鳥籠の女 21 - 悠久を収めし櫃

mudan tensai genkin desu -yuki

戦闘の第一報が基地にもたらされたのは、夜が明ける約二時間前のことだった。
更にその三十分前から哨戒機によって第一級警戒態勢が敷かれていた基地は、慌しい動きと共に予定されていた迎撃へと入る。
無人機が入り込むほどの広さがない北東地下通路に、叛乱軍の有人部隊が突入してきたと聞いて、アルファスは緊張と高揚を抱いた。
すぐに予想通り通路への出動命令が出され、彼は部隊を率いて地下を移動し始める。
今までのラディクの戦法からいって、有人部隊はまず通信系統を狙ってくる可能性が高い。そしてその後は操手を無力化しに出てくる。アルファスはその為、同じく地下にある帝都の第三通信基地と北東水路を繋ぐルートを選んで部隊を進めた。叛乱軍が監視カメラの回線を妨害しているということで、小型の哨戒機を先行させながらその後を追う。
半分は手動コントロールである哨戒機は、野外の戦場ではあまり役に立たないが、このような通路ばかりの場所では充分に意味がある。アルファスの部隊に二人だけ属している操手技能を持った兵士は、小型端末で地下通路の地図を確認しながら、天井を伝う哨戒機を移動させていった。その報告を聞きながら、アルファスは部隊の進行速度を指示する。
迅速な移動。しかしその動きがいつもと同じでも、立ち込める空気は異なっていた。
本当に叛乱軍と戦うことが正しいのか、困惑を窺わせる兵士たちの気配に、アルファスは苦笑したくなる。
彼らはいつも通り振舞おうとしながら、しかし何処かで真相の把握と、それに基づく行動を望んでいるようだった。
口にしたくとも出来ぬ無言の問いを背中に感じて、アルファスは息をつく。
もし指揮官として部下からの信頼も篤い彼が、一言部下たちに「こうしよう」と言えば、彼らはそれで安堵するのかもしれない。
しかし今回の件に関しては、アルファス自身いまだ結論が出せずにいるのだ。
一体どうすればいいのか、彼が助言を貰いたいくらいである。アルファスはつい耳馴染む女の声を呼び起こした。
決着がつくまでもう関わらないと言った彼女。
それが彼女が、「人ではない」がゆえのことなのだろうか。
彼は彼女が呼び起こした人同士の戦争を目前にして、その意義を思う。

前例のない叛逆は、今のところその規模と速度に反して犠牲者は少ない。
それはいざ戦闘が始まると、帝国軍の中に戦う前に降伏する、或いはラディク側に寝返る者が少なくないせいであろう。
そしてそれ以上にラディクは、どの戦闘でも有人部隊を巧みに使って操手たちの無血拘束を為しえており、無人機戦はあれども有人部隊同士の衝突はここまで起きてはいなかった。
今回初になるのであろう人同士の戦闘。この結果は、どちらが勝とうとも歴史に刻まれることになるのかもしれない。
アルファスはそのことに緊張と忌避を覚えつつ、だが少しだけラディクと競ってみたいという衝動に駆られた。
帝国軍同士の戦闘。かつての同軍と戦うという事態はまた、知人と実戦において勝敗を決するという禁忌の誘惑をも孕んでいる。
かつて決められていた敗戦を覆した男、英雄とまで言われた男と比べて自身の指揮がどこまでのものなのか、アルファスは詮無い思考に耽りかけた。
彼は次の報告を聞いて進むルートを変更させる。複数動かしている哨戒機のうちの一つが、登録にない哨戒機を発見したというのだ。
これは間違いなく相手方が動かしているものだろう。アルファスは哨戒機を動かす兵士に命じた。
「その哨戒機を後退させろ。向こうの哨戒機の反応を見る。向こうは気付いたか?」
「おそらく角度的にまだ発見されていないと思われます」
「ならあと五分発見されない位置取りを続けろ」
普通の操手にこの命令は酷かもしれないが、当の兵士はアルファスとの付き合いも長く、彼の指揮や命令に慣れきっている。自信に満ちた表情で了承する部下に彼は頷いて返した。手に持った短機関銃を見下ろし、頭の中に地図を広げる。
通常であれば哨戒機は進軍ルートを先行させる為、普通に考えると敵の有人部隊は哨戒機の後を追ってくることになる。
しかしアルファスは、ラディクがまさにその常識を利用して、今までに何度か哨戒機を囮に使ったこともあると知っていた。
彼はその哨戒機を動かせる範囲から、通信基地へと向かうことの出来る別のルートを割り出しそちらに部隊を向ける。
有人部隊同士の戦闘を避けて操手部隊を狙うことを繰り返してきたラディクは、今回もそう出ると踏んだのだ。
指定した五分の間にアルファスは哨戒機を通じて周辺の状況を把握する。そして己の推測を強固なものとすると、再び兵士に命じた。
「このルートを先行してる哨戒機を退かせろ。で、先程の哨戒機はわざと向こうに発見させる」
「かしこまりました」
これでアルファスの読みが外れていなければ、事前の状況は五分以上であろう。
少なくとも相手は同じルートを敵が近づいてきているとは知り得ない。アルファスは念の為、他のルートの哨戒もさせながら、相手方との遭遇に備えた。
人間の五感のみに頼る原始的な遭遇戦。だが遭遇すると分かっている人間とそうでない人間とでは、有利さも異なる。彼は冷徹な視点を以って、部隊にその旨を伝達した。
普段の作戦時とは違って列の前方で指揮するアルファスに、彼らは異例な事態を認識しつつも進んでいく。
その部下たちを軽く振り返って―――― 彼はまた、迷いに襲われた。
本当にこのまま戦ってもいいのか。対人戦闘を避けようとしているラディクの軍に、自分の部隊をぶつけていいのか。
逡巡のせいか進む速度が若干緩み、隣にいた部下が怪訝な表情になった。
「中佐?」
「……いや」
もし全てが本当にティナーシャの言うとおりなのだとしたら、自分たちはとうにいない神の遺志に追従しようと踊らされていることになる。
アルファスは苦々しさに顔を顰めると、軽く舌打してそのまま足を止めた。






