腹黒ヴァイロ

禁転載

「やあ。デートはどうだった?」
朝、出仕して一番に嫌なやつに会ってしまった。
その男は日差しを浴びながら、爽やかな笑顔で手を上げて近寄ってくる。来んな。いいからあっち行ってろ。
しかし、やつはお構いなしに俺の前まで来ると、肩を叩いた。
「どうせ君のことだからこそこそ物陰に隠れたり、デートなのにダイナの後をつけまわしたり、気色悪いことこの上ない行動を取ってたんだろう?
 さぁ、無様極まりない成果を報告して僕を笑わせてくれ」
「…………」
今、ここでこいつ殺したらやっぱクビなんだろうな。世の中は不公平だ。
やつ―――― ヴァイロは顔だけは綺麗に整っているが、腹の中は真っ黒だ! 俺が言うんだから間違いない!
城に仕えている人間の九割はこいつに弱みを握られ頭が上がらないという話だ。ただし男限定。
大きな目で見れば絶対こいつがいない方が世界は平和になると思う。
だが…………俺が一介の武官であるのに対し、この変態文官は宰相の片腕だ。
いまだに大陸中が戦争ばっかできなくさい情勢なのに対し、俺たちがのんびり訓練に興じてられるのも、 周辺国家に嫌な圧力をかけまくってる宰相とこの男のおかげだっていうんだから仕方ない。ゆ、許してやるのは今だけなんだからね!
「どうかしたのかい? 君は都合が悪いとすぐ押し黙るよね。悪くなくても黙ってるけど。
 どうせ腹の中で僕の悪口とか並べ立ててるんだろう? 顔だけは綺麗で、つい惚れそうだとか」
「お前にだけは死んでも惚れん!!」
やばい、こいつの思考回路は真性だ。逃げたい。しかもそれ悪口じゃないだろ。
しかしさっさと回れ右した俺の襟首をやつはいつの間にか掴んでいやがった。ずるずると引き摺られながら廊下をついてくる。
怖くて振り返れねぇよ!
「ほらほら、もっと速く。体力が取り得だろ? こう……僕の両足が浮いて風になびくほどの速度で走りたまえよ」
「そんなことしたら首が絞まって死ぬわ!」
「つまらないなぁ。他の国では魔法士がいて空に浮いたり出来るっていうじゃないか。
 なのに日々国の為に粉骨砕身している僕が地べたを歩き回らなきゃいけないなんて。せめて君くらい走ってくれないと」
「俺を使うな。その辺の窓から飛び降りろ」
大体今のすっげ問題発言だぞ。
この国は宗教上の理由で魔法士を排斥弾圧してるってのに。中枢で働く人間が言っちゃ不味いだろ。
いっそうちの魔女を紹介してやりたいくらいだが、ティナは人間嫌いだからな。たまーに他の人間が家に訪ねて来るとすぐどこかにいなくなっちまう。
無理矢理引き合わせることができたとしても、その時痛い目に遭うのは俺な気がする。何となく。

