迷走

禁転載

タンクトップに捕まって見上げる空は赤かった。
こう言うとなんだかわからない状況だが、わたしにもなんだかよくわからない。
というかついさっきまで確かに空は黒かったのだ。夜だから。
でも今は真っ赤。なんだなんだどうなったのだ。
混乱するわたしを、マッチョ斉藤が抱きなおす。
「ちょっと我慢しててね。すぐ終わらせるから」
何を終わらせるんだ。お前の命か。そろそろタンクトップがわたしの爪で裂けそうだ。
ままならない体勢からなんとか身をよじって、わたしは辺りの状況を確認する。
うん。また砂漠か。また砂漠なのか! そしてまたタイツマントか!
だいたい分かってきたぞ。つまりここは、以前わたしが迷い込んだどっかよく分からないところなわけだ。
タンクトップにぶらさがったまま頷くわたしを見たのか、タイツマントが驚きの声を上げる。
「どうして彼女がそこにいるんだ! 斉藤!」
「彼女? ああ、ソラちゃんのことか。くっついて離れなかった」
「そんな馬鹿な! 彼女は―――― 」
タイツマントがそこでハッとした顔になると黙り込んだ。
なんだ。何を言おうとしたんだ。わたしは猫の中の猫、猫王様だ! とかか?
はっきり言わないとわからないだろう。ええい、いらいらするな。
しかしわたしの内心の憤りにやつらは気づかないらしく、それぞれ距離を取ってファイティングポーズになる。
タイツマントは気を取り直した風に叫んだ。
「と、ともかく! 猫を盾にするとはお前はペルシア人か! そんな卑劣な真似が出来るのなら、私と一緒に世界征服を目指そう!」
「誰が卑劣だ! この猫ちゃんはハンデだ! お前は猫に触れることなく私に敗北する!」
「やれるものならやってみろ!」
「食らえ! 猫抱きツイスト!」
うん、なんか好き勝手やってるな。
ともかくわたしはそろそろタンクトップから下りたい。斉藤がむりむり動くからぶんぶん振り回されている。
その度にびたんびたん胸板に叩きつけられるし、いろんな意味で非常にむさくるしい。
いつまでここでこうしていればいいんだ? こうしている間にもタイツマントが吹き飛んだりしてるんだが。

―――― それにしても空が赤いなあ。
そんなことをぼんやり考えているうちに、タイツマントは動かなくなったようだ。
おお、タイツマント大丈夫か? 死んでないだろうな。
わたしも途中から斉藤に猫キックを入れてみたり援護をしたのだが、どうやらあと一歩のところで効かなかった。
助けになれず無念だ。タイツマントの犠牲は無駄にしないぞ。
というわけでわたしは再びマッチョな腕に抱っこされることになったのだが。
どうやってここから帰るんだ? 前は毛玉ワープしたからわからない。
そういえば、毛玉はわたしが連れて行かれるのを見ていたはずなのに今何をしているんだ。
いつものパターンならそろそろ現れてもおかしくないんだが。あれー?
不思議に思って見える範囲を探すと……あ! いる!
ずっと遠くの柱の上に毛玉が見えるぞ! なんだ。そんなところにいたのか。
毛玉毛玉! いるなら早く言え!
「あ、暴れると危ないよ」
お前が言うな、斉藤。
「よし、爪をはずそう。はい、大人しくして」
それについては異論がないので、わたしは斉藤に手を握らせてやった。本当お前の手は固いな。不愉快だ。
しかしわたしの妥協あって、ようやくタンクトップから爪がはずされる。
よし! 自由になればもうお前に用はない! てや、猫キック!
「え!? って、逃げたら帰れなくなるよ!」
知るか斉藤! わたしに帰れないおうちなどない!
とりあえず傍観決め込んでいた毛玉にもキックだ! 待ってろ毛玉!
わたしは斉藤から離れると冷たい砂漠を走り出す。目指すは毛玉の乗っている柱だ!
斉藤が追いかけてくるが、大男に捕まるわたしではない。自慢の四足が砂を蹴って走る。走る走る。
しかしあの柱は思ったより遠くにあるな。少しずつ近づいてきてはいるが、思ったより大きい。
それに比して毛玉も大きくなってくる。毛玉というより大玉だな。毛がどこかいった。いや、毛はあるんだが。
「待ってええええ」
斉藤の叫びを後方に聞きながら、わたしは毛玉へと走っていく。よし、もうあとちょっとだ。それにしても毛玉でかい。
あれではまるでテレビで見る白熊のようではないか! どうやって大きくなったんだ。ずるいぞ。うん……あれ、毛玉違い……? 
ようやくたどり着いたぶっとい柱の下から、わたしはでっかい毛玉を見上げる。
「け、毛玉?」
「ん? なんじゃ」
灰色がかった毛玉がもっそり動いて、そこから顔が出てきた。
ぴょんと小さい耳に青い目。逆三角の黒い鼻と口。
あ、やっぱり違う。毛玉違いだ。顔が全然違うぞ。間違えました。
それにしても……この大きさは絶対猫じゃない。毛玉も猫じゃないが、それに輪をかけて猫じゃない。
ぼうぜんとしているわたしを、追いついてきた斉藤が抱き上げる。
斉藤は柱の上の大毛玉を見上げて、言った。
「なんとお師匠様! いらっしゃってたんですか!」
えー……。

もう、えーって言うのにも飽きた。おうちに帰りたい。