陽溜まりのお願い

禁転載

しょっちゅう言っているとは思うけど、俺の勤めるこの城は広い。
一番長い廊下なんて真っ直ぐ伸びてるのに先が見えないくらいだ。
そんなところで千人以上が働いているんだから、所属の違う人間に偶然出くわす確率はかなり低い。
低いんだけどね!
「あら、ルーさん、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「きききぐうです!」
うん、奇遇じゃないんです。すみません。



ダイナ嬢が驚くのも無理はない。
今、俺たちがいるのは城内でも裏の方で、普通武官とかは入ってこないような場所だから。
普段は女官しかいないんじゃないかな。あとはせいぜい文官。
そんな場所に俺がいたら驚くよね! うん! ……ダイナ嬢の後こっそりつけてきたなんて、誰にもいえない。
ティナにばれたら「変態」って言われるし、ヴァイロにばれても「変態」って言われるな。あれ、俺って変態?



「それで、どうなさったんです?」
「あー、あ、えーと、これを拾って……」
俺が取り出したものは小さな匂い袋だ。
この国では一定上の身分や職についてる女はみんな大抵これを持ってるんだと。
だから城の女官も大体匂い袋を持ってるし、それぞれ好きに調合してるってヴァイロが言ってた。
あ、そう言えばティナは持ってないな。あいつ違う国の人間だからか。
ダイナ嬢は俺の差し出した匂い袋を驚いて見つめるとにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。朝何処かで落としてしまったみたいで。助かりましたわ」
「お、お役に立てて何よりです!」
うん。もっと早くダイナ嬢見かけたのに、ついいつもの癖でこそこそ隠れて後つけてきたわけだしな!
お礼を言われるとむしろ謝りたくなります!
―――― ちなみに俺が盗ったんじゃないからな! 本当に拾ったんだぞ! 自分でも疑わしいと思うけど!
「折角ですからお礼をしたいですわ。何がよろしいかしら」
ぽやーん、という言葉が似合いそうな笑顔でダイナ嬢は首を傾げる。
うう、そんな疑いのない目で「お礼」とか言われたらいたたまれない! いたたまれなくて蒸発しそう!
いや疑われる事実はないんだけど、つい条件反射で。不審ですみません。
そんな風に自分の挙動の怪しさを嫌というほど自覚するようになった俺は―――― 結局「お礼は何が」と聞いてくれるダイナ嬢に一大決心をすると「何かお手伝いさせてください」と答えたのだった! ほんと何なんだろ、俺。



そういう訳で渡されたのは、長い棒に布をくるくると丸く巻きつけたものです。
なんだろこれ、って思ったら、どうやらこれで手の届かないところを掃除するらしい。うわ、女官って結構大変なんだな。
確かに城内にいっぱいあるどうやって掃除してるんだろ、みたいな場所にも埃が積もってるってことはないんだけど。
影の地道な仕事振りを知った気分です。
「ルーさん、平気ですかー?」
「平気です」
吹き抜け下からの確認に俺はきっぱり返した。
手すりを乗り越えた細い足場に立ちながら、真下にちっちゃく見えるダイナ嬢に手を振り返す。
うん、出来れば危ないからもうちょっと離れたところにいて欲しいです。俺が落ちたら巻き添えで死んじゃいそうな位置。
俺、落ちないけど。

今俺たちがいる城の吹き抜けは五階分に渡る円筒状になっていて、その内側の壁にはご丁寧に飾りの彫刻が彫られてる。
で、そこの埃を取るっていうのが結構大変なんだと。
普段は命綱をつけてから手すり越しに身を乗り出して、この布つき棒で拭ってくらしいんだけど、よく見るとちょうど猫くらいなら歩けそうな細い出っ張りがあって、彫刻の上を壁にそってぐるっと一周してるからな。ここ歩いて掃除してけばいいだろ。簡単簡単。
ダイナ嬢は軽く請け負った俺に笑顔で手を振ってくれてる。
その隣でたまたま通りがかったらしい別の女官が真っ青な顔してるけど、どうしたんだ?
命綱つけてないのが問題? でもああいうの動きにくくなるだけだし。
俺は彫刻を覗き込みながら棒つきの布でささっと拭っていく。
にしてもこれ、何彫ってあるんだ? 妙に複雑だな。もっと掃除しやすい形にしとけよ。
「こんな感じで進めていいですかー」
「ルーさん、お掃除上手ですね!」
「任せてください。俺に掃除をさせたら壁も新しくなるって評判です!」
うん、不器用で壁壊しちゃうから。よくティナやヴァイロに怒られる。
でも今そのことは黙ってよう。とにかくダイナ嬢の期待に応えるぞー!



広い吹き抜けを埃を取りながら一周するのは結構かかった。
多分、壊さないように注意してたからだと思う。物を壊さないって大変だな! 戦ってるよりよっぽど気を使う。
でもそんなこんなで無事頼まれ仕事は完了。ふー、いい冷や汗かいたぞ!
「終わりましたよー!」
俺は出っ張りから吹き抜けの下を覗き込む。うおっ、いつの間にか見物人が増えてるな。集中してたから気付かなかった。
女官たちが何やら俺を見上げてひそひそ囁きあう中、ダイナ嬢が笑顔で「ありがとうございます!」と返してくれる。
いやー、嬉しい! 嬉しいぞ! ダイナ嬢の眩しい笑顔は万金に値する!
これくらいで喜んで貰えるなら毎日だって俺は彫刻を拭うね! そのうち壊しちゃうかもしれないけど!



「―――― なるほど。君にこういう使い道があるとは思わなかった」
突然の背後からの声。
うっ、と固まる俺に柔らかな男の声は続ける。
「いつもいつも備品を壊してくれるから出来るだけ貴重なものからは遠ざけようと思っていたけれど、ようやく不器用を克服出来たのかな?」
「ヴァイロ……何故お前がこんなところに」
こんなところにいるなんて、さては女官でもつけまわして来たのか!
って言う前に「勿論殿下の使いだけど」って言われた。はい、そんなの俺だけですね、すみません!
ヴァイロは腹立たしいくらい整った顔でにやーっと笑う。
「こういう芸があると上に報告したら、君に仕事を頼みたいって人間がきっと沢山出てくると思うね」
「芸言うな! せめて特技と言え!」
大体これくらい誰だって出来るだろ。何か難しいことしてるわけじゃないし。
しかしそれを言う前に、またも奴はうんうんと頷いて続ける。
「さすが壁に張り付くヤモリなだけあるね。次は尖塔の屋根でも磨いてもらおうか」
「俺の職業は一体何なんだ!」
おまけに誰がヤモリだ! ええい、下で笑ってる女官ども! 聞こえてるからな!



まぁ実際、俺は将軍としての給料貰ってるけど指揮官としてはさっぱりなわけで。
いいさいいさ、掃除くらいしてやるよ。給料泥棒分は働くさ。
……そんなわけで水桶片手に尖塔の掃除を終わらせた俺は、帰り際ダイナ嬢に「これお礼です」とネギ束を貰うと、ほくほくと帰路についたのだった!
うん、そろそろネギ苦手だって訂正したくなりました。嬉しいけど。