妄想ラキ

禁転載

この国は比較的涼しい。
根無しの暗殺者をやっていた頃は色々と南の国まで行かされたこともあるんだけど、そことは雲泥の違いだ。いつもほどほどに涼しくて過ごしやすい。
これは変な人間ばっかりの国も一つくらいはいいところがあるってことだろう。俺は暑いのより涼しい方が好き。
だから死なないんだったらこの国で一生過ごしてもいいかなーって思ってたんだ。
―――― 雪が一年中積もっている北部高山に行かされるまでは。

「し、死ぬかと思った……」
馬に延々揺られての道中を終え、ようやく城に戻ってきた俺は武官の詰め所に戻ると机の上へ突っ伏した。
本来なら俺はもう俺の役職は「将軍」でこの詰め所には出入りする必要ないんだけど、城で俺が落ち着ける場所と言ったらここくらいだからな!
少しくらいは大目に見て欲しい。下手に城内にいたりすると何故か死にそうになったりするし。
机の上に投げ出された手は、今はもう大分よくなってるけど、仕事中は凍傷寸前だった。あちこち痛くて痒くて泣きそうだったけど泣いたら涙も凍っちゃう!
大体、俺が北に行かされた仕事―――― 北部領主間での争いの調停って、ほとんど俺必要ないじゃん! 争ってるのも伯父と甥で親族同士だし!
単に誰か城の「将軍」が立ち会っていないと不味いからってことで、名目だけは将軍の俺が選ばれたという……みんな絶対寒いから俺に押し付けただろ。正直に言え。言ったら雪玉ぶつけてやるから。

最終的にこの調停は、協議がこじれにこじれて館の外での大乱闘に。
甥を殴って雪山に逃走した伯父を、皆で探し回るという訳分からん結末になったのだった! 
まったく、俺が遭難して死ぬかと思っちゃった! 無理やりでもティナ連れてくればよかったと、あの時ほど思ったことはない。
そんな訳でようやく城へと戻ってきたこの日……せめて少しくらい休ませて欲しいです。少しでいいから。



「あ、ルー、戻ってたの?」
お、このぼけっとした声はユアンか。俺は顔を上げないまま無言で首を縦に振る。
何かほんの二週間離れてただけだがすっごく懐かしく聞こえるぞ! 俺、帰って来ました!
だがそんなありきたりな挨拶を口にする前に、別の男の声が耳に入る。
「ルーヴィニス将軍! どうしたというのです、その指の傷は! 
 悪い虫が肉の中にでも入り込んだのですか! もうすぐ卵が孵りそうですか!」
「…………」
あー、面倒なことになる予感がするぞー。



異様に心配性なこの男、ラキはとかく物事を悪い方へ悪い方へ考える癖がある。
その度ごとに周囲の人間は彼を宥めようと努力し、明後日の方向に行かないよう引き止めなきゃならないんだが……正直俺もユアンもそれが苦手だ。
むしろ普段は放置。果てしなく放置。行き着くところまで行っちゃってから回収作業に入るって感じ。
けど―――― それも自分が標的になっちゃ放置は出来ないよね。うん。
でもだからって何でこんなことになるの。

「うおおっ!」
突き出された長剣の切っ先を後ろに跳んでかわす。そのまま俺は自ら横転すると左から斬りかかるユアンの剣を避けた。地面をごろごろと転がって二人から距離を取る。
「待て、お前ら! 話せば分かる!」
「話して分からないからこうなってるんだと思うよ」
「ルーヴィニス将軍! 急いで卵を取り除かねば手遅れになります!」
「卵なんてあるか!」
えー……剣を抜いた二人―――― ラキは真剣な顔でじりじりと、ユアンは面白がっている様子で無造作に、俺へ向かって歩いてきます。
はい。多分捕まったら指の肉を削がれるんです。ないはずの卵を取り出されるんです。
「ってふざけんな、お前ら!」
「観念しなよ、ルー。いないって言っても分かってくれないんだから、実際肉切って見せるしかないって」
「そんな馬鹿な話があるか!」
大体どうしてあかぎれが寄生虫の入り込んだ痕に見えるんだ! ラキ、お前適当言ってないか!?
とりあえず指どころか当たり所が悪ければ首も飛びそうな二人の剣をよけ、俺は詰め所を飛び出す。
いくらなんでも城の武官二人を同時に相手取って無事に済ませる自信はない! 分断して各個撃破だ! お前ら後で見てろよ!
だが脱兎の如く逃げ出した俺は、武官になったばかりのギュテとすれ違い……嫌な予感に足を止める。
案の定ラキはギュテに気付くと大声を上げた。
「ギュテ殿! ルーヴィニス将軍を捕まえて下さい! 今捕まえなければ将軍の体の中で繁殖している虫が城を滅ぼし……」
「さりげなく話を大きくすんな! 俺は災厄の根源か!」
「捕まえればいいの? 分かった」
「お前も即答か! 頭使え!」
さすがに三対一、しかも元同業者のギュテが混じっては分が悪すぎる!
もう各個撃破は諦めだ。くそう。戦略的撤退! むしろ永遠に撤退したい!
俺は回廊の柱に到達すると、飛び出た石を蹴って二階へと上がる。
それを難なく追ってきたギュテを振り向きざま殴り飛ばして、しょうもない逃走劇は今日も幕を開けたのだった。



