突き放す

mudan tensai genkin desu -yuki

「どうでしょう」
「じゃあこれでお願いするわ」
広く城都に張り出す布告の文面。その見直しを済ませたエルは疲労感が滲む表情で文官に頷き返した。
すぐに印刷に回してくれるつもりなのだろう、若い文官は草稿を手に部屋を出て行く。
城の小さな会議室は殺風景で、長机と椅子の他に何もない。エルは一人椅子に座ると溜息をついた。
「上手くいけばいいのだけれど……」
民があの布告を見れば、いつものように笑いながら、しかしある意味親身になって考えてくれるだろう。
それが彼女の仕える男の人望だ。人望と言うと違う気もするが、民に人気があるのは確かだ。
―――― セーロン国の庶子王子たる主人アリスティド、彼の花嫁を広く募集しようという布告は、果たして成功に終わるのか。
考えれば考える程、エルは不安になってくる。彼女は脱力して頭を抱えた。

そもそもの発端は、アリスティドが二十七歳の誕生日を迎えたことである。
この年になっても恋人の一人もいない王子。その在り方を、誰が問題視したかと言ったら皆であろう。
もっとも特定の女性がいないだけなら、王族の男子としてもそう珍しいことでもない。
ただアリスティドに関して言えば、「ここまで恋人がいなかったなら、一生このまま誰にも相手にしてもらえないのではないか」という危惧を、多くの人間が抱いたのだ。
そのような周囲からの心配を受けて布告の手配をしたエルは、聞く者のいない言葉を吐き出す。
「本当に大丈夫かしら……。そもそも殿下は別に結婚なさらなくてもいいはずなのだけれど……」
王位とはほぼ無関係のアリスティドは、後継を作る必要は特にない。
だから結婚を急ぐ必要もないのだが、問題は子供の有無ではないのだ。
―――― もし彼が一生結婚出来なかったら、エルがあと何十年もアリスティドの面倒を見続ける可能性は高い。
あり得なくもない想像をした彼女は、ぞっと身を竦める。
「い、いえ、きっと上手く行くわ。あの方にはあの方の魅力があるのだし」
幸いアリスティド本人には結婚願望がある。
目の覚めるような美しい女性と、運命の恋をすると言い張っている男。
エルからすると目を覚まして現実に戻ってきて欲しいと思うのだが、なかなかそこまでは言っても理解してもらえない。
ともあれ彼の面食いは民衆にも知れ渡っていることだ。きっと美しい娘が集まることだろう。
エルはそう自分を慰めて……また一つ溜息をついた。



身分は問わない、という文言は夢見がちな年代の少女たちにとっては、宝石よりも輝いて見える言葉であろう。
愛情によって選び出されるという優越と充足。一夜にして立場が変じる御伽噺は、今も昔も彼女たちに人気だ。
エル自身は幼い時から魔法の勉強で忙しかった為、そのような物語を読んだことはないが、少女たちの憧憬は話に聞いてよく知っている。
だからこそ彼女は、精一杯身を着飾ってやって来る娘たちに、申し訳ない気分を覚えて仕方がなった。
城の離れにある庭園を開放しての園遊会。一通りの手配を終えたエルは、庭に面した離れの露台で小さく息をつく。そっと隣に立つ男を見上げた。
「盛況のようですわ」
「それはよかった!」
我が事のように嬉しそうなアリスティドは、実際この園遊会が自分の為のものであるとは知らされていない。 ただ民も出入りが自由な祭り事だと聞いているだけだ。
彼が変に気負って余計なことをしないよう情報を与えていないエルは、微笑んでアリスティドに促す。
「殿下も下へお行きください。皆、殿下とお話したいと思っているでしょう」
「そうか? 私は皆が幸せそうにしているのを見られればそれでよいのだが」
「行って下さい!」
重ねて後押すと、アリスティドはきょとんとした顔で頷いた。彼は何故か露台の手すりを乗り越えると柱を伝って地上に下り立つ。
それくらいではもう驚く気にもなれないエルは、露台から身を乗り出して主人に言い含めた。
「お気に召す娘がいましたら是非お声をかけてやってください! あまり顔だけをご覧になりませんように!」
面食いな彼は、かつて絶世の美貌を持つ人妻に声をかけて、生魚で顔を殴られたこともあるのだ。
人目の多いところで二度とあのような恥をかかせたくないと念を押すエルに、アリスティドは人のいい笑顔を向けた。
「分かっている! 心の美しさが顔に出ている女性はすぐに分かるからな!」
「いえ……どちらかというと理解力があって心の広い娘を……」
頼むから顔から離れて欲しい。
本当ならエルも彼についていって一挙一動に目を配りたいのだが、妻探しの場にて女性の彼女がそれをやっては問題がある。
子供を送り出すような気分で祈るエルに、アリスティドは笑って手を振った。
「私のことは一番エルが理解してくれているから大丈夫だ!」
「…………」
「エルもたまには羽を伸ばしてくればいい! では行って来る!」
「……お気をつけて」
何だか恐ろしい言葉を聞いた気がする。
エルは、人ごみの中に消える主人を蒼ざめて見送った。
たちまち聞こえてくる歓声。彼女はそれを聞いて気を取り直すと、欄干に寄りかかって青空を見上げる。
「まぁ……そうなんですけどね」
自分以上に彼を理解している女はいない。
それをどう捉えるかは別として、事実は事実だ。物心ついた時から築いてきた信頼関係を振り返り、エルは微苦笑する。
―――― もし彼が一生結婚出来ないのであれば、従者として面倒を見続けるのは当然のことだろう。
彼女は自分でも認めていたことを再確認しながら、誰にも聞こえぬ声で呟く。
「それでも、殿下の良さを分かってくださる方は、きっと何処かにいるとは思いますよ」
願わくばそのような女性と出会って幸せになって欲しい。
エルは改めて主君の幸福を祈ると、階段に向かって一人歩き出したのだった。



「それでな、彼女も途中までは笑っていたのだが、急に悲しそうに立ち去ってしまってな……」
「今度は何を仰ったんでしょう、殿下」
「エルにも言われたことを言っただけだ。女性は顔の美しさだけが大事ではないと。彼女を誉めようと思ったのだが」
「…………もう余計なことは仰らないで下さい」