黒猫を探せ! 2011ハロウィン企画

mudan tensai genkin desu -yuki

―――― 『ハロイン』という祭りがあると、昨年聞いた。
それはカボチャやお菓子を、魔女の黒猫が振舞うという異世界の祭りらしい。
暦を眺めていてそんなことを思い出したティナーシャは、飲みかけのお茶を置くと背伸びをする。
「ちょうどファルサスに行こうと思ってましたし……振舞ってみますか」
思いついたら即実行だ。引き出しをひっくり返して小さな袋を取り出した彼女は、それを少し繕って猫の体で背負えるようにする。
小さなカボチャをぎゅうぎゅうと袋に詰め込んで、最後に猫になった。
「よし、行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」
命じられた通り、猫の背に袋を背負わせたリトラは、手を振って主人を見送る。




カボチャを振舞うなら、まず祭りについて教えてくれた当人のところだろう。
袋を背負った子猫は、女官の黄色い声援を受けながら厨房に滑り込んだ。目当ての人物を見つけると、その服の裾を咥えて引く。
「あれ、ティナーシャさん」
「はっぴーはろいん!」
「……………………ああ。ハロウィンですか。なんかカルチャーショックで一瞬頭が真っ白になりましたよ」
「大分こっちの世界に染まってますね」
厨房台に飛び乗ったティナーシャはじたじたと暴れたが、どうしても自分で袋を下ろせない。
仕方なく「中身を出してください」と雫に懇願してカボチャを出してもらった。手のひらサイズのカボチャに雫は目を丸くする。
「可愛いですね」
「差し上げます」
「ハロウィンってそういうお祭りでしたっけ……」
しきりに首を傾げる女は、だが礼を言ってカボチャを受け取ると、代わりに薄い箱を差し出した。
「ではお礼に。お菓子です」
「チョコだ!」
カボチャでチョコがもらえた。これは大収穫である。
ティナーシャはほくほくと厨房を後にする。


前足で箱を抱えて二足歩行をしてみたが、どうしてもこの歩き方だと目立ってしまう。
人目につかぬよう窓辺に座ったティナーシャは、猫の前足で器用にチョコを食べ始めた。
だが日差しが強い為、持つ端から溶けてしまう。三つ食べたところでティナーシャは茶色くなってしまった手を眺めた。
「……もうちょっと日陰行きますか」
箱を抱えなおして窓の桟を歩き出す。
けれど歩き出して間もなく、「あ」という声にティナーシャは足を止めた。見ると、開いた窓越しに一人の魔法士がまじまじと彼女を見ている。
ティナーシャは前足で抱えていた箱を置くと、四足歩行に戻った。
「みゃー」
「甘党の猫?」
二速歩行の猫を見ても動じないとは、なかなか太い神経を持っているようである。
そう言えば、雫の夫であるこの男と猫の姿で会ったことはほとんどなかったかもしれない。
あったとしても、普通の人間は猫の見分けをつけることは難しいだろう。
エリクは少し考えると、机の下から飴袋を取り出した。
「飴も食べるかな。もらったけど僕は食べないから」
ファルサス土産、とでかでかと書かれている袋は、一体何処の店で買われたのだろう。
ティナーシャがしみじみと考え込む間に、男は背中の袋を開けてからっぽの中に飴袋を無理矢理押し込んだ。
お菓子を追加された猫は、ぺこりと頭を下げて移動する。


落ち着いた場所は中庭の日陰だ。
ようやくのんびりチョコが食べれると、ティナーシャは箱を開けた。
青草の上に座って、一つ一つもきゅもきゅ口に運ぶ。
しかし食べ始めてまもなく、不吉な人影が彼女の視界に入った。
「お、猫がいる」
かけられた声と同時に伸びてきた腕。ティナーシャは、はっとして箱をかかえた。そのまま短距離転移する。
突如物陰から現れたラルスは、掴み損ねた猫を見てにやりと笑った。
「追いかけっこか? よし遊ぶか」
「嫌ですよ! ほっといてください!」
「捕まえたら猫鍋にしてみよう」
「いっぺん半殺しにしますよ! この馬鹿王!」
遊びに来て出汁を取られるなどという事態はまっぴらだ。
ティナーシャは箱を抱えたまま庭を走り出した。しかし二足のせいかすぐ追いつかれそうになる。
「あーもう!」
瞬間的に組んだ破砕の構成。
加減に加減を重ねたそれを、ティナーシャは振り返りざま男へと打ち出す。
だがその時既にラルスの手は、彼女の首の後ろを掴んでいた。近すぎる距離に黒猫は目をまん丸にする。
「って、馬鹿―――― 」
結果として二人とも吹き飛んだ。


