悠久を誓う剣 220

世界の輪郭が歪む。
眩暈に似た感覚に襲われ、こめかみを押さえたアージェは、だがそれが消え去った時、自分が元の場所に戻ってきていることに気づいた。
振り返った彼は、床の上に倒れているレアリアを見つけて駆け寄る。
「レア!」
仰向けに倒れている彼女は、今はぴくりとも動かない。アージェは息を飲んで蒼白の顔を見下ろした。
「レア……?」
小さな手を握るとひんやりとした感触が返ってくる。彼は細い首に指をあて、脈拍を確かめた。
震える指先。―――― だがその時、大きな地揺れが櫃を襲う。
「え。まさか崩れるのか?」
元々、普通の場所ではない櫃だ。楔がいなくなった今、崩れ出してしまってもおかしくはない。
床に続いて天井までもが震え出すと、その懸念はますます強くなった。彼は急いでレアリアを抱き上げようとして、驚きに声を上げそうになる。
黒く染まっていた左腕。その指先までもが今は元の色に戻っている。
楔の死によって呪いが解かれたのだろう。 青年はまじまじと肌を確かめたい衝動に駆られたが、もう一度、先程より大きい揺れが襲うと我に返った。両手でレアリアの体を抱き上げる。
アージェはそうして一つしかない扉を蹴り開けると、神域から走り去った。
崩れていく床。その上にはレアリアの髪から零れた青い花が、澄んだ光を落としていた。






激しい地響き。燃えていた城を襲う揺れに、兵たちは慌てて城内から離れようとしていた。
虫の子が散っていくように逃げ出していく彼らを見下ろしながら、ルクレツィアは空の上で唇を曲げる。
「まーったく、誰が我儘なのよ。大陸沈めちゃうわよ」
物騒極まりない呟きは、しかし誰の耳にも入らない。
少女はころりと表情を変えると、穏やかな目で城を見下ろした。
「ま、今回はみんなよく頑張ったってことで。これくらいはおまけしてあげる」
ルクレツィアは右手を上げると詠唱を始める。
今はもう誰も知らない言語。神代の呪文は大陸の各所に用意されていた杭へと伝わった。
不可視のそれらは力を帯び始め、互いに結びつく。
やがて生まれた巨大な輪が大陸全土を囲むと、杭は音もなく地中に埋まっていった。
全ての詠唱が終わると、少女は肩を竦める。
「大体五十年ね。それくらいは私の力で『庭園』を留めてあげる。
 魔法士は徐々に少なくなっていくから……その間に何とかしときなさい」
悪戯っぽく笑うと彼女の姿は空から消える。
雲ひとつ無い天の下、地上で崩落していく城が、一つの時代の終わりを物語っていた。



ディメント・レスンティア―――― 女皇の狂乱と呼ばれる十一日間は、こうしてケレスメンティアの滅亡を以って幕を閉じた。
最後の女皇となったレアリア・ルウザ・ディエンティア・ディテイ・ケレスメンティアと、その騎士アージェ・ザクティスは、神の教えを穢し国を滅ぼした二人として、共に大陸の歴史に深くその名を刻まれている。