「結局あの男はお前の情報を信用しなかったのか」
帝都北東部地下に置かれた簡易本営。そこから二つに分けた自軍の指揮を執るラディクは、背後に佇むティナーシャに声をかけた。
女は呆れ顔で答える。
「普通信用しませんよ……。あからさまに怪しいじゃないですか」
「信用されてないな、お前」
「さりげなく嫌な感じに言い直さないで下さい。事実ですけど」
平然とした様子の女は、今日は体に添う白いドレスを着ていた。あちこちに不思議な紋様が銀糸で刺繍された服。
遠い別大陸では魔法着と言われるそれがどのような意味を持っているのか、ラディクは知らない。
彼は短剣だけを装備した女を振り返り、皮肉げに笑った。
「それで、お前は俺があの男を殺してしまったらどうする?」
「殺せないからどうもしないです」
「大した自信だな。人はつまらんことで死ぬぞ?」
再度のからかいに、けれどティナーシャは無表情で沈黙しているだけである。
男は興を殺がれて指揮卓のモニタに向き直った。数秒後、忌々しげな唸り声が彼の口から洩れる。
ティナーシャは腕組みをしたまま興味なげに問うた。
「どうかしましたか?」
「……有人部隊を閉じ込められた」
哨戒機を囮とし、別ルートを迂回させていた有人部隊。
その部隊がいつの間にか進軍路を特定されていたらしく、向かう先の通路が爆破され進行不能にされてしまったのだ。
しかもそれだけではなく、退路も同様に爆破されたという。
崩落した二箇所の間で閉じ込められたらしい部隊の位置を、ラディクは苦い表情で確認する。
裏をかかれたことによる苛立ち。血を沸かせるような感覚を、女の声が冷やした。
「で、どうするんですか? 遊兵をそこに置いておくんですか?」
閉じ込められた部隊がいる通路は、壁が厚すぎて手持ちの爆薬では脱出出来ない。それを知って聞いてくるティナーシャに、ラディクは冷静さを取り戻すと素早く決断する。
「いや、無人機を向かわせる。あとで通路を修繕するのは面倒だが、道を拓かせて貰おう。
 通信基地には別の部隊を向かわせる。―――― あとは、市民次第だな」
「そうですか」
彼女はそっけなく息をつくと、近くの壁に寄りかかった。細められた黒い瞳が報告の入り続けるモニタを眺める。






叛乱軍との衝突を避け、通路を爆破する形で封じ込めたアルファスは、それを本軍に伝えると第三通信基地間際まで部隊を下がらせた。
ラディクの救援を迎撃するにしろ、閉じ込めた有人部隊を捕らえるにしろ、その実行は無人機に任せた方がいい。正面から向き合えば、人間はまず無人機に太刀打ち出来ないのだ。
だからこそ有人部隊の指揮官には戦況を見極める目が求められるのだが、アルファスの部隊は彼への信頼以上に、衝突を回避し得たということ自体に安堵したようだった。
そこかしこに見える不安に、彼は改めて状況の不味さを感じ取る。通路を移動しながら、アルファスは小声で傍を走る部下に問うた。
「ラディク公の方が正しいと思うか?」
《鍵》を巡る共通意識の瓦解。その渦中に放り出された彼らは、一瞬困惑混じりの視線を交し合った。
部下の男は気まずげな目を伏せて苦笑する。
「分かりません。誰か正解を教えてくれりゃいいのに、って思ってますが」
「……確かに」
皆が皆、迷っているような気さえしてくる。
ゲームの盤上に乗せられた彼らは右往左往し、何処へ進めばいいのかまったく分からないのだ。
ラディクが為そうとしているように、皇帝を廃して偽りを全て取り除けばいいのだろうか。それで全てが片付くのか。
アルファスは目の前に呈される任務より先のことを思う。

だがしかし、一介の士官に出来ることなどたかが知れている。
仮に皇帝に叛するとしても、自分の部隊をそれに巻き込むことは出来ない。
アルファスはとりあえず出来うる限り人的被害を抑えようとだけ、自身の行動を目的付けた。
未だ敵の手の届いていない第三通信基地まで後退し―――― しかし彼は、そこで頭の痛い知らせを聞く。
「市民が蜂起した?」
「そのようです。ラディク公に同調した人の波が宮殿に押し寄せているとか……。
 おかげで地上は、両軍とも無人機が動かせる状態ではなくなっています」
通信兵の困り果てたかのような声に、アルファスは地下通路の天井を仰いだ。
今いる地下から数階分は上にある地表。そこで起きている混乱を想像し、彼は前髪を乱暴にかき上げたのである。