曇った刃 011

禁転載

「盗賊? が来る?」
「そそ。街の相談役……つっても領主の甥にあたるから実質貴族か? そいつのところに予告状が来てさ。
 どうも差出人は、最近いくつかの街で金持ち狙って盗みを繰り返してる賊らしい。
 で、びびった相談役があちこちに護衛を雇うって募集かけて、俺もそれに乗ったって訳。ちょうど金が必要でさ」
ケグスと名乗った男はそこで運ばれてきた皿に手を伸ばすと、串肉を食べ始めた。呆気に取られるアージェに「お前も食えよ」と皿を指す。
アージェは頷きはしたもののお茶のカップを手に取っただけで話の続きを促した。
「それで馬車が来ないと困るっていうのは……」
「ああ。で、事前契約はおやっさんの名前で取ったからさ。おやっさんが来ないと俺だけじゃ撥ねられるかもしれないんだ。
 で、困ってたんだが、お前さぁ」
男の目がアージェを捉える。
ここからが話の本題だということはいやがおうにも感じ取れた。
平静を装ってお茶を飲む少年にケグスはあっけらかんとした笑顔を投げかける。
「お前さぁ、おやっさんの息子ってことにしてくんない?」
―――― あまりにも無責任かつ無茶苦茶な頼みごと。
それを聞き終わり理解したアージェは、口の中のお茶を飲み干すと「はぁ!?」ともっともな叫びを上げた。

傭兵の多くは根無し草であり、ほんの一部を除いて名など知れていないに等しく、その為実力に付随する信用もない。
だからこそ彼らは、仕事の度ごとに雇い主に自分の腕を認めさせ、金銭を得てそれに応えなければならないのだが、ケグスの言う「おやっさん」は名の知れたごく一部に属する人間なのだという。
だが「おやっさん」の名を得て契約を取った仕事も、その本人がいなければ破棄される恐れがある。
そこで困り果てたケグスが出してきた解決案は、アージェを「おやっさん」の代理、つまり息子として今回の仕事の相棒にするという無茶なものだった。

「けどそれって詐欺じゃ?」
「そう言うなよ。傭兵の価値は仕事の結果で決まるんだ。
 俺は今回一人でだってちゃんとやる自信はあるけど、まずその機会をもらえなきゃ仕方ないだろ。
 誰かに迷惑かけるわけじゃないから、ちょっと付き合ってくれよ」
「ある意味迷惑だと思う……。それにすぐばれるんじゃ? 有名な人なら子供がいるかどうか広まってると思うんだけど」
「若い頃は無茶苦茶な人だったらしいから大丈夫。俺じゃ年齢的にちょっと無理があるけど、お前ならぎりぎり通るって」
報酬は払うから、と言われてもアージェは気が進まない。
誰が損をするわけではなくても、詐欺まがいの行為には変わりないと思うからだ。
第一有名な傭兵の子供を演じきれるかどうかも不安である。彼は断りの言葉を口にしようと、カップをテーブルに戻した。
だがケグスは一瞬早くその気配を感じ取ったのか、慌てて身を乗り出してくる。
「そう言うなよ。お前が何とか契約を持たせてくれれば、後からおやっさんが間に合うかもしれないんだし。
 さっき助けてやったろ? なんだったらお前の道中しばらくああいうのに引っかからないよう面倒見てやるからさ」
「……うーん」
それを言われると弱い。確かにケグスに助けてもらったことは事実なのだ。
もしあそこで財布をすりとられたままなら、出発してすぐ家に戻るという情けない結果になってしまっていただろう。
アージェは深い溜息をつくと運ばれてきたスープに目をやった。
薄緑色をしたスープはあまり匂いも感じ取れないが、浮かんでいる根菜はよく味がしみこんで美味しそうである。
少年はケグスが適当に注文したうちの一つ、そのスープを手元に引き寄せると頷いた。
「あー、じゃあ、分かったよ。でもちょっとでも疑われたらそこまで。向こうが代理を渋っても。
 そうなったらそれ以上協力は出来ない、ってことでいい?」
「ああ、それでいいよ。助かる」
男はアージェの譲歩を受けてぱっと嬉しそうな顔になる。
話がまとまったせいか、あらためて彼は並べられた料理に手をつけようとして、けれどすぐスープを黙々と飲み始めたアージェに目を丸くした。
「……お前、それ辛くないの?」
「少し。でもめちゃくちゃ美味しい。これは嵌まる」
ケグスの腕が下敷きにしている品書きには、そのスープの後ろに「激辛注意」と記されている。
実際彼も一度飲んだことがあり、あまりの辛さに一口で放棄した代物なのだ。
だが今回は半ば冗談、話の種として頼んだものであるにもかかわらず、アージェはまったく表情を変えずに匙を進めると、結局最後まで飲みきってしまった。 そしてそれだけでは飽き足らず、皿を下げに来た店の女将に作り方まで聞く少年を見て、ケグスは「お前すごいな……」と感想を洩らしたのである。






