣れな技術で踏み止まって戦うことよりも、貴重な兵器である自分たちを逃がすことを選ぶだろう。
次第に見えてくる基地内部の構造をもとに、アルファスは隙のない采配で基地を制圧していった。
それは速度と圧力を兼ね備えながら、同時にほんの少しの穴を残している。
断続的に入る報告から、狙い通りそこに敵兵が向かっていると確認した男は無言で頷いた。
基地の通路は奥に進めば進むほど、壁が崩されあちこちにその破片が飛び散っている。
アルファスは外壁まで一気に貫通した大きな穴の前に差し掛かり、呆れ顔になった。
「何だこれは。さっきの爆発音はこれか?」
「敵の操手が至近で無人機を暴走させまして……」
その場に残っていた兵士は、怪我をしているのか足を引き摺りながらも敬礼した。
外から吹き込んでくる風が壁の粉を巻き上げる。辺りは何もかもが砕け散り、ひどい有様だった。
このような状態にもかかわらず報告が入ってきていなかったということは、こちらに犠牲がほとんど出なかったということなのだろう。床に飛び散った血の痕と、隅に転がる操手たちの死体をアルファスは一瞥した。
無残とも言える死の光景を、だがほとんどの人間は直に目にすることがない。
皆己の役割だけを直視し、他を向くことは許されない―――― そんな友人の言葉が彼の脳裏に浮かんだ。

断続的に聞こえる戦闘の音。
他の二小隊が基地に到着したという情報が通信機に入ってくる。
アルファスは自分の部隊がとりあえずの役目を果たしたことを知って息をついた。負傷兵をつれて、一旦引き上げようと踵を返す。
だが付き従っていた大尉が、足を負傷した兵士に肩を貸そうとした時―――― 彼ら全員の視界は不意に大きく撥ねた。
全身に叩きつけられる衝撃。耳が瞬間聞こえなくなる。
何が起こったのか分からぬ状況で、アルファスは床に叩きつけられる直前、反射的に受身を取った。
顔を上げると外壁のすぐ近くまで飛ばされてしまったらしい。元いた穴の方から誰かの呻き声が聞こえる。
「何だ……?」
至近で何かが爆発したとしか思えない状況。
けれど偶然が作用したのか彼の体に怪我はなかった。アルファスは用心しつつ起き上がる。状況を確かめ部下を助けようと、眩暈の残る頭を押さえた。
だが彼は、そこから前に進むことは出来なかった。
壁に開いた穴から、見覚えのある防護服の男が姿を現す。右手に軍用のサーベルを持った男は、アルファスを見て嗤った。
「今ので生きていたか。運のいい奴だな」
「……ウーゴ」
敵意の見える嘲弄。その様子から先ほどの衝撃がこの男のせいであることが分かる。
アルファスは瞬時に相手が味方でないと判断すると、辺りに意識を巡らせた。先ほどまで持っていた銃は吹き飛ばされた時、何処かに行ってしまったらしい。手元にあるものは厚刃のナイフだけで、彼は天を仰ぎたい気分に駆られた。
ウーゴは自分の有利を確信しているのか、同陣営の男を鼻で笑う。
「いいざまだ。命乞いの準備は出来たか?」
「そういうお前は狂ったのか?」
まさかこれほどまでにすぐ、直接的な手段に出てこられるとは思わなかった。
戦場で直接味方を攻撃するなど、目撃されればいくら下級貴族であってもただでは済まない。最低でも降格処分が下されることは確実だ。
しかしその暴挙を謗りたい以上に、アルファスはウーゴがそこまで愚かではないことを知っていた。
抱かれた疑いを裏付けるようウーゴは声を上げて笑う。
「お前が目障りだと言う人がいるんだよ。残念だったな」
「……はた迷惑な話だな」
誰だか分からぬその人物は、おそらくそれなりの地位を持つ貴族なのだろう。
カーティスは同じ貴族の間に何かしら不穏を嗅ぎ取って忠告してくれたに違いない。
笑うべきか怒るべきか―――― アルファスは馬鹿馬鹿しいと全て投げ出したくなる誘惑を、刹那覚えた。

