押しかけギュテ

禁転載

俺が毎日出仕しているこの城は広い。
どれくらい広いかと言うと、真っ直ぐに伸びる廊下の先が点に収束して見えるくらい。
使ってない部屋も多いし、広けりゃ掃除の人手が必要で金かかるばっかりだろ、って思うんだけど、そのあたりをケチっちゃやっぱまずいんだろな。自国民や他国に対しての見栄ってのが結構大事なわけで。
「まてー」
そんなわけで俺は城の長い廊下を全速で走ってるのでした。やる気がないのは声だけで足はちゃんと動かしてる。
制止の声をかけるのは礼儀みたいなもんだからな。俺も前職ではよく「待て、不審者!」と怒鳴られたし。

それにしても廊下長い。もうちょっと短くしろよ! いつまで経っても追いつかない!
俺はかなり前を逃げていく黒ずくめを見定めながら、投擲用の短剣を抜いた。
速度を緩めず狙いをつけ、鋭く吐く息と共にそれを放つ。
俺が走るよりも遥かに早く、銀色の軌跡は一瞬で黒ずくめとの距離を詰めた。
それなりの自信を持って投げた短剣は、けれど奴が寸前で横に跳んだことによりかわされる。
「うおっ、避けた!?」
急な横移動でちょっと態勢を崩しながらも黒ずくめは再び走り出した。俺はその隙に更に速度を上げるべく床を蹴る。

にしても、いくら敵が暗殺者とは言え、後ろからの投擲を避けられるとは思わなかったぞ! 俺、腕鈍った?
最近物騒ではあるが平和な生活を送ってたせいかもしれない。
嫌味言われながらも家事やってくれる奴はいるし、城に行けば命を狙われながら訓練するだけだし。
ちょっと鍛えなおした方がいいかもしれない。―――― とりあえずあの黒ずくめを捕まえたら。



前を走っているのはイリス殿下を狙って侵入したっていう暗殺者なんだが、どう考えてもそれ自殺行為だろ。暴力王女に殺されるだけだぞ。外見に油断してないか?
が、幸いなことに奴は殿下に遭遇するより早く衛兵に見つかって逃げ出したらしい。で、たまたますれ違った俺が追いかけてるわけです。
正直言って広い城内を逃げ回っている奴には同情を覚えなくもないが、ここで黒ずくめを逃がしたら俺が殺されちゃう!
俺の命の為に大人しく捕まってくれると、とっても嬉しいぞ!
「まてまてー」
黒ずくめは廊下の角を右に曲がる。数秒後、ガラスの割れる音が聞こえ、俺は同じ角を曲がった。
正面に見える大きな窓。その真ん中には大きな穴が開いている。あーあ。これ、俺のせいじゃないよね? ないよね?
俺は見晴らしのよい四階の窓から空を眺め―――― 無言で短剣をもう一本抜くと、それを右に投擲した。
消えていた気配が焦り出すのが分かる。
「げぇっ! な、なんで!」
「まったく甘い! この窓から逃げたら普通転落死だ! そしてそっちは行き止まりだ!」
この城の中において俺は全ての逃走経路を把握している! 勿論自分の為に! それ以上の理由は聞かないで。
俺の勝利宣言に柱の影に隠れていた黒ずくめは臨戦態勢で姿を現す。
両手に持った短剣。そして頭と顔をすっぽり隠す覆面………………うわぁ、俺って普段こんなんなの!? 覆面ちょうやばい。
ティナが「殺したくなる」って言うのも分かる! 怪しい! 今まで許容してくれてた皆さんありがとう!



黒ずくめは俺を(多分)睨みながら少しずつ後ろに下がっていく。そしてそのまま、行き止まりの扉に背中が突き当たった。
奴は片手を後ろに回して扉が開かないか試している。が、そこは開かないんだな。向こうから鍵かかってるから。
俺は柄の手触りだけで自分の剣を確かめながら距離を詰めていった。礼儀として一応聞いてみる。
「大人しく投降するなら俺は殺さないぞ」
……殿下は殺すだろうけどな! そんなことは教えないぞ!
黒ずくめは逃走を諦めたのか両手の剣を構えた。けどその時、奴の背後でカチリと音がする。
「……え」
向こう側から開かれた扉。
そこに立っていたのは変態文官、もといヴァイロだ。鍵束を持った男は黒ずくめと俺を見て目を丸くする。
―――― 三人全員が呆然となったのは一秒の半分くらい。
次の瞬間駆け出そうとした俺は、黒ずくめにヴァイロを! 投げつけられて! 見事、侵入者を取り逃がしたのでした! 
モモンガみたいな姿勢でぶつかってくんな馬ー鹿! お前も連帯責任だ!