手加減した魔法で死ぬことはないが、チョコはばらばらになってしまった。
吹き飛んだ破片を浴びてチョコまみれになってしまったティナーシャは、べそをかきながら庭を歩いていく。
「も、もう帰ろうかな……」
ちょっとだけお祭りがしてみたかっただけなのだが、なんだか悲しいことになってしまった。
だが帰るにしてもチョコまみれの状態はなんとかせねばならないだろう。
そう思った時、彼女はひょいと後ろから持ち上げられる。
「出かけたきり帰ってこないと思ったら何してるんだ」
「オスカー!」
こんなところにいるということは、妻の様子を見に来たのかもしれない。
夫にぺたりと抱きつこうとしたティナーシャは、しかしチョコだらけの体にハッとなった。
おそるおそるオスカーを見上げる。
彼は、まじまじと子猫の全身を眺めていた。
「―――― よし、洗うか」
「いやあああああああああああああああ!!」
「なんでまたチョコまみれになってるんだ! それでどこか汚したりしてないだろうな!」
「やだあああああ!! もうやだあああ! ファルサスがいじめる!」
「今更何を言う! ほら、荷物下ろせ!」
ティナーシャは袋をはがされ散々に洗われた。
泣いている彼女にオスカーは袋を元通り背負わせてくれたが、不条理感は拭えない。ティナーシャは「家出してやる!」と叫んでそのまま走りだした。
途中で庭の草花を咥えて摘んだ彼女は、ファルサスから長距離転移する。


明確な目的地があったわけではない。
ただ隣国に転移した際、大きな溜息が聞こえてきた。だからその部屋を覗き込んだのだ。
見覚えのある男が、鏡を前にうなだれているのを見つけたティナーシャは、大きく首を傾げる。
「どうかしたんですか」
「……またお前か」
どうやらこの男は、彼女のことを幻覚か幻聴かと思っているらしい。
心的疲労に起因する頭髪の減少が問題か、と聞きかけて、ティナーシャは口をつぐんだ。代わりに咥えていた草花をその場に置く。
「元気出してください。身体的なことなら魔法薬でどうにでもなりますし。ええと、頭とか」
「髪に限定するな」
「そうは言っていなかったんですが」
どうやら男にとってそれは、触れて欲しくない話題のようだ。
ニケはもう一度大きく溜息をつくと、黒猫の視線に気づいて「これをやるから、もう帰れ」と水晶玉を放ってくる。
お菓子ではないが、くれるというのだからもらってもいいのだろう。
彼女は水晶玉を前足で抱え込むと、「髪を大切に」と挨拶して部屋を出た。


背中の袋には、飴袋がずっしり入っている。
水晶玉を袋にいれようとしてそのことを思い出したティナーシャは、荷物の処置に困った。
「一回帰った方がいいですかね……」
そうは言っても家出宣言をしてきてしまった。もし夫に見つかりでもしたら居心地が悪いことこの上ない。
悩んだ黒猫は、しかしあることを思いついて、ぽふと両手を叩く。
「そうだ。飴をあげればいいんですよね」
幸いこの国には雫の友人がいる。彼女の夫に貰ったものを横流ししても問題ないだろう。
もともとのハロインもそういうお祭りだったはずだ。
ティナーシャは窓の桟を走って女王の執務室に辿りつくと、隙間から中へと入り込んだ。
水晶玉を床に置いて、音もなく机の上に飛び乗ると、オルティアは目を丸くする。
「猫? 窓から来たのか?」
―――― 彼女の前では人語を話すわけにはいかない。
ティナーシャはじたばたと背中を振ると、苦心して中から飴袋を落とす。落とそうと振り回しすぎて、中身がばらばらに散ってしまったが、それくらいは猫だから大目に見て欲しい。
唖然としたオルティアは、しかし飴袋に書かれていた字を見て、思い切り嫌そうな納得の顔になった。
「そうか……ファルサスの猫か」
「……みゃー」
ファルサスだから、という点で何もかも納得されてしまう嫌さは、ティナーシャにも身に覚えがあるものだ。
改めてうなだれる猫に、しかし美しい女王は溜息を一つつくと、己の髪から小さな髪飾りを引き抜く。
「褒美だ。持って行け」
青石をはめ込んだ髪飾りは、王族の装飾具とあって高価なものであるらしい。
ティナーシャは持って行っていいものか迷ったが、逡巡している間にオルティアは床の水晶玉に気づくとそれを拾い上げた。
「お前のか。失くすなよ」
飴の代わりに背の袋に水晶玉を入れられる。髪飾りはほわほわの毛で上手く止まらなかったが、ティナーシャはそれを咥えた。
「気をつけて帰れ」
ある程度の異常事態にも慣れきってしまったような声を背に、黒猫は女王の執務室を後にする。