民が戦場を見ないというなら、それ以上に何も見ていないのは一部の特権階級であろう。
彼らは、誰が自分たちの消費するものを日々生み出しているか、誰が国境の前線で命を費やしているか、そんなことは知ろうとはしない。見ているものはただ都合のよい狭い世界で、そこにおいて不快なものを駒を弾くように排除しようとするのだ。
そうして彼の父も排除された。

「まったく……苦労のない身分だな」
皮肉を込めて呟くと、敗者の戯言ととったかウーゴは喜色を浮かべた。
満悦の表情で、左手に卵型の手榴弾を取り出す。
先ほどもこれを使ってアルファスたちを弾き飛ばしたのだろう。本来ならば無人機に対して用いられる炸裂弾を、アルファスは緊張をもって見やった。
怯む様を面には出せない。だが、今この状況を覆す手もすぐには思いつかなかった。
背後からは冷たい風が吹き付けてくる。基地のすぐ横を通る崖から吹き上げてくるのであろう風は、仄かに水の香りがした。
いつの間にか呻き声は聞こえなくなっている。アルファスは少しずつ外に向けて後退し出した。
炸裂弾の至近にいてはまず肉片も残らない。時間か距離を稼ぐ必要がある。
近距離戦に持ち込めればまず確実に相手を下すことが出来るが、それはウーゴもよく分かっているだろう。
アルファスは事態を打開する切っ掛けを探して、もう一歩下がった。その分をウーゴは笑いながら詰めてくる。
悪意に満ちた嘲笑が乾いた風に乗った。
「お前の死体は路地裏にでも捨ておいてやろう。お前の父親がそうされたようにな」
最後の言葉。
だがウーゴは、その言葉がそのような結果をもたらすと予想出来ていなかったに違いない。
触れてはいけない引き金。
アルファスは下がる足を止めた。青い瞳が男を見返す。
「何だと?」
「もう忘れたのか? 薄情な息子だな。お前の父親が犬のように―――― 」
そこから先をウーゴは言うことが出来なかった。
二人の間に開いていた距離。それを、床を蹴ったアルファスはほんの数歩で詰める。
サーベルを構える間も与えず、彼のナイフは防護服の上からウーゴの《鍵》を貫いた。
驚愕に染まった男の目をアルファスは冷ややかに見下ろす。
「安心しろ。お前の死体はゴミ捨て場に捨ててやる」
「貴様……」
男の体内をイドが蝕む。
死への過程はみるみる青黒くなっていくウーゴの顔に現れていた。
床に崩れ落ちた男は震える手をアルファスへと伸ばす。
命乞いをするようにも見える仕草。だがその手には炸裂弾が握られていた。

死に行く男の顔が歪んで笑んだ気がした。
既に起動されたそれを、アルファスは間をおかず拾い上げる。
この場に炸裂弾を置いておくことは出来ない。彼は、姿の見えない部下が生きている可能性を捨てていなかった。
アルファスは灰色の外へ向かって走る。基地を出て目の前に見える崖下へと右手を振りかぶった。
しかし指先を離す最後の一瞬―――― 背後で大きな爆発音が響き、地が揺れ動く。
僅かに崩れた態勢。それは一秒を浪費した。
衝撃が音を奪っていく。

―――― つまらない死に方をする気がした。
それは彼の精神の奥底に時折ちらつく予感で、だが彼はずっとそれを無視してきた。
何故そんな予感を抱いたのか、根源を突き詰めれば彼自身の手で大事なものを壊してしまう気がしたのだ。
冷え切った路地裏で父を探したあの日のように。

だからアルファスは、自分の体が崖下の川に落下した時も、その予感を肯定しようとはしなかった。
全身を浸す冷たい水。激流に消えていく意識を委ねる。
目を閉じれば全てが暗く、そこには他に何もなかった。
ただ闇の中から伸びてきた白い腕が、彼をそっと抱いた気がした。