ぼんやりの疑念

禁転載

一応名目上は将軍になった俺なんですが、実際に振られる仕事はというと前とあんまり変わりません。
今は戦もないし、あっても俺、指揮とかできないから仕方ないんだけど。
仕方ないけどこう……「絶賛雑用引き受け中!」って感じだ。強いて言えば前よりも変な仕事が増えた。
たとえば今日みたいに、高級そうな敷物にべったりとくっついた足跡を見下ろす仕事とかな!
「これ、とりあえず写し取ればいいのか?」
「そうなんじゃない? いっぱいあるし」
いまいち緊迫感のない声で返してきたのは、今回同じ仕事に割り振られたユアンだ。
階級上は俺の下にあたるはずなんだけど、まったく敬ってくれる気配を感じない。
まぁユアンに敬いを期待するって、ティナに温かさを期待するようなものだからいいんだけどな!
俺は動こうとしないユアンに代わって、薄い紙を足跡の上に乗せるとその輪郭をペンでなぞり始めた。
凄く下っ端の仕事をしてる気がするけど気にしたら負けだ。
真剣にいくつかの足跡を写し取っていくと、部屋の奥から恐る恐るといった感じの声がする。
「あの、お二人とも……死体はいいんですか?」
「あ、忘れてた」
部屋入ってすぐ足跡がこれみよがしにあったから忘れちゃってた!
そう言えば俺たち、殺人事件の調査で来てたんだっけ!

城都から南東にある小さな荘園が、今回の俺たちの出張先だ。
そこにある屋敷で貴族のおっさんが殺されたらしいから調査に行って来いって。
早朝から暴力王女に呼びつけられて眠い。眠いけどとりあえず調査しないと俺が殺される。
俺は部屋の奥の寝台で仰向けに死んでいるおっさんを眺めた。
うん、どう見ても死んでる。小気味いいくらい死んでる。
死体は血塗れだし、あたりも返り血が凄いもんな。こりゃ正面からばっさり斬られたかな。
故人には悪いが、ぶくぶくとしか言いようのない夜着姿の死体を見やって、俺はとりあえずの結論を出した。
「これ暗殺者じゃないな。でも切り口からして相当腕の立つ奴だ。多分男」
「何でそう思うの?」
「得物が長剣だ。暗殺者だったらまず短剣を使うし、急所の一撃で終わらせる。
 で、こいつは一撃で右腕が肩からほぼ切断されてるだろ? これだけの力があるって言ったらやっぱ男だろうな」
「なるほど。足跡もでっかいしね」
ユアンは俺の写し取った紙を見ながら言う。
確かに男の足跡だよな、それ。どれも同じ奴の足跡みたいだし。
ユアンは足跡を取った紙を目の上にかざした。
「じゃ、この足跡と同じ大きさの足の人間が犯人ってことで。
 ―――― とりあえずルーから合わせてみよっか」
「お前はそれと同じ足の大きさの人間がどれだけいると思ってるんだ!
 そんな理由だけで決め付けたら冤罪確定だ! あと俺を容疑者から外せ!」
「やっぱ一番怪しい人間から疑ってみないと……」
「身内を一番怪しいって言うな!」
悲しくなっちゃうだろ! 勘弁してください!

部屋中につけられた足跡は、泥がたっぷりついていた。
それはおっさんの倒れている寝台前から始まって、部屋中あちこちに残されてる。
硝子戸棚や書類棚、机の引き出しなんかは荒らされて中身が床に放り出されてた。
こりゃー、何がなくなってるかなんて俺には分からないな。後で誰かに調べてもらわないと。
って腕組みして考え込んでる間に足を持ち上げられた。
うん。ユアン、俺の足の裏と照合しようとすんな。俺は昨日、ティナに畑へ埋められてたわ。
「でもこの足跡、入ってきたところがないよ。死体の前から急に始まってる」
「……そう言われてみればそうだな」
「つまり、犯人はここまでは天井を這って移動してたってことだよ。
 人間なのに四つ足で壁や天井を這う―――― こんなことを出来るのはヤモリの再来と言われたルーしかいない」
「俺にも出来んわ! 大体ヤモリの再来って何だ!」
「こないだヴァイロが言ってたよ。ルーは天井に吸い付けるって」
「お前はそれを信じたのか!」
「ルーなら何でもありっていうか」
「何でも押し付けんな!」
大体もうちょっと頭使ってみろ! 単に途中まで靴脱いでただけかもしれないじゃんか!

俺がそう説明するとユアンは「なーんだ」と言いながら、それでも俺の足と足跡を照合してった。
……うん、俺の足のほうが小さくてよかった。これちょうどあってたら本当に濡れ衣を着せられかねん。
ともかく俺たちは報告書を作って城都に戻ると、それを殿下に提出して仕事を終えた。
ふー一件落着! 犯人捕まってないけど俺からしたら一件落着!



家に帰ってティナに話したら「それ多分、転移魔法で侵入したんですよ」って言われた。なるほどね。
それじゃ捕まらないかもな……と思っていた数ヵ月後、俺は当の犯人と戦う羽目になるんだが。
―――― それは結構どうでもいい話だな!