色々あったが、もらったりあげたりの取替えっこは楽しい。
次第に気分が上向いてきたティナーシャは、転移を繰り返して遠い町の郊外へと辿りついた。
誰も自分を知らないであろう場所で、のびのびと散歩をする。
見知らぬ場所で開放的な気分になった、というのもあるかもしれない。
小さな町から外に出た彼女は、空中をとたとたと駆け上がり始めた。ちらりと視界の隅に青年の姿が小さく見えたが、この距離では視認も難しいだろう。
気にせず空を歩いていた彼女は、しかし「え? 猫さん?」という声に、びくりと身を竦める。
見ると下の木陰に、一人の女が座って彼女を見上げていた。おそらくかなりの魔法士だ。結構不味い。
「あ、あ、髪飾りが」
驚いた拍子に咥えていたものを落としてしまったが、この距離なら彼女が拾うだろう。むしろ取りに行って見咎められたくない。
ティナーシャは、先ほどの青年が近づいてくるのを振り返って確かめると、その場から転移して消えた。


「という感じであちこち回ってきたんですよ」
「へえ」
ぐるりとあちこちを回って戻ってきたのは友人の家だ。
もうお菓子も持っていないティナーシャは、背の袋をルクレツィアに下ろしてもらうと息をついた。
「あ、それあげます」
「水晶? ちょうど欲しかったのよ。実験器具が壊れちゃって」
「ならよかったです。これで全消化ですね」
カボチャ一個から始まった遊びも、無事収まるところに全て収まった気がする。
猫舌のためお茶が飲めないティナーシャは、テーブルの上で丸くなった。
そろそろ姿を戻そうかと思った時―――― 目の前に菓子袋が差し出される。
「じゃ、お礼にお土産」
「……これ中、何か入ってますよね」
「さあ?」
白々と返されたが、薬入りであることは明らかだ。
こんなものを貰っても誰にもあげることは出来ないし、自分はもっと要らない。
突きかえそうとしたティナーシャは、けれどあることを思い出し尻尾を立てた。
「ルクレツィア、それ袋に入れて背負わせてください」
「いいけど。なんで猫を貫いてるのよ」
「そういうお祭りなんです」






帰って来た彼女を見て、オスカーは「なんだ、ちゃんと帰って来たのか」と笑った。
ぐりぐりと頭を撫でられながら彼女は喉を鳴らす。
「お土産があるんですよ。お菓子」
「菓子? お前が焼いたのか?」
「そうです」
背の袋を下ろした夫が、中から焼き菓子を取り出して食べるのを、ティナーシャはじっと眺める。
焼きたてのよい香りをさせる菓子がたっぷり五枚程減った時、彼女は初めてくすくすと笑った。
「美味しいですか?」
「美味い。けど珍しい味だな」
「本当はルクレツィアが作ったものですから」
「……………………は?」
「今日は洗ってくださってありがとうございました。折角ほわほわなんで、今日はこのままで寝ますね」
「……………………」
言葉を失くす夫に背を向けて、ティナーシャは大きな欠伸をする。
―――― 色々あったが、おおむね充実した一日だった。また来年やってもいいかもしれない。
ただ次回があるなら、ファルサスは避けて通った方がいいだろう。
ティナーシャはすがすがしい気分で毛づくろいをすると、寝室へ向かう。
後に残されたオスカーは、我に返って焼き菓子を処分すると「……俺が悪かったのか?」と呟いたのだった。



「ティナーシャ、戻らないのか?」
「好きなだけ肉球触っていいですよ」
「いや、正直ちょっと気が触れそうなんだが」
「尻尾触っていいですよ」
「…………」
「あと十分くらいはおしおきです」