嘘つきルシア

禁転載

将軍になるということは、少なからず仕事の内容が変わるということだ。
兵士や武官の上に立つものとしてそれなりの知識と威厳と采配を求められる。
って真面目くさって言ってみたけど俺にはそのどれもないんです。どれもないってことを上から下までみんな知ってる! むしろ生温かい目で見られてる!
戦闘技術だけ評価されたんだもんな。無理無理。敵国軍が南から侵入した場合の対策案なんて分かるわけない!
そんなわけで定例会議の間、ずっと隅っこでしょんぼりしていた俺に同情してくれたのか、シア将軍が「あげるよ」と一冊の本をくれました。
表紙には「初心者用・戦略戦術のススメ」って書いてある。わーい、嬉しいけど何か悲しいぞー。
大体裏表紙には下手な字で子供の名前が書いてあるんだけど。これ、元は誰の?
ともかく折角もらったんで休憩時間に開いてみた。
うん、全然分かんない。言葉一つ一つの意味は分かるけどどういう意味なのか分かんない。帰ってティナにでも聞こう。あいつ妙に物知りだし。

「やっほー、おかえりー」
家に帰ってすぐ妙に明るい魔女に出迎えられて、俺は泣きたくなりました。
もちろんティナはこんな明るくない。人間嫌いってオーラがあちこちから染み出てる。
つまり俺んちに客が来てるってことで、その女もやっぱり魔女ってことで――――
「何でいんの、ルシア」
「折角遊びに来てやったのにその態度は何? ほら、差し入れ」
女は手の上に皿を出しやがった。その上には確かに美味そうな揚げ物が乗っているのだが……っ
「もう騙されん! 今度は何入れた!」
「笑い薬」
俺は無言で皿を掴み取ると、窓の外へと投げ捨てた。

皿が割れる華麗な音は台所まで聞こえたらしい。
ティナが不機嫌そうな顔でやってくると「玄関で突っ立ってないで下さいよ、二人とも」と言って一触即発だった俺たちを軽くあしらっていった。
まぁおかげで逆さづりにされてた俺は、口に怪しげな菓子をねじこまれることを免れたんだけど。
っていうか俺、立ってねぇだろ。ぼけてないで突っ込んでけよティナ。

「あいかわらず風采の上がらない男ね」
「うっさいわ!」
居間に移動してすぐ嫌味! 嫌味っていうより中傷! 俺だって泣いちゃうぞ!
ティナと暮らし始めてしばらくの頃に初めて会ったこの女は、大陸に五人いるうちの二人目の魔女。
魔女になってまだ年月が浅いティナに対し、いつから生きてんのか分からない正真正銘の魔女ってやつだ。
一生のうち一回でも魔女に会えばその場で死ぬって言われてるのに、二人と同じ部屋でお茶を飲んでる俺。どうなってんの。
たまにティナを訪ねてやって来るこの女は、俺には会う度に怪しい薬が入ったものを勧めてくるから油断ならない。
いつだかは「泣きながら苦手なものを白状する」薬とか訳の分からないものを飲まされて、俺は半日膝を抱えて座りながら泣いてネギが嫌だと訴える羽目になった。
思い返すと我ながら鬱陶しいことこの上ないけど、ティナなんかは聞かないふりをしててくれたからありがたいと思う。シカトされてたとも言うが。
次の日から食事に必ずネギが入るようになったりもしたが。……アレ? あんまりありがたくなくない?
ともかく色んな意味でこの女は、ティナとは違う方向で厄介なんだよ!

「何しに来たんだよ、ルシア」
「あんたに会いに来たわけじゃないわよ。ティナ……に薬を渡しに来たの」
「毒薬か!」
「黙ってなさい、不審者」
「…………」
この家の主人、俺なんだけど。不審者なの?
ルシアがティナの名前に変な間を開けたのは、どうやら「ティナ」って愛称で本名じゃないかららしい。「ルシア」もそう。
魔女の名前は忌まわしいものだってされてるから本名は「知らなくていい」ってことなんだと。
俺は別に気になんないけど、まぁすごく長い名前だったら覚えられないから今のままでいいです。
だから俺にとってティナはティナ! 奴はルシアから受け取った小瓶を俺に振って見せる。
「風邪薬ですよ。私、普通の魔法薬効きませんから。この人のだけは強力なんで別ですけど」
「お前も風邪なんてひくのか」
「貴方よりは」
「…………」
なんでこう、魔女ってやつは口がへらないんだ。俺だって風邪くらいひくわ! ……多分。子供の頃には。
何かもうこの二人の前では何言ってもやりこめられるだけの気がする。
だから俺はその後、夕食の揚げものを食べることだけに専念したのだった! 負けてないぞ!

