嗜虐イリス

禁転載

無茶振りしといて忘れるとか、これ程酷い上官もそういないと思う。それともわざとか。わざとなのか。
がっくりと床に両手両膝をついて打ちひしがれた俺は、しかし翌日昇進することになった。
―――― シア将軍以外の将軍は当然ながら覚えてたんだって! そりゃそうだ!
何でも「確かに力だけはあるようだな、今回は認めてやろう」って渋々他の将軍たちに言われた時、シア将軍は「何がですか」って言ったらしい。
いつものことだからみんなそれくらいじゃ驚かないけどな!
というわけで、俺は今、普段入れない謁見の間に正装して跪いてるわけです。こえーよ。
何が怖いって居並ぶ他の将軍たちでも文官たちでもなく、玉座の前に立ってる女が。何でにやにや笑ってんの。綺麗なお顔が台無しですよ、殿下。
授与用の儀礼剣を両手に持って…………人殺すのが楽しいって目ですから、それ。王女がしていい目じゃない。

陛下はお忙しいから王女が将軍任命を代行するって聞いた時、俺は言ったね! 男らしく! 
「ならただの武官でいいです!」って。でも駄目でした。当然ですね。はい。
「覚悟を決めろ」とか「死に水はとってやる」とか、昇進しに行くのか死にに行くのか分からない激励を周りから受けて無理矢理着替えさせられて、今に至るという ……。
あと、いい加減足首についてるクソ重い鉄球はずしてくれると嬉しいんですが。こんなのつけて将軍位授与する国は他にないと思います。
何か視界の隅でヴァイロが笑いを堪えているのが見えたけど、もう見なかったことにする。お前いっぺん俺と代わってみろ!
「ルーヴィニス、顔を上げよ」
よく通る落ち着いた声。この声だけ聞けば殿下は年齢より遥かに成熟した王女に思えるかもしれない。しれないけどね!
―――― 心の底から顔上げたくないよ!
でもここで上げないとやっぱり待っているのは死ですから。俺はしぶしぶ上を向く。ぼ、暴力王女と目が合っちゃった。
イリス殿下は俺を見下ろすとにっこりと笑う。よく他国の王族とかに見せる外面のいい笑顔。心の底で「ばーか」って思ってる時の顔だ。
「此度はそなたの功績を認め、陛下より将軍位を賜った。今後も我らが国の為、その身を尽くすがよい」
「卑小なるこの命に代えましても」
だから遊びで殺さないで下さいお願いします。
イリス殿下は儀礼に則って鞘からゆっくりと剣を抜いた。あー鞘のままでいいのに、ほんと。
そのまま剣を両手で持って俺に差しだし……
「おっと」
「うおッ!」
か、間一髪で避けたぞ! すぐ横を見ると刺し出された、もとい、取り落とされた剣が床に突き刺さって大理石に傷がついてる! あ、阿呆か!
チッとか言ってないで早くその剣下さい! 早く!
俺は両手でひったくるようにして将軍の証である剣を受け取った。そそくさと礼をして将軍の末席に戻る……って戻れねぇよ! 鉄球重てぇ!
誰だ「ルーが逃げないように」とかいって罪人用の拘束具持ってきた奴! 後で仕返ししてやるからな!

けど暴力王女はそれ以上追い討ちする気はないようだ。た、助かった。危険は先に伸びたってだけの気もするが。
「みなの者もより一層精進せよ。いつ何があるかは分からぬからな」
殿下は涼やかな声でそう言うと一同を見回す。毅然たる主君の言葉に、臣下たちは暗黙のうちにみな頭を下げた。
―――― こうして普通にしてるなら、ちゃんと「王女」なんだよな。
そもそも先代王が跡継ぎのいないまま不審死を遂げた後に、その伯父だった現王が即位することになったのは、イリス殿下の手腕が期待されてのことだって言うし。
俺にはよく分からんけどこの無茶苦茶な王女、軍事は天才なんだとさ。うちのどの将軍より戦術家としては優秀らしい。
ただ性格は大問題だ! お会いしたことはないけど可憐だっていう妹姫を見習って欲しい!
日頃俺と顔合わせると切りかかってくるか矢を射掛けてくるかしかしないから、この人。何考えてるのか分からないです。
列に戻ることも出来ず頭を下げたままの俺の後頭部を、イリス殿下は何かでぺちぺちと叩いている。
何ですかソレ。痛くはないけど嫌な音がします。べちゃ、ずる、って。
「ルーも将軍になったからといって気を抜かぬようにな。命の危険はいつどこにでも転がっているぞ」
むしろ貴女が命の危険そのものです。貴女の前にいる限り俺が気を抜くことはないですから!
内心で絶叫しているとイリス殿下は俺の頭を叩くのをやめて踵を返したらしい。衣擦れの音が響いた。
「もう下がってもよい。ご苦労だったな」
遠ざかる声に俺は顔を上げる。まさに奥の扉に消えていこうとする暴力王女は優美な青のドレス姿で……あれ、手に何も持ってない。
さっき俺の頭を叩いていたのは何なの? まさか手じゃないよね?
こわごわ自分で頭の後ろを触ってみると、緑色のぬるぬるしたものが髪にこびりついていた。
…………ねぇこれ何なの!? お願いだから誰か教えて!

ようやく鉄球から解放された俺が城の廊下を歩いていると、誰かが後ろから俺の名を呼んで追いかけてくる。
うおおおおおおおお! この声はダイナ嬢!!
「ルーさん、将軍になられたって聞きましたよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます!!」
言われて素直に嬉しいのはあなただけです! 俺の女神様! 他の奴らは含み笑いしながらだからな!
走ってきたせいで息が弾み、頬が赤らんでいるダイナ嬢はもう破壊的な可愛らしさだ。あー幸せ。もうこの笑顔だけで昇進した意味は九割達成されたね!
彼女は後ろ手に持っていた何かを俺に差し出してくる。
「これ、よかったらお祝いに」
そう言って出されたのは、何故か長ネギ…………三本。
「お好きでしたよね。今日になって昇進についてお聞きしたので三本しか用意できなかったんですが……明日になればもう十本くらいは」
「三本で充分です! いやあ、嬉しいなぁ!」
「本当ですか? 喜んで頂けて私も嬉しいですわ」
ここで実はネギ嫌いとか言ったら男じゃないよね! 受け取りますとも喜んで。内心泣いてるけど。

家に帰って無言でネギを差し出すと、ティナは猫そっくりに黒目をまんまるにした。
うん、お前のそういう顔見れてちょっと面白いよ。あー疲れる一日だった。