暴食アマリア

禁転載

眠い。
とても眠い。ちょっと寝てもいいかな。多分俺が起きてても生産性ないし。
とか思って左右を見てみたらみんな真剣な顔してました。うん、無理そう。
仕方なく手の甲をつねって耐えてみる。お、ちょっと痛い。目が覚めた。
………………うん、駄目。眠い。

そんな感じでやる気のまったくない俺が出席しているのは将軍以上が集まって行われる会議です。
最近南側の国が不穏だから、その対策を事前にいくつか考えておこうってことなんだと。
この国は大陸では大きい方なんだけど、魔法を完全に排斥してるってのは結構細々と響いてくる。
俺からするとそれは不利でしかないと思うんだが、国としては体面上「不利」と言えないんだよな。面倒なことに。
だからこそ宰相たちは厄介な状況で戦争に突入しないように色々手を回してるみたいだし、将軍や武官はいざという時の準備を怠らない。
その一環がこの会議ですよ。毎度毎度、俺役に立ってないけどな!
大体本気で戦争に勝ちたかったら素直に魔法士入れるのがよくないか? うちの猫とか多分一人で凄い火力だぞ。
あんなんが遠くから魔法撃ってきたらどうすりゃいいんだ、一体。
そんなわけで思うところもないわけではないけど―――― これ言ったら俺が火刑へ直行ですから!
とりあえず黙ってる。小さくなってる。目指せ空気。
あ、ようやく終わったみたいだ。助かった……。隣にいるシア将軍が俺を見る。
「あ、今日は寝なかったんだ。えらいね」
「給金泥棒ですみません」
ほんと、すみません。

結局俺、体動かす方が向いてるってかそれ以外出来ないんだよな。
ティナにも指揮の基礎とか色々教えてもらったけどまったく自信がない!
その代わり剣ならそれなりに自信があるんだけど……平和がいいよな。俺は平和好き。
というわけで将軍の仕事も一段落。
人が多くて落ち着かない訓練場を離れ裏庭で体動かしてたところ―――― 俺はこともあろうか「彼女」に出会ってしまったのである。

人間初対面の印象は大事だと思う。
ほんの数十秒で得た印象が後々大きな影響を与えてくることだってあるからな!
思えばティナとの初対面とか最悪だった。遺跡の分厚い壁ぶちぬいてるところに出くわしちまったし。
あいつもあいつで「何か殺さなきゃ不味そうな人間が来たと思いましたよ」とか言ってたが、言いがかりにも程がある。覆面の何が悪いんだ!
そんなわけで第一印象は大事。なんだが……
さすがにこれはないと、俺も思った。

庭木をかき分けて現れ出た少女。年齢はティナの外見と同じくらいか?
薄紅色のふわりとしたドレス。波打つ銀の髪。そこかしこから感じられる品の良さはいかにも上流階級のものだ。
大きな青い瞳は何処かで見覚えがある気もする。が、初対面なのは確かなんだよな。
可憐としか形容出来ない美しい容貌のお姫さん。
―――― で、その両手にはびちびち跳ねる魚が鷲掴まれていましたとさ。訳分からんわ!

本来ならば貴族とかに出くわした時には礼を取らなきゃいけないんだが、この時の俺は吃驚して生きた魚を見ていただけだった。
綺麗な赤い魚……あれってイリス殿下が観賞用に池で飼ってるやつじゃないか? 正直この時点で死刑確定だろ。
女の子は俺に気づくと大きな眼を見開く。
「そこの貴方」
「はい」
うわー、見つかっちゃった。隠れればよかった逃げればよかった。何硬直してんの俺。
お姫さんは俺の持ってる短剣を見てうすーく笑う。
「貴方、魚は捌けるかしら?」
「…………」
はい、俺も死刑決定ですね!

自慢じゃないが料理はさっぱりだ。野菜の皮むきからして苦手。勿論その先の調理なんて微塵も出来ない。
だから受け取った魚は俺の手の下で謎の肉片に成り果てた。隣からそれを覗き込んでいた女の子は眉を顰める。
「料理がド下手なのね」
「まぁ、はい……」
だから言ったじゃないですか! 出来ないって! おまけに「それ、イリス殿下の魚じゃ……」とも言ったよ俺は!
でもこのお姫さんは「大丈夫」を連呼して魚を押し付けてきたんだ! 実にぬるっとしておる!
「貴方、いい匂いさせてるからてっきり料理上手なのだと思ったのに。その腰につけてる袋には何が入っているの?」
「あ、お菓子……」
そういや昨日ティナが大量に焼き菓子焼いてたからおやつに貰ってきたんだった。
っていうか二重に袋詰めされてるおやつの匂いが分かるってどういう嗅覚!?
無言での「寄越せ」の視線に負けて、俺は菓子袋を差し出す。魚を諦めたらしいお姫さんはそれをぽりぽりと食べ始めた。
「美味しい。手作り?」
「です」
「母親に作ってもらったの?」
そこで恋人とか嫁さんとかが出てこないのは何故なのか! 気にはなったけど突っ込んでも俺が虚しくなりそうだから言わない。
だから正直に答えることにした。
「親はいません。同居人です」
「なら私を貴方の家に案内して頂戴。焼きたてが食べたいわ」
………………俺、今度こそ死んだかも。