扉の影に息を潜めて気配を殺す。
数秒後、すぐ前の廊下を数人が駆けて行く足音がした。うん。確実に追っ手の人数が増えてる。どうなっちゃってんの。
しかもさっきから時々「蟲神が降臨して……」とか聞こえるけど俺の気のせい? 気のせいだよね。誰かそう言ってお願い。
あいつら何処まで話大きくしてるんだ。もう見つかったら即殺されそうな勢いです!
俺は人の気配がなくなったことを察するとそっと扉を開けた。
もう今日はこのまま帰ろう。帰ってティナににあかぎれ治してもらおう。それしか生き残る術はない!
俺は辺りを窺いながら足音をさせないよう進んでいく。と、その時。
「あら、ルーさん」
「うおわああっ!」
誰もいないと思ったのに真後ろから声かけられた! しかもこの声はダイナ嬢! け、気配消すの上手ですね……。
みっともなくも飛び上がってしまった俺に、けれどダイナ嬢はいつも通りの笑顔を向けてくれる。
「ルーさん、虫のよりしろになって城を滅ぼそうとしているって伺ったんですけど、本当ですか?」
「嘘です!」
そんなこと輝かしい笑顔で言わないで下さい。俺、さすがに泣きそうです。
っていうか何なのこの国。何なのこの城。真面目に生きてる人間ほど損する気がするんだけど。
俺はダイナ嬢に手を見せて簡単に事情を説明した。ほわわんとした表情の彼女は、全て聞き終わるとポケットから小さなケースを取り出す。
「ひどいあかぎれですね……。あの、これよく効く軟膏なんですけどよろしかったら」
「か、借ります!」
何これ! 俺ひょっとしてすんごく幸運!?
ダイナ嬢の軟膏借りられるなんて、軟膏越しに間接で手を握るもおんなじだろ!? うわー嬉しい。
ラキとユアンとギュテ、全殺しにしようと思ってたけど半殺しで許しちゃうぞー。
俺はいそいそと小さなケースを借りると、中の白い軟膏を手に塗り始める。ダイナ嬢は笑ってそれを見てた。
いやー幸せだな。世の中で俺ほど幸せな人間はいないと言ってもいいね! 遠くから「蟲神は何処だ!」って誰かが叫んでるの聞こえなきゃ。
全て塗り終わると俺は軟膏を礼を言って返す。よし、あとはほとぼりを冷ますため城を脱出するだけだ。



けど挨拶をしようとダイナ嬢に向き直った時、背後から誰かに襟首を掴まれた。麗しい声が廊下に響く。
「ルー、お前が蟲の大群に寄生されていると、報告が来ている」
「……殿下」
はい。俺の人生終わり。暴力王女に捕まっちゃった。
っていうか何にもしてないのに何この結末。イリス殿下に引き摺られていく俺に、ダイナ嬢がにこやかに手を振る。
「早くよくなられるといいですね」
―――― 俺もそれを願ってます! まず死なないように!



結論として、イリス殿下は俺を殺さなかった。ラキの早合点と妄想は有名だし。
が、その代わり「一応の調査を」と言われ、暴力王女の前で全裸で身体検査をされた挙句、そのまま出張の報告をさせられたのでした!
うん。俺の尊厳欠片もないね! いい加減にしろ、お前ら! しかも家に帰ったらティナが俺の部屋で拾ってきた子猫四匹育ててた。