忘却の指摘

禁転載

最近どうもキナくさいなーって思うんですよ。はい。
いや貴族のオッサンが殺されたり、他にも行方不明者が出たりしてるんだけどね。
それだけじゃなくてキナくさい。ピリピリした空気が城の中に漂ってる。
やだなーもう。俺に出来ることはこの空気に気付かない振りすることだけだな!
って思ってたら廊下の向こうに見覚えある人影が現れた。
「あ、ルー。見つけたよ。ちょっと話があるから来なさい」
さっそくシア将軍に見つかっちゃった! なんだかすっごく嫌な予感!

シア将軍は俺を手招きすると近くにある小部屋に入った。
やだなー。これって密談? 人に聞かせたくない話じゃないよね。むしろピーマンについてでも語り続けて欲しい。
しかし俺の期待とは裏腹に、机を挟んで座ったシア将軍は頬杖をついて溜息を吐いた。
「最近どうもキナくさいんだよね」
「あ、同じこと思ってますね」
「うんうん。ざわついてるよね。内乱が起きそうだからなんだけど」
「…………え?」
「よかったねー、ルー。将軍としての仕事が回ってくるかもよー」
それってまさか戦場指揮? う、嬉しくない!

今この国を治めているのはなんたらかんたらっていう名前の王様なんだけど、実際政を動かしてるのは暴力王女なのね。
で、暴力王女は確かに有能なんだけど若いしあの性格だから、結構親戚から煙たがられてるんだと。
その中で暴力王女以外を為政者にしようって動きが最近こっそりあるらしくて……結果、内乱が起きそうとか何とか。
ええい、勘弁してくれ! まったくお偉いさんって奴は自分が戦場に出ないと思って無茶苦茶言うな!
俺が指揮なんかに出たら負けちゃうぞ! 降伏しちゃうぞ! 戻ったら死刑だな!
―――― そんな未来予想図に俺が憂鬱になっていると、シア将軍は
「初陣だね。頑張って」
と無責任な声をかけてきた。
将軍、誰しも得意不得意ってものはあるんすよ……国としてそこ間違ったらやばいって人員配置が。
だけど実際俺、戦争になったら普通のこと出来ないぞ。どうしよう。
「あ、逃げたそうな顔してるね。別にいいけどさ。逃げても」
「いいんですか」
「よくない」
「よくないんじゃないですか」
「あー、ならイリス殿下に聞いてみようか。暗殺とか個人戦闘とかに回せないかって」
「ああ、その方が助かります、って、グジャアアアアアアアアアア!」
「急に鳴かないでよ。びっくりした」
びっくりしたのはこっちじゃ! つい思い出したくない語尾を叫んじゃっただろ!
え。それにしてもシア将軍、俺の前職知らないはずなんだけど。実は知ってるの? ヴァイロみたいに情報通?
俺はじーっと将軍の顔色を窺ってみた。
が、シア将軍はきょとんとした顔で首を傾げただけだ。う、単に言ってみただけか。
「ひょっとして、本当に暗殺者だったの?」
「グジャアアアアアアア!」
「何か独特の動きするし、妙に強いなとは思ってたんだけど。そうだったんだ。へー」
「待って待って待ってください」
「じゃあ殿下に申し上げてこよう」
「待ってえええええええ!」
暴力王女に知られたら取り返しのつかないことになる気がする! 何となく!

俺が両手を振って留めると、シア将軍は分かってくれたのか座りなおした。
ふー、何とか第一の波は乗り越えたか。危なかった。
こりゃもう本当のこと話した方がマシかもしれない。俺は右手を軽く挙げた。
「俺がこんなこと言うのも何なんですけどね。
 大体こういう対立で暗殺って手段を使うと、事態がこじれることの方が多いんですよ」
「そうなんだー」
「そうそう。どうせ敵のやつらがやったんだろ、ってなって、かえって根深い問題になります。
 そりゃ暗殺で一時的に相手の勢力を抑えたり、退けたりは出来ますけどね。後で何かしらの形で返ってきますよ」
仕事だから頼まれりゃ受けてたけど、それで事態が完全に好転したなんてこと滅多にないんだよな。
暗殺って手段自体が短絡的なものだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。負の側面は大きいと、俺は思う。
人の死ってのは乱暴なこと言うと、他人から見て「納得できる死」とそうでないものがあって、暗殺ってのはやっぱり後者なんだよな。突然、誰かも分からない奴に殺されるわけだから。
で、「納得出来ない」って不満はあとで別の場所から噴き上がったりする。
だから俺は、統治者側がそういう手段を取ることはあんまりお勧めしないわけ。あくまで個人の意見だけどな。

シア将軍は分かってくれたのか違うのか「なるほどねー」としきりに呟く。結局、暴力王女に言いつける気はなくなったらしく「じゃあ、指揮の練習しといてね」と部屋を出て行った。
うおおおお、その問題が残ってた! どうしよう! ティナ、助けて!
困った時は物知り猫に頼むしかない。俺友達少ないしな!

けど家に帰ってこの話をすると、ティナは難しい顔で考え込んでしまった。
そんで夕飯の入った鍋だけ残してどこかに出て行くと、この日はついに帰ってこなかったんだ。
ええい! キナくさいぞ!
ちなみにシア将軍は翌日になったらもう、この時の話を覚えてなかった。相変わらずだな!