晴天の下

禁転載

大陸において最古の皇国であるケレスメンティア。
その国内には長い歴史を持つ家柄がいくつも存在しているが、中でも最も特殊であるのが女皇の騎士を輩出するディアドの家系である。
異能者の血を継ぎながら、女皇の影を生み出し続ける家系。
血の濃い者ほど強い異能を持つ彼らは、その力の性質のせいか、宮廷内では何処か周囲から距離を置かれる傾向にあった。
―――― もっとも、それが十代半ばを過ぎたばかりの少女相手となると、距離を詰めようと考える人間も皆無ではなかったのだが。

城の中庭に寝転がって空を見上げることなど、平素の彼女であればまずしないことだ。
普段はそのような行動に出る兄に口煩く注意することこそが彼女の役目であり、だからこそ自分がしては意味がない。
だが今のミルザはどうしても寝転がりたい気分であり、だがそうしていても鬱屈とした気分は一向に晴れなかった。
そうしてぼんやりと流れる雲を見ている彼女を、通りすがった男が覗き込む。
「何してるんだ?」
「それはこちらの台詞だ」
親衛隊の筆頭騎士である男は、秀麗な顔に人の悪い笑顔を乗せて「休憩中」と返してきた。
彼女の兄とは違った意味で不真面目なエヴェンは、本当に暇なのか彼女の隣に座り込む。
「ついに兄貴に感化されるようになったか」
「違う。地団太を踏みたい気分なだけだ」
「踏めばいいだろ」
からかい混じりの言葉にミルザは黙って目を閉じた。
この男は女皇の側近の中でも食えない人間の一人だ。まともに相手をしていては馬鹿を見る。
だがそう思いながらも彼女は、エヴェンがまた自分と同じ窮屈な立場にある人間だと知っていた。
家と血筋に縛られ、半ばその道筋を決定されている者。捨てられぬ鬱屈を常に抱える男に向かって、ミルザは乾いた言葉を吐き出す。
「少し鬱陶しいことになった」
「というと?」
「婚約を賭けて決闘をすることになった」
「は?」

―――― 今になって思えば、まったくどうかしていたと思う。
事の発端は、ディアドである腹違いの兄について、騎士の一人に揶揄されたことが原因だった。
ディアドの役目は女皇を守ることであり、時にはその代理を務めることにあるが、本来はもう一つ大事な役目が存在する。
それは自分の後継者を作り育てるということで、その点に関して彼女の兄はまったく無関心といっていい状態だった。 山のように進められる縁談も、端から池に投げ捨てているのではないか、という有様である。
「で、そこを突っ込まれてむきになったのか?」
「むきになったつもりはなかった」
「なってるだろ。ってか乗せられやすすぎ」
呆れたようにエヴェンが言うのももっともだろう。おそらく相手の騎士は最初から彼女を怒らせることを目的としていたのだ。
「お前の血筋は特殊だからな。お前の夫になれば出世出来るとか思ってるんじゃないか?
 分家とは言えディアドの異母妹だ。運がよけりゃ次のディアドの父親にだってなれる」
「……兄があんなであるからな。私が血を継ぐのは構わない、のだが」
相手を選びたかった、とまでは言わないが、安い挑発に乗っての婚姻はさすがに嫌である。
自業自得ということを差し引いても、せめてもっと虚栄心のない誠実な人間を夫としたい。
ミルザは今更言っても仕方ない言葉を溜息にして空へ吐き出した。
「それで、負けそうなのか?」
「厳しいな……」
「代理になってやろうか」
騎士同士の決闘は誓約に縛られるが、充分な理由があれば代理を出すことも可能だ。
勿論エヴェンが代わりに戦うならば、勝利は確実になるだろう。―――― だがその理由を問われれば、二人とも立場が苦しくなる。
「私はお前のような男と結婚するのは尚更ごめんだ」
「やっぱそうなるか。俺もまだ結婚とかしたくないしな」
「……まぁ、仕方ない。負けたとしてもいい勉強だろう。陛下や兄に迷惑がかかるようなことにはしないから大丈夫だ」
「っていうか、問題の原因をもうちょっと頼ってもいいんじゃないか?」
隣で男の立ち上がる気配がする。別れを言おうかと口を開きかけたミルザは、続いて聞こえてきた声に跳ね起きた。
「―――― で、それ、俺が代わっていいわけ?」
「いいだろ。お前なら身内だしな。責任取って来い」
「兄!?」
いつからそこにいたのか、剣を佩いたアージェは二人の背後に立ってミルザを見下ろしていた。緑色の瞳が若干煩わしげに細められる。
「どいつを半殺しにすればいいんだ? 俺、騎士の名前とかいちいち覚えてない」
「あ、顔分かるから教えてやるよ」
「じゃ、行くか」
「ま、待て、兄! 決闘だ! 半殺しではない!」
「結果は同じだろ。心配なら魔法士呼んどけよ」
「一人見せしめにしとけ、アージェ。後が楽になる」
さっさと歩き出す男二人を、少女は慌てて追いかける。

その後無事自業自得から解放された彼女は、「あんまり俺のことで怒るなよ」と兄に忠告され、消え入るような声で礼を言ったのだった。