自由

禁転載

ジャングルジムのてっぺんというのは、いわば玉座に等しいと、わたしは思っている。
子供たちが争って上りたがる頂上は、日当たりもいいし風通しもいい。下々の生活がよく見えるところも素晴らしい。
いつまでもここでこうしていたいくらいだ。
「ママ! あんなところに猫ちゃんいるよ! 尻尾ぴんてしてる!」
やかましいわ。飛びかかるぞ。

ヨーコの家は「若いお嬢さんの一人暮らし」にしては大きいらしいが、それでも庭にジャングルジムがあるわけではない。
というわけで、今現在わたしがいるのはお外の公園だ。実にいい天気で、毛もふかふかしてくる。
子供の姿もちらほらあるが、そう多くはない。みんな母親と来ている小さなのばかりだ。
だから、ジャングルジムにのぼることも難しいし、のぼろうとしてきても、わたしがちょっと「しゃー!」とやったら泣いて逃げていった。
玉座を脅かすものは今のところ誰もいないのである! 見ろ! 人がゴミのようだー!
「……いいからそろそろ帰らない?」
「突然背後に現れるのはやめろ」
呆れたように溜息をついてくるのは勿論毛玉だ。
相変わらず大きい。ジャングルジムの一ブロックを占領しそうな勢いの大きさ。もうこれは玉座の座布団と言った方がいいかもしれない。てい。
「あのね、いくら軽い君でもこういうところで乗られると苦しいから」
「なんだと!? 座布団になれない毛玉なんて、何の意味があるんだ」
「家に帰ったら座布団になってあげるから、帰ろうよ」
毛玉……それで駆け引きをしているつもりか?
お前なんかいつでも座布団にできるんだから、帰るわけがないぞ。残念だったな。
第一帰っても今日はヨーコがいないし。でーとなんだそうな。へー。
それでつまんないつまんないと言っていたら、毛玉が外に出してくれたのだが。
毛玉、窓に張られたガムテープを剥がせるとか無駄な特技を持っているな。
……尻尾にガムテープの切れ端がついていることは黙っておこう。
わたしは毛玉の上でもう一度ぴんと立ちなおした。
「見ろ! 人がゴミのようだー!」
「君、結構葉子のアニメ好きの影響受けてるよね」

ヨーコがよく見ているテレビから、わたしが世界セイフクについて学んだことは三つある。
一つは、世界セイフクの為にはすごい武器やパワーが必要なのだということ。
もう一つは、とにかく高いところから周りを見下ろさなければならないということ。
最後の一つは、そんな風に頑張っても世界セイフクは絶対失敗してしまうということ、だ。
…………失敗! 失敗て!
「毛玉、どうして世界セイフクは失敗するのだ?」
「それアニメの話? 人間の中に『世界征服はよくないことだ』って刷り込みがあるからじゃないかな」
「どうしてよくないんだ?」
「一部が得をして他の多数が損をする、って体制になりやすいからだよ」
「へー」
みんなが得をするようにすればいいのにな。
色々難しいんだろう。毛玉は世界セイフクに批判的だから、そう言うのかもしれない。
わたしは耳の後ろが痒かったのでちょちょいと掻く。
「悪いと思っているのなら、どうしてタイツマントは世界セイフクをやろうとするんだ?」
「自分たちは失敗しないと思ってるからだよ。みんなを幸せに出来ると思ってるんだ」
「そうなのか? よく分かるな」
「分かるよ。僕たちも昔はそうだったから」
淡々とそう言う毛玉の顔は見えない。わたしが踏んでいるからな。当然だ。
でもどういう顔をしているかは大体分かる。長い付き合いだからな。
きっと意味なくにやにやしてるんだろう。毛玉のそんな顔は見たことないが、そうに違いない。
わたしは毛玉を無視してその体をふみふみする。
「大体君が世界征服したいなんていうのも、葉子と幸福な暮らしがしたいからだろう?」
「豪邸でゴールド缶を食べたいからだ」
「豪邸でゴールド缶を食べられても葉子がいつも悲しそうだったら?」
「豪邸でゴールド缶を食べられるのに悲しいのか?」
なんか不思議な状況だな。「豪邸でゴールド缶」が呪文のように思えてきたぞ。
わたしは少し考えて、答える。
「ヨーコが悲しそうなら豪邸でなくてもいい」
「うん。そう思うよね。でもそれなら世界征服をする必要はないんだ。
 個人を喜ばせたいなら、それが自分の充足に繋がるなら、ただいい子でいればいい。そして少しだけ悪い子でいれば、ね。
 ―――― それが猫のつとめだよ」
もっともらしく言う毛玉の頭を、わたしは前足で踏む。
最近本当説教が多いな。禿げるぞ。あ、禿げてもいいのか。わたしーはー全然困らないー。
というわけでもっと踏む。
「そういう面倒な話はタイツマントに言え」
「言ってもいいけど、彼らはほっといても大して害はないと思うから。……ああいうのと一緒だよ、ほら」
毛玉が指しているのは公園の隅にある砂場だ。
そこでは子供たちが集まって砂山を作っていたが、何か意見が割れることがあったらしい。
二人の男の子がつかみ合って騒いでいる。なんか楽しそうだな。もっとやれ。……は!
「ああいうのと一緒か」
「そうそう。だからやらせとけばいいよ。楽しんでるんだろうしさ」
「なーかーよーくーケンカしな! だな!」
「はいはい。とりあえず僕の上から降りてくれないかな」
「断る。お前の上にいると金色の野に降り立った気分になれる」
「……君にアニメ禁止令を出したいよ」
お前には説教禁止令を出したい。
なんたって途中が違っても毎回結論は同じだからな。いい加減飽きてきたぞ。たまには「世界セイフク張り切って頑張ろう!」くらい言え。
まぁでも……毛玉だしな。それくらいは大目に見てやるか。長い付き合いになるんだろうしな。
わたしは毛玉の頭を蹴って、ちょちょいとジャングルジムから飛び降りる。
どこへ行くのも何をするのも自由だ。猫というのはそういう生き物なんだからな!