そんなことを考えていると読まれたとは思わないが、急に背後でヴァイロがぽんと手を叩く音がした。
―――― って今、あなたは俺の襟首を掴んでませんか。どうやって手を叩いたんですか。本当に人間なんですか。
「そう言えば、君はこの城に来たばっかりの頃は、もうこそこそよれよれしていて見れたもんじゃなかったけれど、
 この一ヶ月くらいは身なりがきちんとしてるよね。遺跡調査の仕事から帰ってきてくらいかな?
 誰か家事をしてくれる人でも雇ったの?」
「うっ」
俺は嫌なところを突かれてつい足を止めてしまった。
考えるまでもない。ティナだ。あの無愛想なガキが家事をほとんどこなしてくれている。
料理も掃除も洗濯もしてくれるし、ついでに嫌味もふんだんに言ってくる。
まぁその代わり俺はあいつに剣を教えてるんだけどな。
「他人を家に入れたがらない君がお手伝いさんを雇ってるってちょっと想像がつかないんだけど。恋人? 二股?」
「全然違うわ!」
俺には少女趣味はない! 大体あいつの性格は俺の好みから真逆にも程がある!
今朝なんか朝食の料理全部にネギが入ってたぞ……。飲み物までネギの絞り汁ってのは頭おかしいだろ。
しかし、ヴァイロは俺の表情から何かを読み取ったのか、にやーっと笑った。
……その笑顔を城でお前のことを褒め称えてる女官たちに見せてやりたいよ。
「じゃあ君が自分で家事をこなせるようになったと。戦う他には不器用極まりないのをようやく克服できたのかな」
「不器用言うな! 人並みだ!」
「城に入って一週間で尋常ない数の備品を壊されたんだけど。あれこっそり補填したの僕だよ」
「すみませんでした」
っく、頭が上がらん!
何で俺ってこう、色々ものを割ったり歪めたりしちゃうんだよ!
せめてそこが何とかなってれば今頃宮仕えなんかしてなかっただろうな……ちょっと遠い目になる。

ヴァイロはにっこりと隙のない笑顔を浮かべた。たまたま通りすがった女官たちが顔赤くしてやつを振り返っていくのもまたむかつく。
何でこう腹黒なやつに限ってこういう顔がついてるんだよ。もっと分かりやすく傷だらけでゴツゴツの極悪人って顔になれ。俺が嬉しいから。
「じゃあ今度、僕の屋敷の掃除をしてもらおうかな」
「何でだ!」
「イリス殿下のお気に入りだった蒼い花瓶を割ったのは君だって、ばらしていい?」
「隅々まで掃除させて頂きます」
あの暴力王女にそんなことばらされたら、俺の明日はない。
見てろヴァイロ! 俺が全力で掃除をしたらお前の家はぼろぼろ確定だ! 恥ずかしい日記とかないか探しちゃうぞ。
「いやぁ、嬉しいね。百年位前からある地下室とか下働きの人間も掃除したがらなくてね。
 何でも誰もいないのにすすり泣きが聞こえてくるっていうんだよ。壁に人の影が浮き上がるとかね」
「埋めろ! そんな地下室は!」
そんな部屋を俺に掃除させようとすんな! 間違って壁壊しちゃって中から骨とか出てきたらどうすんだよ!
肩で息をする俺に、ヴァイロはくすくすと笑って手を振った。
「冗談だよ、冗談。壁でも壊されたら君ごと壁を塗り込め直さないといけなくなる」
……さらっと殺人宣言しやがりましたか、この人。
俺も大概だけどこの変態も酷い人材だと思います。大丈夫かこの国。

その時ようやく文官たちの執務十五分前を知らせる鐘がなって―――― 俺は解放される予感にほっと笑顔になった。
ヴァイロは残念そうにかぶりを振って踵を返す。さっさと仕事行け、もう。
けれどやつは最後に、何かを思い出したかのように指を弾いた。
「ああ……そう言えばイリス殿下が花瓶を探されていたから、『粗忽な奴が割ったのではないでしょうか』と申し上げておいた。
 心当たりがあるなら逃げた方がいいかもね」
「既にばらしてたのかよ!」
最悪だ、こいつ! 俺を殺そうとしてるとしか思えない。何の恨みがあってこうも俺を苛めるんだ!
ヴァイロは楽しそうに含み笑いしながら去っていきやがった。後には嫌な静寂だけが残される。
―――― もう本当に……ダイナ嬢がいなかったら俺、とっくにこの国逃げ出してるぞ。寿命が縮まるわ。
でも……でもとりあえずは今日を生き抜くことを考えよう! 幸い暴力王女は熱しやすく冷めやすい。今日を乗り切れば何とかなるはずだ。
俺はこそこそと柱に隠れながら城の廊下を走っていく。
何で家にも城にも俺の安息はないんだろう……なんて現実から必死で目を逸らしながら。