振り払う

mudan tensai genkin desu -yuki

共に旅をする二人は、年齢だけを言えばレアリアの方が年上である。
アージェより三年早く生まれた彼女は、けれど肉体的な成長が止まっていた時期もあり、外見的には彼より年下と思われることが多かった。
ただそれでも大人ではあるので、酒を嗜むことくらいは出来る。
しかしアージェなどは或る理由から、あまり彼女に酒を飲ませることはしたくなかった。



テーブルに並べられた皿は、いずれも香辛料のよい香りをさせていた。
宿屋の食堂にて夕食を取っている二人は、他愛もない話をしながら皿の料理を取り分けていく。
レアリアはとろりと煮込まれた肉を連れの青年に取ってやると、素直な感想をもらした。
「地方によって随分味つけが違うのね」
「レアは薄い味に慣れてるだろうからな。あわないなら別の頼むけど」
「ううん。美味しい」
普段からあまり量を食べられないレアリアだが、珍しい味が気に入ったのかいつもより多く口にしている。
その様子に微笑っていたアージェは、ふと表情を変えると席を立った。
「ごめん。忘れ物した。部屋行ってくる」
「いってらっしゃい」
旅の始めには危なっかしくて目を離せなかった彼女も、今では魔法で自衛が出来る。
その為アージェは、さしたる心配もせず二階にある自室へと物を取りに戻った。
戻ってきた時、何故かレアリアは酒を飲んでいた。

「え、ちょっと、何飲んでるんだよ」
「なに?」
小さな陶器壷に入っているのは果実酒の一種らしい。
アージェが縁についている雫を指で掬って舐めると、口当たりは軽かったが中々に強かった。
既に半分ほど減っている中を確認して、彼は頭痛を覚える。
「レア、これどうしたんだよ」
「え、食堂の人に貰ったのよ」
レアリアが厨房の方を振り返ると、下男らしき男が気まずそうに視線を逸らした。
おそらく彼女に惹かれて酒を出したのだろう。アージェは男を一睨みすると女に手を差し伸べる。
「部屋に帰りましょう」
「どうして? あなたまだ食べ終わってないでしょう」
「いえ、もういいですから」
「座りなさい」
「…………」
無理矢理回収しようかとも思ったが、自分だけに降りかかるものであればそれはそれで構わない。
アージェは諦めて席につくと食事を再開した。対面に座る女は、その様子をじっと眺めている。
―――― 今となっては、出来ることは早くこの場を離れるしかない。
アージェはただ食べる速度をあげた。しかし、何も起こらなければいいと願ったのも空しく、食堂には酔った男が一人入ってくる。
男はすぐにレアリアに気づくと、さだまらない足取りでテーブルに近づいてきた。 彼女の座るすぐ隣に手をついて、美しい顔を覗きこむ。
「こりゃ驚いた。貴族のお姫さんか?」
酒臭い息を吐きかける赤ら顔の男に、レアリアは軽く眉を上げた。
「何の用?」
「用なんてないさ。ただお綺麗な顔だから近くで見たいってだけだよ」
「ならもう充分でしょう。立ち去りなさい」
虫を払うようにレアリアが上げた手を、しかし男は軽く掴みとった。
これから起こることを予想してアージェは立ち上がる。レアリアはすっと目を細めた。
「離しなさい」
「へえ、貴族のお姫さんってのはこんな綺麗な手してんのか」
「おい」
アージェはテーブル越しに男に向かって手を伸ばす。相手の腕を捻り上げようとしたその手は、だが一瞬遅かった。
「―――― 離せと言っているのよ」
よく通る、威に満ちた声。軽く振り払っただけの手に、男の体は人形のように跳ね飛ばされた。
食堂に鈍い衝撃音が響き、床に叩きつけられた酔っ払いが呻き声を上げる。
レアリアは倒れた男に冷ややかな一瞥を投げた。
「身の程を知りなさい。無礼者め」
「あー、そこまでにしてください」
―――― 結局間に合わなかった。
テーブルを回ってきたアージェは、苦い思いで彼女を後ろから拘束する。レアリアはじたばたと抗ったが、彼は逃げることを許さなかった。
そのまま青年は、唖然としている食堂内を見回す。
「悪い。彼女少し酔ってて。後で治療とかが要るようなら言ってきて」
「アージェ、離しなさい!」
「はいはい、部屋に運びますからね」
「子供みたいに扱わないで!」
「ちゃんと丁重に扱ってますって」
レアリアを肩の上に担ぎ上げたアージェは、背中を殴られながらその場を去って行く。
二人がいなくなった後も食堂内には「一体何だったのか」という重い沈黙が立ち込めていた。



「離しなさいと言ってるでしょう、アージェ!」
「もう寝てください、陛下。……本当酒癖悪いな」
「何か言った?」
「可愛いって言ったんですよ」
「うそつき!」
「なんで」