嗜虐の命令

禁転載

俺の職業は一応宮仕えの将軍。
だから当然、上司と部下がいるわけで、上に逆らうってことはまず不可能。
でもその逆らえない上司に限って、人格に問題あるのは何でなんだろうな……。

俺は片膝を床についたまま体を硬直させている。というか動けない。
なんでかというと、俺の頭の上には花瓶が乗せられてて、そこに花を生けてる王女がいるからなんだな!
…………いやもう本当、何でこんなことなってるの。俺、会議に来たはずなのに。
「メズードの意志はもはや決定的であるようだな。私への反感か、欲が出たのか。
 どちらにせよ穏やかな話は出来なさそうだ」
暴力王女は用意された白い花を次々俺の頭上に生けていく。その上で列席する文官武官たちを見回した。
っと、メズードっていうのは要するに、今の陛下を排して自分が即位しようとしている殿下の親戚さんみたいだ。
ひらたく言うと敵。敵って言っちゃまだ不味いのかもしれないけど。
「既にメズードたちは、こちらへの対抗手段として他国から魔法士を集めているという情報もある。
 神の教えを無視してでもこの国の玉座を得たいとは、物の軽重が分からぬ男だ」
あー、確かに。
手段問わず王様になっても、それじゃみんなついてこないかもしれないもんな。
この国の宗教は魔法禁止だし、みんなはそれを信仰してるんだから。
でも魔法士でも使わなきゃ暴力王女には勝てないと……向こうが悩むのもちょっと分かる。
俺はうんうんと頷きたくなって―――― でも当然ながら頭は動かせなかった。
っていうか出席してるヴァイロの目がさっきから俺の方見て笑ってるんだけど。今花瓶どうなってるの?
確かにこういう会議だと俺役に立たないけどな! そろそろ解放して欲しい!
そんなことを思いながら上目遣いでイリス殿下の様子を窺うと……あ、目があっちゃった。やばい。
つい死を覚悟してると、暴力王女はにっこり笑って、近くにいた女官に花瓶をどけるよう命じた。やった! 助かった!
「ともかく、軍はいつでも動かせるよう用意しておけ。―――― ルー、顔を上げよ」
「はい」
って顔を上げたら鼻の穴に花挿された。ぐああああああああああああ、いてええええええええ!
何だこれ、意味分かんないわ! っていうか今噴出した奴、後で覚えてろよ!
暴力王女は、涙目になりながらも動けない俺の鼻に、もう一輪花を突き刺す。
「メズードと奴についている者たちは勿論だが、奴の傍にいる女にも注意を払っておけ。頭の切れる女だと聞く」
それよりも俺の鼻の奥が切れてます、殿下。
なんなのこの国! 何この苛め!
いい加減俺だって泣き喚いちゃうぞ!



暴力王女が帰って会議が終わった後、太い茎を抜いてみるとやっぱり血がついてた。
くっそう、どんだけ間抜け面曝してたんだ、俺。覆面被ってくればよかった。
だけどぶつぶつ言いながら部屋を出てこうとしたら、何故かヴァイロが俺を手招きしてくる。何だ、また掃除依頼か?
「ルー、殿下がお呼びだよ」
「あ、急にお腹が痛くなった」
「それはいけないな。殿下に腹を抉ってもらえばいいんじゃない?」
「死ぬ。それは死ぬ」
分かってる。上には逆らえない。分かってるけどな!
もっと優しくして欲しいです。本当。俺だって何しても壊れないわけじゃないんだぞ!
というわけで無駄な足掻きを見せつつ、王女のいる別室に向かうと、イリス殿下は入ってきた俺を一目見て人払いした。
うわ、何? 二人きりとか怖すぎる。俺を拷問死させようとか思ってないか、この人。
外見だけならたおやかな美女、と言いたくないけど言えちゃう王女は、長い足を組んで傲然とした目で俺を見た。
「ルーヴィニス、先王が何故死んだか知っているか?」
へ? 何だろ急に。
でもなんか、最近似たような話を誰かとしたような気がする。あれは、えーと……ヴァイロか! ヴァイロから聞いたんだ!
けどそれって口にしていいことなのか? あ、ひょっとしてやばそうな内容だから人払いなのか。
俺は恐る恐る「その単語」を口にしてみた。
「ま、魔女が……」
「そう。先王は魔女を傍において、その女に殺された。もっともそうではないと主張する者の方が多いがな」
「…………」
この大陸には魔女が五人いると言われてる。
そのうちの一人はティナ。もう一人はルシア。あとの三人は俺も知らない。
勿論、どの魔女が先王と関わってたかも分からない。
―――― でも何故俺にこんな話をするんだ?
俺が黙り込んでいると、イリス殿下は笑いもせずに続けた。
「今、メズードの傍にいる金髪の女が、その魔女と同一人物ではないかという情報が入ってきている。
 事実だとしたらこの国も舐められたものだ。二代に渡って魔女の玩具になっているとはな」
俺は、暴力王女が怒ったところを見たことがない。
いつも笑いながら、或いは無表情で暴力を振るってくる。苛めや罰も似たような感じ。
でも今の殿下は―――― ひょっとして、すっごく怒ってるんじゃないかって空気がしてた。氷みたいな目が俺に突き刺さる。
「ルーヴィニス。お前は戦場では無能だな? いてもいなくても変わらないな?」
「……仰せの通りで」
「だが、もしその女を私が引きずり出したなら。お前の目の前に放り出したなら。
 ―――― 殺せるか? ルーヴィニス」



魔女ってのは、ほとんど人間じゃない。
どれだけの力を持っているか。ありえない存在か。俺は多分この国で一番知ってる。
でもなぁ…………その魔女ってティナじゃないんだろ?
それなら



「殺せます」
「ならば命ずる。殺せ」
「御心のままに」



多分、極秘の命令だろうな。
誰にも教えられず、誰からも理解されない。
まさか前の仕事を辞めてからこういう仕事を引き受けることになるとは思わなかった。
俺はちょっと、人生の皮肉さってのを噛み締める。
でもま、上には逆らえないしな。放置しといたらやばそうな相手だし。
死にたくないけど、やってみるか。



家に帰ってこの話をしたら、ティナに驚かれた。
どうやらこいつも最近ずっとその魔女について調べてたんだと。ちなみにルシアでもないらしい。
なんか気が重いっていうか、俺死んじゃうの!? とかそんな気もするけど、ティナはとっくに戦うつもりらしいから。
とりあえず同居人として一緒に戦わせてもらうつもり。
―――― 出来るだけ先の話にしてほしいけどな!