目を瞑る

mudan tensai genkin desu -yuki

街道から少し外れた森近くにある村。その村に二人が立ち寄った時、ちょうどそこでは嫁取りの祭りが行われているところだった。
魔力だけは膨大にあるものの、技術的には魔法士見習いと言ったほうがいいレアリアと、彼女の護衛としてついている青年は、宿の人間から祭りの話を聞いて軽く驚く。
「面白いお祭りがあるんですね」
「見物客も来たりするからね。ちょっとした賑わいになるのさ。あんたたちも見に行ったらどうだい?」
気のいい女の言葉にレアリアは目を輝かせたが、アージェの方はまったく興味がなさそうだった。
食堂でお茶を振舞われていた彼はカップを置くと、「気が向いたら」とだけ言って立ち上がる。その服の裾をレアリアは掴んだ。
「ま、待って」
「……何」
「行ってみたい……」
「俺、部屋で寝ようかと思ったんだけど」
この村へは次の目的地への休憩地点として立ち寄っただけだ。明日には出立する予定で、仕事を探す必要もないアージェは寝て過ごそうと思っていたのだろう。
見るからに面倒くさそうな青年を見て、レアリアは首を横に振った。
「ひ、一人で行けるから。行ってきます、ってだけで」
基本的に二人の宿の部屋は別である。レアリアだけが外出して戻ってきても彼の昼寝の邪魔にならないはずだ。
だから一応断ってから出かけようと思った彼女は、けれど青年の苦い声に気をくじかれた。
「駄目。一人で外出は危ない」
「う」
彼らは本来罪人である。万が一顔を知っている人間がいたなら大変なことになるであろうし、そうでなくともレアリアの顔立ちは人目を引いて仕方がないのだ。アージェの方が正しいと反省した彼女は、しょんぼりと立ち上がった。その肩を青年は叩く。
「俺も行くから。ちょっと待ってて」
「行っていいの!?」
「ちょっとだけなら」
彼がそう言ってくれるのなら、行かない手はない。
レアリアは慌てて部屋に戻ると外套を取ってきた。廊下で待っていたアージェは、出てきた彼女を見ると当然のように手を差し伸べる。
そうして支えてくれる大きな手は、いつもと変わらず温かかった。



「っていうかこれ、嫌がらせみたいな祭りだな……」
村の広場に来て一通りを眺め終わったアージェの感想がそれである。
楽しそうな若い娘たちに見入っていたレアリアは、危うく飛び上がりそうになった。
「い、嫌がらせ?」
「そうとしか見えないし。男にとっては」
「でも、みんな楽しそうだけど……」
レアリアの言うとおり、今現在輪の中に引き出された男は嬉しそうに笑っている。
もっとも目隠しをされているため、目だけは笑っていないという可能性もあるが、それは穿ち過ぎであろう。
椅子に座っている男の前には娘たちが列を作っており、彼女たちは次々両手を差し出しては男の手を握っていった。
そうして相手の顔を見ぬまま手だけで「これ」と思った相手に、男は結婚を申し込むというのだ。
指名された娘の方は、求婚を受ける気があるのなら男に口付けを返す。
だが祭りの名目上はそうであっても、さざめきながら順番を待っている若い娘たちは、相手をからかうことを楽しんでいるようにしか見えなかった。
呆れ顔になっているアージェに、隣に立っていた村の男が苦笑する。
「昔は手に触れればその娘が働き者かどうかわかったもんだが、今じゃすっかりただのお遊びさ」
「あなたもやったことがあるんですか?」
「昔な」
二人の父親くらいの年齢の男は肩をすくめたが、照れくさそうなその様子はかえってレアリアの興味を引いた。
詳しいことを聞こうとした彼女の肩をアージェは押さえる。
「さ、帰るか」
「まだ来たばっかり……」
「大体見たし」
さっさと帰ろうとする青年は、元からほとんどなかった興味をすっかり失ったようである。踵を返そうとする彼にレアリアは慌てた。
とそこに、後ろから女の腕が伸びてくる。
先程まで輪の中にいた若い女は、帰ろうとするアージェの左腕に、素早く己の両手を絡めた。
「次はあなたよ」
「げ」
反射的に振り払いたそうな顔になったアージェも、相手がただの女とあって乱暴なことが出来ないらしい。
レアリアはその様子に苛立ちを覚えつつ、これで帰らなくて済むかもしれないと思った。思い切り顔を顰めているアージェに微笑む。
「参加したら?」
「いや、いい……」
「参加しなさい」
重ねての言は、主従関係でなくなった今も彼に対しある程度の力を発揮するらしい。
絶句したまま女たちに引きずられていくアージェを、レアリアは美しい笑顔で見送った。
だがすぐに、彼女にも別の娘の手が伸ばされる。
「じゃ、あなたも!」
「え?」
―――― 問答無用に列の中へと連れて行かれるレアリアに、後でアージェは「自業自得って言うんじゃないか?」と感想を述べた。