アージェは実際、かなりの確率で嘘を見破られるか、子供の代理に難色を示されるのではないかと考えていたのだが、その予想はあっさり裏切られることとなった。
街の奥まった場所にある広い屋敷。その入り口で雇い上げた傭兵たちに簡単な面接を行った男は、ケグスの説明を聞いて眉を顰めたものの、少しの注意を加えただけで二人を中へ通してしまったのだ。
意外な展開に呆気に取られるアージェは、ケグスと並んで次に指定された部屋へ向かう。
初めて足を踏み入れる富裕層の屋敷に、彼はついきょろきょろと辺りを見回したくなったが、「堂々としてろよ」と釘を指されたので、首を固めて正面を向き続けた。そのままの姿勢を保ちながら小声で問う。
「賊って今日来るの? 明日?」
「今夜って話だ。予告状だか何だかが送りつけられたんだとさ。
 で、最近あちこちで盗みを働いてるのに捕まってない盗賊ってことで、慌てて人手がかき集められたってわけ」
「捕まってないって。そんなの捕まえられるの?」
話を聞くだに厄介そうな相手だが、どうにかなるのだろうか。
アージェはケグスの「自分一人でもちゃんとやれる」という言葉に改めて不安を感じたが、首の角度からして男の表情を確かめることは出来ない。素直に前を向き続ける。
だが少年の心配とは別に、ケグスはあっけらかんとした声で「いけるって」と返してきた。
「俺、盗賊の手口、大体知ってるから。こういう仕事なら他の傭兵より役立つんだよ」
「手口を知ってる……?」
「そう」
ケグスは軽く頷くと頭の後ろを掻く。その返答の短さには初めてばつの悪さが垣間見えたが、アージェは突っ込んで尋ねる気にはなれなかった。
思えば財布をすり取られた時も、ケグスであったからこそ見咎めることが出来たのかもしれない。
少年はただ無言で頷くと長い廊下を進んでいく。
傷一つない白い廊下。腰に佩いた剣が少しだけ、それまでより重く感じた。






ケグスは屋敷の主人を「街の相談役」と端的に説明したが、それは要するに領主とこの街を繋ぐ橋渡し的な存在であるらしい。
マクランという名の主人は四十代半ば、この街を含めて辺り一帯を支配する領主の甥にあたる。
この街は、同じ領主の支配下にある他の町々よりも自治の度合いが強く、ほとんどのことは町議会で決められるのだが、それとは別に人々が領主に納める貢納と、領主から街に与えられる援助や保護が存在している。それらの行き来を管理するのがマクランの仕事なのだ。
彼は街の人間から貢納を集めると共に、彼らから要望を聞く。
そしてそれを伯父である領主に渡し伝え、要望が通れば領主から物資や技術者―――― 例えば井戸を掘る為に必要な人員と道具、資金などが街に与えられるのだ。
戦乱が絶えないこの大陸では優秀な人材は国の管理下にあることが多く、領主などの力を借りなければ、なかなか技術者や魔法士の招聘は難しい。
その為、街の人間たちは自分たちでは難しい案件を、領主と彼に繋がるマクランに頼ることで解決することが常となっていた。



「というわけで、この屋敷には現在街中から集められた貢納金が結構あるのですよ。で、それが賊に狙われていまして」
「はぁ」
苦笑してかぶりを振る青年に、アージェは戸惑った目を向ける。
ケグスと二人、持ち場の振り分けの為に小さな部屋を訪れた彼は、丁寧な説明を把握はしたもののそれ以上の返答が思い浮かばなかった。本で埋め尽くされた部屋の壁に視線を走らせ、表情から感情を消す。
彼をこのような事態に巻き込んだ当人のケグスは、今現在同じ部屋にはいない。持ち場を振り分ける前に屋敷の中を見て回りたいということで、案内の人間と共に部屋を出て行ってしまったのだ。
その間残されたアージェは、屋敷に仕える出納係である青年と机を挟んで気まずい時間を共有する羽目になったのだが、相手の男はさしてそれを気にしていないようである。空いた時間に今回の仕事について余所者であるアージェにざっと背景を教えてくれた。
「私もマクラン様に仕え始めてまだ半年ほどなのですが、今まで屋敷に侵入しようとする者など一人もいなかったのです。
 それがまさか噂になっている賊に狙われることになるとは……」
「あの」
「何でしょう」
「貢納金を先に領主様の城に納めてしまうってのは駄目なんですか? ここより安全でしょう」
それはアージェが真っ先に感じた疑問であるが、青年は微笑を崩さないながらも困ったような顔になってしまった。言いにくそうに、しかし素朴な問いに答えてくれる。
「マクラン様は、ご自分で賊を捕らえて功をあげられたいのではないでしょうか。
 領主様に予定外のことで頼るということは、ご自身の能力不足を証明するようなものと思われているようです」
「はぁ」
再びアージェが気の抜けた返事をしてしまったのは、見栄を張っている場合なのだろうかと感じたからだ。
だが、領主の一族ともなると色々あるのだろう。
少年は会話の糸口を見失うと、沈黙に耐えかねて立ち上がった。棚に並べられた本の背表紙を見ていく。
彼は小さな村で育ったということもあり、あまりすらすらと文が読める方ではないのだが、それでもところどころ覚えのある単語が見受けられた。
おそらくはどれも高価な本なのだろう。アージェは汚すことを恐れて手は出さず、それらを目で追うだけに留める。
だが、壁際まで行き着いて振り返った時、彼は微かな違和感を覚えて眉を寄せた。
気のせいであろうか。
小さな窓が一つしかない部屋。暮れていく日。
そのせいか、一つしかない机の上に積まれた本の数冊が、やけに黒ずんで見えたのである。