跳ねる

mudan tensai genkin desu -yuki

家の中は風が通って涼しくとも、一歩外に出れば日光が激しくその存在を主張してくる。
休日の午後、家の裏の広場に出ていたアージェは、一息つくと近くの木陰に腰を下ろした。剣の代わりに持っていた木の棒を置く。
別段激しく体力が消耗しているわけではないのだが、妙に疲労感を覚えるのは相手のせいだろう。
アージェは日向を跳ね回っている二人の子供を眺めやる。彼の子である少年と妹は、先程から小鳥の餌付けに夢中になっていた。
時折二人の相手をしつつ見張っている父親は、欠伸を一つして木に寄りかかる。



―――― 今の状態を平穏と言えば、彼女は哀しむだろうか。
それはこの十年彼がずっと自問していたことで、だがアージェは自分だけは肯定し続けることを常としていた。
レアリアが過去を振り返り、負い目を見つめ続けるのなら、その分彼は今を認めて支える。
そうしてここまで歩いてきたのだ。アージェは絶えず彼女に添いながら、彼女には不可能な意見を取ることで、曖昧な均衡を保ち続けてきた。
だから今も、これでいいのだと思う。



「父さん! お城に行って来ていい?」
「駄目」
振り返った息子のお願いを、アージェは即答で却下した。
いい思い付きだと自分で思っていたのか、少年の顔はみるみるふてくされたものになる。
「なんでだよ、いいじゃん」
「あんまり王族に親しむな」
「どうして。陛下も殿下も優しいよ」
「宮廷ってとこは、個人の性格や感情じゃどうにもならないことが起きるんだよ」
アージェは大雑把に自分の思う真実を告げたが、まだ幼い子供にその意味は伝わらなかったらしい。
少年は不服そうな顔で引き下がった。きょとんとしている妹の肩を小突いて走り出す。
その後姿は身軽で、あっという間に建ち並ぶ家々の向こうへと消えた。
柔らかい風が揺らす草上に、アージェは溜息をこぼす。
「おとうさん、お兄ちゃんをおこらないで」
「怒ってない」
彼の隣に座り込んだ娘は、母と同じ色の瞳をくりくりと動かした。その目が父の背後の草むらを捉える。
「あ、お花!」
「ん」
小さな手が指さす方を振り返れば、そこには青い小さな花が一輪咲いていた。
かつて見た懐かしい花。アージェは胸を突かれるに似た感慨を抱く。
「この花、外にも咲くのか……」
「おとうさん、知ってるの?」
「昔な」
アージェは立ち上がると、青い花のすぐ傍に歩み寄った。
風に震える花弁。日の光を受けて鮮やかな色味を増す花を見つめる。
たった一輪だけのその花は、過去から来たもののようにも、またまったく新しい花のようにも思えた。
気高く孤独な青。アージェはその前に跪く。
彼が細い茎に触れると、花はまるでその指に寄り添うようにして手折られた。アージェは青い花を娘の白金の髪に挿す。
彼女は愛らしい笑顔を見せた。
「にあう?」
「似合うよ、クレス」



新しい時代を生きる子の手を引いて歩く。
それが彼の選んだ未来だ。その為に、彼はレアリアに子を生ませた。
彼女の残すものが、人知れぬ解放と悪名だけで終わらないように。ささやかな願いが時を越えて続くように。
何も知らない子らの目にまだ諦観はない。その光の強さは彼の心をもまた救っていた。



アージェは幼い娘の手を取って家へと戻る。クレスは髪に挿した花に触れながら、高い空を見上げた。
「おとうさん、かみさまっているの?」
「お前がそう思うのなら」
「おかあさんが言ってるみたいに? ひとの心にいるの?」
「分からない」
無邪気な問いは、いつものように「なぜ? なに?」という疑問の連続に繋がっていった。
アージェは家の戸を開けて娘を中に入れると、自分は息子を探す為に外に出て行く。
薄青い空。流れ行く雲。
天に近いこの場所の空気は澄んで、だが誰を縛ることもなく自由だった。