俺の同居人であるティナは、人間が嫌い。
そりゃもう嫌いオーラががんがんに出てる。買い物もしたがらないし、たまに不意の来客が来るといなくなっちゃう。
そんなところにだ。「菓子を作れ」と見知らぬ人間連れて帰ったらどうなるのか。うん、俺、きっと殺されるね! 多分一瞬で焼却される。
―――― なのに何で俺はこのお姫さんに押し切られて、家に帰ってきちゃったんだろう……。
「小さな家ね」
「平民ですから……」
うなだれてる俺とは対照的にお姫さんは楽しそうだ。
ぶっちゃけちゃうと「魚を盗ったのは俺だと言いふらすぞ」と脅されてここまで来たんだけど。
イリス殿下にそんなこと言われたらおしまいだろ。もうやだ。俺の周り怖い人間ばっか。
「でもいい匂いがするわ。誰かが料理しているのかしら」
「このまま行けば俺たちが料理されそうな気がします」
「さ、行くわよ。空腹で倒れそうだし」
人の話聞かねぇなこの娘は! それに無茶苦茶な食への執念はどこから来るんだ! さっきあんた俺のおやつ食い尽くしてただろ!

頼むから気配に気づいて消えててください、と念じつつ家に入ると、俺の願いが通じたのかティナはどこにもいなかった。
厨房には肉を煮込み中の鍋があっただけ。これ三日くらい煮込むんだよな。最後にはとろとろになってすげー美味いの。
火がついてないのに鍋が熱いのは魔法がかけてあるからで……って、やばいじゃん! 何やってんのお前!
だが俺の冷や汗にお姫さんは気づかなかったらしい。
鍋の中を覗き込んで「美味しそう。食べたい」と言うから不審に思われないうちに急いで皿に盛ってやった。ティナ、すまん。
お姫さんはあと二日は煮込む予定であろう肉を黙々と食べ始める。
うーむ。所作とか見るとちゃんとお上品なんだけどな。
胃に穴でも開いてるんじゃないだろうか。小さな体にどんどん肉が吸い込まれていく。
結局俺が唖然として見てるうちにたちまち肉の塊は綺麗になくなってしまった。ティナさんまじですみません。ネギも残さず食べるから許して!
それにしてもまだ物欲しそうな目で人んち見回してるお姫さん。そろそろ帰ってくださいませんか……。
疲れ果てた俺の視線に青い瞳が無邪気に応える。
「折角城を出たのだし、城下の店でも食べ歩こうかしら。お勧めはある?」
「……まだ食べるんすか」
まったく通じねぇ!

このまま行けば俺は訳分からん姫さんに付き合って城下を胃が破裂するまで食べ歩く羽目になったかもしれない。
けどその前に、天の助けというか断罪というか、そんな感じのものが訪ねてきたんだ。訪ねてきたのは同僚のユアンだったんだけど。
「ルー、いるー? 緊急の仕事だっていうから召集かけに来た」
玄関の方から響く声。
緊急だっていうのに暢気な呼び出しありがとう! ともかく俺は活路を求めて廊下をダッシュ。ユアンを迎えた。
「何々? 何の仕事? 俺解放されちゃう?」
「解放って何から? むしろ束縛だと思うんだけど。捜索の任務だよ」
「捜索? 何を」
何だかいやーな予感がするぞ。俺は背後に近づいてくる足音を聞きながら先を促す。
「それが、アマリア姫が城からいなくなられたから探せってさ。イリス殿下の妹君」
「…………まじで?」
心当たりがある。心当たりがあるぞ!
だが、妹姫の「可憐」って評判は嘘だったのか? あの姫さん、外見は確かに可憐だが、中身は単なる大食らいだ。
どう考えてもあれは王族には思えない。むしろ違ってて欲しい。この王家に仕える身としては。
しかしそんな俺の願いを知らん顔に足音は近づいてきて―――― ユアンが「彼女」に気づく。
「あ、アマリア殿下」
「ユアン。久しぶりね」
「現実は非情だ!」
思わず叫んで床に両手をついてしまった。酷い。夢も希望もないこの国。何で二人しかいない王女がどっちもアレなの。
がっくりと床を見つめてうちひしがれているとユアンが覗き込んでくる。慰めてくれるのか……ありがとう。
「じゃ、ルーを誘拐犯として捕縛するね」
「俺が被害者だ!」
「大丈夫。イリス殿下が犯人をお待ちだから頑張って。何か首切り斧用意されてたし」
「間違いなく殺される!」
何このとばっちり! 好きで姫さん連れ出したんじゃないわ! むしろたかられた!
だが俺が「誤解を解いてくれ」という気持ちで見上げたもののお姫さんはつまらなそうにほっぺた膨らませてるだけで……。
結局俺はその日、深夜までイリス殿下にねちねちと拷問まがいの嫌がらせを受けたのだった! みんないい加減にしろ!

―――― 勿論ぼろぼろで帰って来た俺が、ティナに「調理中の肉を食べた」と怒られたことは言うまでもない。