混線

禁転載

前回までのあらすじ。
胸板に拉致されて砂漠に来たら毛玉が毛玉じゃなかった! だ。
……うん、よく分からないな。わたしもよく分からない。
ともあれ、多少大きさがおかしかろうと、話の通じる猫に出会えたのは幸いだ。
わたしは斉藤の腕をがしがしと叩きながら訴える。
「でっかい毛玉! この筋肉と話が通じるならわたしを離すよう言ってくれ!」
このでっかい毛玉はかなり流暢な発音が出来るようだ。わたしが話すとにゃごにゃごなのに、でかい毛玉はなごなごになる。
そこを見込んで通訳を頼むと、でかい毛玉、略してデ玉は斉藤に言ってくれた。
「離して欲しいと言っておるぞ」
「でも逃げちゃうんじゃ……」
「逃げないから離せ筋肉」
「逃げないから離して欲しいと言っておるぞ」
ここまで言われて斉藤はようやく砂漠にわたしを下ろしてくれた。やれやれ。
ついでに日頃言いたいことも通訳してもらうか。
「とりあえずタンクトップやめろ、むさくるしい。と言ってくれ」
「……その格好では風邪を引くから普通の服を着た方がいいと言っているぞ」
「ワキが見苦しい。隠せ。存在が不愉快だ」
「……あまり寒々しい格好であると周囲の心象にも影響を与えるそうだ」
「なんと! お師匠様ありがとうございます! ソラちゃんは賢いな!」
ううん。ここまで意訳をされると清清しいな。けどまあ、意味が通じるならよしとしよう。
斉藤は爪で破けかけたタンクトップの胸板をたたく。
「しかし心配はいらないんだ! 私は体を鍛えているからね! これで充分!」
前言撤回だ。全然通じてないぞ。馬鹿にはやっぱりはっきり言わなければわからないのだ!
わたしは柱の上のデ玉を睨む。デ玉はもふもふすぎて表情がよく見えないが、少し怯んだようにも思えた。
「……斉藤。とりあえず服装に関しては改めるがいい」
「お師匠様! そんな馬鹿なことを仰らないでください!」
馬鹿なのはお前の頭だ。

そろそろ斉藤と付き合っているのも嫌になってきた。帰りたい。帰りたいぞ!
わたしはぴょんぴょんと跳ねてデ玉に訴える。
「突然このマッチョに連れてこられたのだ! 戻りたい!」
「それは、うちのマッチョが悪いことをしたのう。どれ、送っていってやろう。背中に乗るといい」
言うとデ玉はわたしのすぐ隣に飛び降りてくる。
おおお、間近で見ると本当に大きいな! 毛玉四匹分くらいはありそうだ。
わたしは言われた通りデ玉の背中に飛びつく。
「お師匠様!?」
「お前は一人で帰っておれ。わしはこの子供を送っていく」
子供とはなんだ! わたしはちゃんと一人前だぞ!
しかしそう言おうとした時にはもう、デ玉は砂漠の上を走り出していた。
冷たい風がびゅんびゅんと顔にふきつけてくる。というかデ玉の毛がばしばし顔にあたる! 痛い! 長い!
世の毛玉はもうみんな毛を剃れ! せめてわたしくらいになれ!
そう思う間にも、デ玉は速度を上げて砂を蹴る。この体の大きさでどうしてこんな速度が出るのだ?
目を閉じてぎゅっと捕まっていると、まったく息切れしていないデ玉の声が聞こえる。
「お前さん、新代の猫だの?」
「しんよ? ヨーコの猫だぞ」
「違う違う。飼い主の名じゃないさ。旧世界の猫じゃないだろう? こんなところに入り込んでくるとは珍しい」
「マッチョが連れて来た」
「うちのマッチョが悪いのう」
なんか話がループしてるぞ! 年寄りか!
でも年寄りには優しくってヨーコに言われてるしな。話し相手になってあげよう。
わたしは適当に聞き返してみる。
「旧世界の猫とはなんなのだ?」
「むかしむかしの話じゃ。猫たちはかつて、この世界を支配していたのじゃよ」
「この世界というとこの砂漠をか?」
「むかしは砂漠ではなかった。住む者がいなくなったから砂に埋めたのじゃ」
「へー」
なんだか退屈な話だな。わたしは砂しかない景色を見回す。ずっと遠くに崩れた塔みたいのが見えるな。なんだあれは。
よく見るとどうやら色んなものが埋まってるらしいぞ、ここは。
「わしらはかつてこの世界を支配していたが、統治生物になるとはの、いわば自由ではなくなるということじゃ」
「自由ではなくなる?」
「そうじゃ。だからわしらは、わしらが重ねていた選択ごと事象を切り離して旧世界とし、ここを去った。
 ―――― お前さんが生まれるよりもずっと昔の話じゃ」
「ほー」
なんだかよく分からないしどうでもいい! この話はどこまで続くんだ!
そんなことを考えた時、ふっとあたりの景色が変わる。
真っ黒な空。見覚えのある景色。おうちの裏だ! わたしはあわててもふもふの背から飛び降りた。
「お、どこへ行くんじゃ!」
「帰る!」
外に出たことが見つかったらまたヨーコに病院へ連れていかれてしまう!
斉藤のせいなのにそれは納得いかない! わたしは手近な窓に飛びつくと、そこをたたいて毛玉に開けてもらおうとした。
しかしそれより早く、窓はがらりと向こうから開けられる。
「―――― 彼女がお世話になりました」
涼やかな声。あれ、毛玉、なんかぴしっとしてるの珍しいぞ。どうした。怒ってるのか。
デ玉の方は、毛玉を見てちょっと驚いた顔になった。
「おう。おぬし、こんなところにおったのか」
「あなたの傍にいたから探知が効かなかったんですね。無駄足を踏みました」
「それは悪いことをしたのう。うちのマッチョが迷惑をかけたから送ってきたのだが」
「本当に迷惑です、あのマッチョ」
…………毛玉がここまで言うとは。斉藤、終わったな。
けどわたしはもう疲れたので眠らせてもらうぞ。はいちょっと脇を通りますよ。
っと、忘れてた。
「ありがとう。大きな毛玉の猫」
「ほうほう。またのう」
その挨拶に尻尾だけ振って、わたしは隣の部屋にある自分の座布団へと戻る。
まだヨーコには気づかれてないみたいだ。よかったよかった。
それにしても毛玉はまだ何か話しているみたいだな。普段動くのも面倒がるのに珍しい。
でもちゃんとヨーコに見つかる前に窓は閉めて鍵かけとくんだぞ。あー、疲れた。
……疲れた。