「それでその青痣だらけなんですか。相変わらず運悪いですね」
「言うな。殿下にめちゃめちゃ絞られたわ」
夜遅く帰って来た俺を迎えたティナは、腫れた顔を見るなり呆れ顔で返してきた。
お前がそんな顔してるってことは相当酷い顔になってるんだろ? 明日は覆面被るしかないな……。
「中だけは治療してあげますよ」と打撲を治してもらって、ようやく人心地ついた俺は夕食を食べ始める。
うん。あいかわらず美味い。口の中ずたずただったの治ってなきゃ、とっても食えなかっただろうけど。
ティナはお茶を飲みながら向かいで魔法書読んでる。あいかわらず国をわきまえない奴だな。
たまには注意するかと口を開きかけた時、けど玄関の方で扉を叩く音が響いた。俺とティナは顔を見合わせる。
「何だ?」
「こんな時間に非常識ですね。殴ってきてください」
「こっちが非常識になるだろうが!」
いくらなんでも夜更けに訪ねてきたからってだけで殴ってちゃ不味いだろ。俺は席を立って玄関に向かう。
ティナは絶対来客には出ないからな。必然的に俺が対応するしかない。「どなたですか」と言いながら扉を開ける。
―――― そこに立っていたのは、黒ずくめの男。
覆面のままの男は俺を見ると、両手を大きく上げて戦意のないことを示した。聞き覚えのある声で挨拶してくる。
「ひ、ひさしぶり。ウニ」
とりあえず殴った。



結論から言ってしまうと、昼間城に侵入し、夜俺のところに来た黒ずくめは、昔……つまり暗殺者時代の知り合いだった。
ギュテっていう通称の男で俺より多分年下。正直お互いの素顔を見るのはこれが初めてだ。
といっても奴も顔を腫らしているから人相がよく分からないんだけどな! ちょっと思い切り殴りすぎた。反省はしていないけど。
「だ、だって……ウニばっかりずるくない? 足洗ってお城に仕えて美少女と一緒に暮らして……」
「ウニ言うな。あとお前は俺の苦労を分かっていない」
ウニっていうのは俺の暗殺者時代の通り名。
本当はユニなんだが、こいつは舌ったらずで「ウニ」って言ってくる。だからすぐ誰だか分かったんだけど。
それにしても俺が曇り一つない幸せな生活を送ってると思ったら大きな間違いだ!
お前のいう「美少女」は嫌そうな顔で逃げちゃったが、多分あいつの本性を知ればそういう感想なくなるぞ。一日俺と代わってみろ。
だが、あいつはじとーっとした目で俺をねめつけぼやいてくる。
つまり、「おれも暗殺者やめて日のあたる生活をしたい」と。
―――― 勘違いしてるようだから教えてやる。俺の暮らしは火の当たる生活だ。



翌朝、珍しく起きてきたティナに俺は事情を説明した。とりあえず俺の推薦でギュテを武官試験に出してみるってことを。
それを聞いた魔女は半分以上寝ている声で「馬鹿ですね」とだけ感想を返してくる。
つってもお前、一晩中恨み言言われてみろ。いい加減いやになるぞ!
そしてここからが本題だ! 夢遊病のような動きながら朝食を作ってくれたティナに、俺は意を決して切り出す。
「で……ギュテはここに居候したいって言うんだけど」
「断る」
きっぱり言われた! ここ、俺の家なのに! 明らかに寝ぼけてるのにきっぱり!
これはちゃんと起きている時に打診してたら焼かれたかもしれん。実に危ないところだった。
俺は、背後の窓に外から張り付いている男に向かって、手振りで「やっぱ無理」と示す。
奴は見るからにがっくりしてるが……悪いな、ティナ怒らすと命に関わるし飯食えなくなるから!

機嫌が悪そうというか起きてるのがしんどそうなティナは後片付けをすると自分の部屋に帰っていった。
で、その代わりにギュテが入ってくる。窓から。
お前……武官審査はまず通るだろうが挙動で落ちるぞ、って俺を許容してくれてたみんな! 今まで本当ありがとう! ようやく気持ちが分かった!
ギュテは意味もなく部屋の隅にしゃがんでぶつぶつ言い始める。何だ。何か不満でもあるのか。
「美少女との薔薇色の生活が……」
「薔薇色じゃない。血の色だ」
「ウニずるい」
「ウニ言うなと!」
その名はやめれ! 俺もお前が元締めに今の居場所を洩らさないって約束で面倒見てやるんだからな。もうちょっと慎重になれ!
とりあえず今日は怪我休み貰ってるからどっか下宿探してやる。っていっても、普通の家主だったら断られそうだけどな。
さて何処からあたってみようかと考え込んでいると、よろよろとティナが戻ってきた。
話しかけたそうなギュテが挙動不審になっているのを無視すると、魔女は「ん」とだけ言って俺の手に小さな布袋を乗せる。
「何これ」
「使うといいです。どうせ貴方余分な蓄えないんでしょうから」
言われて袋を開けてみると―――― 中には大粒の宝石がぎっちり詰まってた。
うお、これ家買えちゃうぞ! まじで使っていいの!?
しかしお礼を言う間もなく、ティナは欠伸をしながらさっさと帰っていく。まったくこれだから頭が上がりません。魔女様。
ギュテはあいつの姿が見えなくなると、そわそわと俺の前にやってきた。
「美少女に何もらったの? 手縫いのぬいぐるみ?」
「まずお前はあいつについての無駄な妄想をやめろ!」

こうして俺は何とか近所で売りに出されていた小さな家を手に入れ、そこにギュテを押し込んだ。
何だか面倒ごとが増えた気がするのは気のせいと思いたい!