祭りを見ていたいからこそ旅の連れを参加させたレアリアだが、実際に目隠しされた彼の手を娘たちが握っていくと、非常に面白くない気分が湧き上がってきた。
自分でも身勝手だと分かってはいるのだが、どうにもならない。
それは鍛えられた体を持つ長身の青年について、村娘たちがひそひそと好意的な感想を囁きあう度いや増していった。
ここで悪口を言われたなら当然腹が立つだろうが、誉められていても腹が立つ。
万が一彼が娘たちのうちの誰かを選んだなら、腸が苛立ちのあまり焼け溶けてしまうかもしれない。
レアリアはそんな懸念を抱きながら、だがアージェが誰も選ばないであろうこともまたわかっていた。
列を一周して解放されて、それできっと終わりだ。
表面上は平静を保ちつつ、レアリアは後ろの娘に押されて輪の中央へと歩み出る。
そこには椅子に座った青年が、目隠しをされて苦々しい表情を浮かべていた。
―――― 声を出してはいけない。
思わず彼の名を呼びかけたレアリアも、すぐにそのことを思い出す。
彼女はさっと手を取って離れようと一歩前に出た。震えそうになる腕を律して、大きな彼の手に触れる。



今まで何度も重ねてきた掌。
触れ合う温度に抱く感情は単一ではあり得ない。
レアリアはその一瞬に息を詰めた。吐き出しはしない想いが胸を焼く。
今は見えない緑の瞳を思って、彼女は椅子に座る男を見下ろした。
その時、彼の手がレアリアの手を握る。
「あなたを」



茫然としてしまったのは、ほんの二、三秒のことだった。
レアリアはすぐに隣にいた娘から小突かれる。身振りで返事をするよう促された。
そう指示されてようやく、彼女はこれが嫁取りの祭りであったことを思い出す。
「……っ」
是であれば口付けを、否であれば手を離す。
それだけのことだ。ただの祭りであるのだから、笑って済ませればいい。
レアリアはそう思いながらも混乱して辺りを見回した。微笑ましく見守っている周囲から「何処でもいいんだよ」と声が飛ぶ。
それはきっと口付けのことだろう。彼女は意を決して青年の頬に顔を寄せた。
彼の花嫁になって幸福そうに微笑む自分―――― そのようなあり得ない未来が、一瞬脳裏をよぎっていく。
忘れることの出来ない過去。ほろ苦い感情が喉元を熱くした。
しかし次の瞬間、彼女は握ったままの手を強く引き寄せられる。ついで男の手が顎にかかった。
「え?」
唖然として何も言えない。
そのまま力が抜けて地面にへたりこんでしまった彼女に、目隠しを外したアージェは怪訝な顔で「何か違ってた?」と問うたのである。



「……いやなんか、全然動かないからこっちからするものかと思ったんだよ」
宿へと帰る道すがら、ずっと背中をぺしぺしと叩いてくる女に、青年はそう弁解した。
真っ赤な顔のままのレアリアは、それを聞いてまたぺしりと彼の背を叩く。
「び、びっくりするでしょう!」
「目隠しされてたら状況が分からないし……」
「他の人だったらどうするの!?」
「レアだって分かってたよ。他人と間違うはずがない」
「…………」
これは、参加を命令したことに対しての仕返しなのだろうか。
悔しくもあり、恥ずかしくもあるレアリアは、だが心の何処かで喜んでいる自分に気づいていた。
彼と出会ってから数年、歩いてきた道程にて積み重ねたものを思う。
苦しいことの方が多かった気もする日々。だが彼の存在で、その苦しさは嘘のように和らいで思えるのだ。
「アージェ」
「何ですか。怒ってますか」
「ありがとう」
「うん?」
振り返った青年は不思議そうな顔になったが、すぐに苦笑すると彼女に手を差し伸べた。その手を取ってレアリアは歩き出す。
二人で少しずつ進んでいく道は、こうしてまた一日新たな記憶を重ねていくのだ。






「つきあってくれてありがとう」
「別にいいです。それよりこっちの部屋来ますか?」
「? もう気が済んだから大丈夫。好きなだけ昼寝してて。また夕食の時に」
「……………………………………………………」