鳥籠の女 27 - 永遠の女

mudan tensai genkin desu -yuki

帝国を覆した叛逆。
それは叛逆の首謀者であったラディクが即位し、新体制を築くことでひとまずの決着を見た。
ようやくあちこちの修復が終わった宮殿は未だ、一新された政の為に慌しさが満ち満ちている。
叛乱時に帝国軍側として戦った兵士たちは、皆一旦拘束された後、簡単な審問や審査を受けてそれぞれの道へ振り分けられた。
その中には新帝国の軍人として再編成された者もいれば、強固に旧帝国への忠誠を捨てず、牢に繋がれたままの者もいる。
そして彼らの中でもっとも不分明な立ち位置にいるアルファスは、一ヶ月の謹慎が明けたその日、皇帝の執務室に向かっていた。
厳重な警備が敷かれる中、身体検査と監視を受けて、彼は皇帝のいる部屋のドアをくぐる。
そこにいた男は、アルファスを見て笑った。
「久しぶりだな」
皺だらけの顔、皮肉げな微笑はそれまでとまったく変わりがない。
彼は、旧帝国最後の日にラディクに殺されたとされる老皇帝その人だった。



新帝国の旗手として選ばれ動かされていたラディクが、「永遠」を欲して排除された後、それを詫びたティナーシャが施したものは「老皇帝をラディクに見せる強力な暗示」であった。
それは間違いなく異能の一種であるとは思うが、彼らには詳しい仕組みは分からない。
ただ皇帝は己の体そのままだというのに、誰から見てもラディクに思えるようなのだ。
例外はただ一人、術が施された時に居合わせていたアルファスだけである。
老皇帝は人払いをすると「老体に改革の仕事は堪えるわ。死んでいた方が余程楽であった」と本来の口調でぼやいた。
アルファスは黙って頭を下げる。
「調子はどうだ? そろそろ頃合もよかろう。やる気があるならば仕事は山ほどある。そうだ、軍属を辞め政務官にならぬか?」
「ありがたいお言葉ではありますが……」
「そうか」
体制が変わった後の帝国は、課題が山のように積まれている。
問題となった《鍵》は全ての臣民を対象にして順に取り除く手術が行われ、代わりに人々は生体コードの登録と認証によって情報管理されることになった。
報道機関は新皇帝から発された事実発表をこぞって取り上げ、長い帝国の歴史の何処から、そのような内密の管理が始まったのか振り返る。
医者や研究者たちが公開された《鍵》の一部に飛びつき、人々がその分析結果を固唾を飲んで見守るような夜明け。
全ての人間が興奮し、走り回っているような時代は、おおむね人々に歓迎されて動き始めていた。
―――― けれどその分、周辺国との軋轢は遊戯を越え、いまやあちこちの国境で一触即発の事態となっていたのではあるが。

「結局あの女は、おぬしに最初から何も返す気はなかったのだろうよ」
白濁したお茶をすすり、老皇帝は呟く。
あの女が誰であるかなど問うまでもなかった。アルファスは訝しげに眉を寄せる。
「小官に返す? で、ございますか?」
「あの剣、あの女が扱うには長すぎると思わなんだか?」
言われて初めて、アルファスは彼女が取り戻していた剣のことを思い出す。
美しい両刃の長剣。確かにあれは、小柄な彼女が振るうには少しあまるものに思えた。
だがそれが何を意味するのか、アルファスには分からない。皇帝はそのような困惑を見て取ったのか、ふっと笑った。
「永遠を生きる存在とは、すなわち不死ではないのだ。 何度も生まれ死に、歴史を渡っていく逸脱者――――
 だが今回はそうして死した際に、異質の異質たる力を奪われてしまったのだろう? あの虫と女の口論をよく思い出してみよ」
まるで教師のような口振りに、アルファスは正体の知れぬ落ち着かなさを抱く。
しかし彼は素直に、耳に挟んだ会話の断片を思い起こした。頭の中でそれらを整理していく。

もとは人であった女。
「お前たち」と複数で語られていた異質。
そして「遺志」は、彼女を殺してその力を「同様に」抜こうとしていたのだ。
ならば、あの剣は

答はゆっくりと一つのものとして組みあがっていく。アルファスはぽつりと呟いた。
「あれは、あいつの力ではなかった……」
彼女のものでないのなら誰の力なのか。誰の記憶で、誰の運命であったのか。
分からないことではない。想像すればそれは明らかだ。
彼女はあの時、彼の記憶がもうないことを知って、その目覚めぬ運命に泣いていたのだから。



鳥籠は既にない。
ラディクとして振舞う老皇帝はそれをもはや壊してしまっていた。
彼が何を思ってそれを為したのかは分からないが、鳥はもう何処にもいない。
アルファスはかつてあの場所で、格子の影を浴びて微笑んでいた少女を思う。
いくつもの表情を、何色もの感情を彼に向けていた女。彼女は結局最後まで、本当のことを彼に教えなかった。
皇帝の声が、風のように室内を滑っていく。
「ラディクはまだ若くあったから永遠などに引かれていたようだがの。儂は御免だ。
 どれ程の生であっても最後には終わりがあると思えば、気も楽になるであろう?
 終わりなき生などただの苦悶にしか思えぬ。人はそれ程強くはない。そうではないか?」
「……ええ」
老皇帝のように特異な数十年を送ってきた人間ではないが、アルファスも「永遠の生」など不要だと考えている。
人には人の生き方があるのだ。その最後に必ず待っている死とは、決して負だけを意味する訳ではないだろう。
そして彼女もきっと、そう思っていた。
その彼女にとって、彼が「ただの人間」に戻れたこの機会は、二度とない好機に感じられたに違いない。
だからあのような聞き方をしたのだ。―――― 否定されることを分かっていて。

アルファスは嘆息と共に目を閉じる。
いつか聞いた御伽噺。
愛する片翼を探し世界を彷徨う魔女は、もうその相手を探すことはない。
ただ彼が人の幸福を得ることを願って、一人歴史の影へと消えていくのだ。