ティナが夕食の後片付けでいなくなると、俺はふと興味を持ってルシアに聞いてみた。
つまり―――― どんな薬が作れるのかと。
「どんな薬って。大抵のものはできるけど?」
「まじでか。魔法薬って凄いんだな」
魔法がご法度のこの国は、当然ながら魔法薬も禁止。俺も暗殺者やってた頃は魔法薬を手にする機会もあったんだけど、そういうわけで今は全然。
「何よ。何か欲しいの?」
「いや……」
そう言われても咄嗟には思いつかん。第一あんまりあからさまな魔法薬使ったら、俺捕まっちゃうし。
そもそも魔女と同居してるってばれたら多分俺も道連れに火刑だ! ティナ、宙に浮くのやめろよ。
「そうだなぁ。挙動不審が治る薬とかないだろ?」
「あるわよ」
あるのかよ! 何の為にあるんだ! 俺の為にか!? ええい、欲しくなっちゃうぞ!
それがあれば次はダイナ嬢にもっとましなデートの申し込みを出来るかもしれん!
ルシアは俺の表情から何考えてるのか読み取ったらしく、にやーっと笑う。
お前らな……暴力王女もそうだが、美人はそういう笑い方すんな! 色々台無しだ!
「欲しいの?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「へええええええ」
う、何か嫌な予感するぞ。代わりに無理難題をふっかけられそうだ。鼻から牛乳飲めとか。
だが無意識のうちに臨戦態勢を取った俺に―――― ルシアはどこから取り出したのか、ガラスの小瓶を投げてよこした。中には薄青い液体が入ってる。
「ずっと治るってわけじゃないわよ。飲んで一時間くらい」
「充分です。ルシア様」
「永遠に様づけしてるといいわよ」
それには異議を申し立てたかったが、とにかく俺はこれで生まれ変われる! 薬に頼るとこが既に駄目男だとかは思っても黙っててくれると嬉しい。
その晩俺はルシアが帰った後もずっと上機嫌で。
戦術戦略について質問したティナに「こんなのが分からないんですか……」と言われても腹が立たなかったのだよ! 明日が楽しみだ!

翌日俺はティナにあちこち注意書きをつけてもらった初心者用参考書を読みながら廊下でダイナ嬢を待っていた。
初心者用参考書にさらに注意書きをつけてもらうって段階でかなり問題がある気がするが、この際それはどうでもいい。
俺は時計を見て、待ち合わせ五分前であることを確認すると、昨日魔女にもらった薬を一気飲みする。
多分絵的には怪しいことこの上ないと思うが、誰も見てないからいいや。
ダイナ嬢は時間ぴったりにやってきた。
今日も太陽のような笑顔だなぁ。見ているだけで幸せだ! いやぁこの国に来てよかった!
「お待たせしました? ルーさん」
「大丈夫ですグジャー」
………………………………………………待って。
俺今、何て言ったの?
「グジャー?」
「何でもないですグジャー」
何これ。何これ!
言うつもりじゃない語尾が勝手につくぞ! グジャーって何だ!
愕然とした俺の脳裏に、ルシアのにやにや笑いが甦る。―――― お前、騙しやがったな!
嘘つくのは人として最低の行為なんだぞ! って今、俺が決めたけどとにかく酷い! ひどいひどい!
「あの、ルーさん。何かお話があったのですよね?」
「そ、そうなんですグジャ」
ええい、もういい! 魔女に頼った俺が馬鹿だった! 玉砕覚悟でこのまま申し込むわ!
「実は今度の休みグジャー、一緒にどこかへグジャー、行かないグジャー、かとジャ」
―――― グジャ割り込みすぎだろ! 子供向けの暗号か!
もうこれはデートの誘いどころか意思が伝達できているかも怪しい。覆面被ってるのと大して変わらんわ!
俺は床に四つんばいになって項垂れる。みんなに遊ばれる俺の人生って一体どうなの……、そんなことまで考えた時
「いいですね。是非ご一緒したいですわ」
伝わってた! しかもいいって!
ダイナ嬢は女神としか思えない。この国唯一の良心!
「ですから次は、覆面で来て下さいね」
「………………グジャー」
嬉しいような泣きたいような微妙な気分!
で、でも結果は上々だ……。ありがとうダイナ嬢! 何か色々腑に落ちない気もするけど気にしない!
そしてルシア、お前次会ったら覚えてろ。額に落書きしてやるからな。